第151話 魔力0の大賢者、決意する

「――ダンゼツとマレツが破れました。口封じの為、2人は私のギフトで殺したはずだったのですが、どうやら大賢者の魔法で蘇生したようで拠点の幾つかを潰されました」

「そうか。やはり大賢者は容易く屈せる存在ではなかったようだな」

「今後如何致しましょうか?」

「……計画に変わりはない。潰された拠点もそこまで重要なところではないだろう。あの連中にはそこまで大事なことは伝えていなかったからな」

「つまり暫くは様子見と?」

「そうだ。計画はあの世代が集まりだしてからになる。今後は余計な手を出さないよう周知させておけ」

「承知いたしました。では、そのように――」






◇◆◇


 魔狩教団との件は無事、と言えるかわからないけどとりあえずは解決した。あの後、ダンゼツとマレツはドドリゲスさんの尋問を受けることになったようだけど、錬金術師だけに口を割らせる手立ては色々あったようで、それで魔狩教団の拠点を知ることが出来たらしい。


 その後は父様の手配で王都から騎士団がやってきて2人を連行していった。後は王国の法で裁かれることになるだろうな。


 それとあの戦いでアネも随分と頑張ってくれた。アネの足止めがなかったら、それにアネが使役している蜘蛛の知らせがなかったらと思うとゾッとする。


 そのアネは蜘蛛から教えて貰った場所に行くと繭になって回復に専念していたようだよ。結構眠っていて起きた時に会いに行ったら抱きつかれて参ってしまった。ラーサが凄い怒っていたし……。


 そんなこともあったけど、また町には平和が訪れたわけで――


「お兄様の魔法、今でも忘れられないです。はぁ、お兄様と学園に行ける日が今から楽しみです」

「は、はは」

 

 そしてあの日からラーサはちょくちょく僕に学園の話をしてくるようになった。ラーサは新しい制度で学園に行けることが既に決まっているからね。


 ただ、僕としては悩みどころでもある。勿論学園に興味が全く無いのかと言えば嘘になる。だって僕、前世では学園みたいな場所に縁がなかったからね。成人まで師匠とずっと一緒だったし、それにあの当時は今よりも更にもっと学園は特殊な場所だった。

 

 僕の死後、ナイスが頑張って制度そのものが代わって学園の敷居も低くなったようだけどね。


「マゼルのおかげで俺たちも随分と自信がついたぜ」

「新しい制度のおかげで家計の負担も軽くなりそうですし、本当にマゼルと領主様に感謝です」


 町に下りるとモブマンとネガメから感謝されてしまった。確かに補助金制度の案は出したけどね。でも施行したのは父様だしね。


 そんな感じで皆と過ごしていたのだけど、ある日ハニーがやってきた。そういえばビロスがすっかり元気になったという手紙が届いていて近く改めて挨拶に行きますと書いていたっけ。


「大賢者様、その節はありがとうございました!」


 街にやってきたハニーがそんなことを言ってきたんだけど、実はハニーだけじゃなくてもう1人初対面の女の子も一緒だったんだよね。黒目が大きくて何だか可愛らしい子だなと思いつつ挨拶を返す。


「そんなお礼なんていいよ。いつもお世話になっているしね――て、うわ!」


 そしたらその女の子が急に駆け出して僕の胸に飛び込んできた。え、え? なになに?


「な! 何してるのですかぁああぁ!」


 そしてラーサが叫んだ。僕に抱きついた女の子に近づいて引っ張ってるけど、イヤイヤてして離れてくれない。いや、可愛い子だから嫌ってことはないけど、ま、参ったなぁ。


「だ、駄目だってビロス! 嬉しいのはわかるけど~」

「え?」

「へ?」


 え~と今、ハニーがビロスって言っていたような。


「び、ろす、ビロスってあのビロス?」

「だ、い、けん、じゃ、さ、ま、びろ、す。あり、が、とう、び、ろ、す、うれ、しぃ、び、ビービー!」


 そしてまたガバっと抱きついてきた。言葉がたどたどしいけど鳴き声ば確かにあのビロスだ!


「ど、どういうことですか? というかいつまでお兄様にくっついてるんですかぁ~~~~!」

「ビー! ビー!」

 

 何かラーサが間に入ってビロスを引き剥がした。いや、でも、何か色々な意味で見違えちゃったよ。


 ふぅ、とにかくハニーに話を聞いてみる。


「実は大賢者様のおかげで進化を果たしたのですが、その結果、今の状態になりまして」

「つまり人化しちゃったというわけか」

「ビィ! ビ~、だ、いけん、じゃ、さま、おかげ、う、れしい、すご、く」

「ビロスは人間の言葉も少しずつ理解してきているの。大賢者様に近づきたいってすごく頑張ってて」

「わ、たし、が、んば、て、言葉、お、おぼ、え、たい」


 辿々しいけど、言葉としては十分理解出来るし、あの時からそこまで時間が経ったわけでもないことを思えば凄い成長だ。


「わ、たし、わたし、大賢者様、好き」

「え、えぇええええぇえ!」

「うん、僕もビロスが好きだよ」

「えええぇええええええぇええ!」


 ビロスを撫でながらそう伝えるとラーサがすごい顔をして驚いていた。えっと、どうしたのかな?


「お、お兄様、す、好きって!」

「え? うん。色々お世話になってるしね。勿論ラーサもハニーも父様も皆好きだよ」

「……あ、はい」


 僕が答えるとラーサが胸に手を当てて安堵していた。どうしたのかな?


