第158話 魔力0の大賢者、宿につれていく
途中ちょっと寄り道することになったけど、僕はアイラ達の待つ広場に向かった。
「ごめんね待たせちゃって」
「いや、大丈夫ですよ」
「そんなに待ってないしな」
ふぅ、なら良かった。それにしてもここは噴水もあって綺麗な場所だね。
「……じぃーーーー」
あ、あれ? アイラがこっちを見てるね。目を細めて、ど、どうしたのかな?
「……マゼル、何かあった?」
「え?」
何かアイラに疑われているような……勘が鋭いよねアイラ。
「……何か女の子の予感」
「え? 何か言ったアイラ?」
「……何でもない。でも、ここにくるまでに何もなかった?」
何か尋問っぽい口調……でもエルフのことは秘密と約束したし、下手なことは言わないほうがいいよね――
「本当なんでもないよ。それよりこれからどうしようか?」
この都市には早めにつくようにしたから試験は3日後だ。ただその前に明日は試験料を支払いにいくけどね。
「……宿はどうだったの?」
「え? え~と普通かな?」
流石にホテルとは比べられないけど、僕としては可もなく不可もなくといったところだ。
「……見てみたいから今から行く」
「えぇ! 僕の宿に?」
「……ホテルの代わりにマゼルだけ移された。それ相応の部屋じゃないと納得できない」
「確かに、マゼルだけが別の宿というのはちょっと悪い気がします」
「だな、部屋一つぐらい空けてくれればいいのにな」
アイラが僕の宿に興味を持ったのを皮切りに完全に、皆の意識が僕の泊まってる部屋を見てみるという方向に傾いてしまったよ。
う~ん、仕方ないから一緒に行くけど、なんて思うかな?
「……何これ?」
「こ、ここですか?」
「おいおい本当かよ」
僕がホテルの代わりに泊まることになった宿まで皆を連れてくると、3人揃って呆気にとられた顔になっていた。
アイラがすっと目を細め、そして踵を返す。
「アイラどこ行くの?」
「……ホテルに文句を言いに、いや、ちょっと潰してくる」
「待って待って!」
アイラが物騒なこと言い出したよ! 一体どうやるつもりなのかわからないけど、とにかくやめて欲しい!
「その、僕はこれでも文句はないんだよ。だから」
「……そんな筈ない。あまりにホテルと違いすぎる」
「確かにこれはクレームを入れても問題ないレベルだと僕も思います!」
「俺でも流石にこれはないって思ったぜ!」
う~ん、3人はきっと僕のために怒ってくれてるんだろうけど。
「その、ほら、泊まれば都っていうし、ね?」
「……住めば都だと思うけど――マゼルは優しすぎる。文句を言う時は言った方がいい」
「大体、マゼルは大賢者なのにこの扱いはないよ」
「いや、そういう肩書みたいのはほら、ここでは意味ないし」
ネガメも怒ってくれてるけど、魔法学園都市では権力を振りかざすような真似ができないとされている。
僕の大賢者という名前にそこまでの力があるとは思えないけど、どちらにせよ大賢者だから特別扱いしてくれとは言えないんだ。
「……マゼル。これは肩書とかそもそも関係ない。当然の権利」
「そうだぜ。何かここ魔法設備も整ってなさそうだし」
モブマンが不満そうに言うけど、それが僕にとっては逆によかったりするんだけどね。
「でも、僕は本当に。それに外観はホテルとは違うけど中は味があって落ち着くんだよ」
「……なら見てみる」
ふぅ、結局3人は宿の中にも入って確認するってことになったけど。
「ど、どうかな?」
「……話にならない。掃除もなってない。壁もシミだらけ、ちょっと臭いし」
「何だいあんた達。いきなりやってきてうちの宿にケチつけるのかい?」
宿を経営しているジリスさんが不機嫌になってしまった。アイラは遠慮がないなぁ。
「お前たちは一体なんなんだい?」
「……私達はマゼルと一緒に試験に受けに来た。ホテルで本当なら一緒になる予定だったけど、向こうの手違いでマゼルだけが宿を変えられた」
「そういうことかい。確かにその代わりにうちの宿で引き受けたんだ。何か問題あるのかい?」
「……ありすぎる。建物の外観が多少ボロいのは百歩譲って我慢してもいいけど、この宿はやるべき仕事をしていない。そんな宿にマゼルはおいておけない」
「――チッ、随分と好き勝手なこと言ってくれるねぇ。まだ子どものくせに」
「……子どもでも物の良し悪しはわかる」
「ま、待って待って。ほら、僕もどこかに泊まらないといけないわけだし」
何か剣呑な空気を感じたから間に割って入った。
ジリスさんも凄く不機嫌そうにしているし!
「……問題ない。マゼルは私の部屋に泊まればいい」
「え、ええええぇええ!」
「こ、これはなんと大胆な――」
「い、一緒の部屋って、くぅ、やっぱり大賢者になるとそういうところから違うのか!」
「いやいや! 2人とも何考えてるの! アイラも冗談やめてよ!」
「……冗談じゃない。大体マゼルはどうしてここにこだわるの?」
眉をキリッとさせてアイラが聞いてきた。う、う~ん、僕はそこまで不満ないのは確かなんだけどなぁ。理由――あれ、でもこの匂い?
「う、うん! ここは料理が美味しいんだよ! もうそれが楽しみで」
「……料理?」
「一つ食べてみるか?」
すると僕たちに近づいてきたラシルさんが皿をすっと出してきて聞いてきた。皿には唐揚げが乗っている。
「……これは?」
「レッドラビットの肉を唐揚げにしたもんだ」
アイラがジッとラシルさんを見た後、唐揚げの匂いに鼻をひくひくさせた。
「……じゃあ」
アイラが一つ摘んで口の中に放り入れた。もぐもぐと咀嚼した後、カッ! とその目を見開かせる。
「……お、美味しい。噛むと衣に閉じ込められた肉汁が迸って、それにちょっとピリ辛なのもいいアクセント」
「へ、へぇ」
「旨そう……」
「なら、この皿のは全部食べてもいいぞ。ただし座ってな」
そしてラシルさんが席に案内してくれた。更にマゾポテトのチップスも用意してくれる。
「……これも美味しい」
「驚きました。マゾポテトはストレスを与えることで旨味が増すとされてますが、さじ加減は非常に難しいので完璧に使いこなせる人は少ないと聞きますが……」
ネガメくんは流石に親が農家をやっているだけに作物には詳しいね。
「本当うめぇよこれ。この料理が食べれるなら納得だ」
「だよね? アイラもどう?」
「……確かに美味しい。でもマゼルは本当にいいの?」
「うん。むしろ僕にはこの宿の方が落ち着くしね」
こうしてとりあえず皆の理解は得られたわけだけどね――
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