「好き、大賢者様……私」

「そ、そういう意味じゃなくて、お兄様は皆が分け隔てなく好きってことだからね!」

「……皆、好き?」

「そ、そう皆が好きなの」


 今度はラーサが一生懸命ビロスに好きについて教えてあげていたよ。流石ラーサは優しいよね。


 でも、今この瞬間にもビロスの言葉の理解が深まっている気がする。


「お、おいおい、さっきから何話しているかよくわからないけど、その可愛い子もマゼルの知り合いなのかよ」

「流石大賢者、この年にしてこんなに彼女が……」

「えぇ! いやいや、違う違う! それに、ほらこの子はいつも父様が乗ってる蜂達の仲間だよ。僕も乗せてもらったことがあって、そして――」


 そしてモブマンとネガメにも説明してあげた。


「そういえばマゼルが蜂を助けるために留守だって聞いていたっけ」

「見たことはありましたが、あの蜂がこんな可愛い女の子に……」

「な、なぁ、他の蜂も成長したらこうなるのか?」


 モブマンが食い気味にハニーに問いかけた。ハニーがちょっと引いてるような……


「流石にそんなには出てこないよ。バトルホーネットが進化するの自体が珍しいんだもん」

「そうなんだ……」


 モブマンがすごくがっかりしているよ。


「ふむ、それにしても蜂が人化して女の子になるとは。やはり大賢者の影響なのだろうか? しかしこれは実にむむむむ!」


 みんなとそんなことを話していたら、目深にフードを被った人物が突然話に入り込んできた。興味深そうにビロスを見ている。


 背が高いけど、一体誰だろう? あれ? でもこの気配……


「おっさん突然何だよ。幾ら可愛いと言っても年の差があるだろう。変態か?」

「ん? あぁこれはすまんすまん。実は私はマゼルに用事があってな」


 すると、そう言ってフードを捲ってみせた、けど。あぁやっぱり。


「へ、陛下!」

「え? え? へ、陛下ぁあああぁあああ! あ、あわわわわあわわわ」

「こ、これは失礼致しました!」


 そう顔を見せたのはルイス・マナール・ロンダルキア――ここマナール王国の王様だ。


「いやいや、今日はお忍びで来ているし、逆に驚かして悪かった。君もそんなに怖がらないでおくれ」

「い、いえ! も、申し訳ありませんでした!」

「はいストップストップ。本当に全く気にしていないし寧ろ邪魔してしまって私が謝らなければいけないぐらいだ」


 モブマンの顔が真っ青だったけど、陛下は却って悪いと言った後、そんなことを言ってくれた。モブマンもホッとしているよ。


「陛下! 困りますよ勝手に先に行かれては!」

「あれ? レイサさんにヤカライさん?」

「これはこれは大賢者様もご一緒でしたか」


 2人が大慌てて陛下に駆け寄って僕にも挨拶してくれた。そうか、お忍びと言っていたけど当然護衛も一緒だよね。


「ハッハッハ。済まないな。お忍びでこういうところに来てしまうと年甲斐もなく浮かれてしまう」

「全く……」


 レイサさんも呆れ顔だ。でも、お忍びでここに来たということは、何かあったのかな?


「へ、陛下、お父様にご用事でしたか? それならば」


 ラーサが陛下に向けてそう話しかける。確かにその可能性が高そうな気もするけど。


「いや勿論、マダナイ卿にも会うつもりであったが今回一番の目的は――大賢者マゼル、君だ」






 そして僕たちは陛下と一緒に屋敷に戻ったのだけど父様も母様も流石に大慌てだった。その様子にいたずらっ子のような笑みを浮かべて愉しがる陛下。け、結構おちゃめなんだね王様。


「いや、突然押しかけて悪かったな。知らせを送っても良かったのだが、出来れば誰にも知られず少数で動きたかったのでな」

「いえ、しかしそこまで慎重にされるとは何か一大事でしょうか?」


 改めて客室に陛下をお通しし話を聞く。凄く慎重に行動していたみたいだし、まさか、また何か問題なのだろうか? とにかく僕に話があったみたいだから僕と父様も椅子に座り対面して聞く姿勢を見せる。


「いや、そういうわけではない。ただ、魔狩教団について色々と判明したことがあってな。そのこともあって実は大賢者マゼルに折り入って頼みがあったのだ」

「僕に、頼みですか?」

 

 まさか改めて陛下自らそんなことを言われるとは思わなかったよ。


「うむ、実はな――今回あのダンゼツやマレツの情報を頼りに教団の拠点を幾つか潰し、信徒も多くとらえたのだが……その中の一部がこう言っていたのだ」


 そして陛下が教えてくれたのだけど。


『いくら我々を捕まえても無駄なことだ。お前らが潰した拠点など教団にとって些末なこと。くくっ既に計画は動いている。魔法の芽は近い内に魔狩教団が必ず潰す。それまでかりそめの平和でも精々味わっておくんだな』


 それが信徒の何人かが口を揃えるように言っていたことらしい。それにしても、魔法の芽か……


「この魔法の芽について、大賢者には何かわかるかな?」


 概要を教えてくれた後、陛下が試すように問いかけてきた。そして、僕にはなんとなくその答えがわかる。


「魔法の芽、恐らくは学園……」

「うむ、流石大賢者マゼルであるな」


 陛下が感心してくれた。話としてはそこまで難しいことではなかったとは思うけど。


「……しかし陛下。奴らは何故敢えてそのようなことを?」

「うむ……」


 父様が問いかけたけど、たしかに疑問はそこだった。正直今の話だと敢えてわかるようにしていたようにしか思えない。


「そこなのだ。奴らはもしかしたら大賢者マゼルを挑発しているのかも知れない」

「僕を、挑発……」

 

 そういうことなのか。でもまさか僕にそんなことしてくるなんてね。


「私もヘンリーからくる手紙で学園について知らされているが、今のところ教団の影は感じられない。ただ、奴らの行動が活発してきたことも事実。そこでだ大賢者マゼル。本来このような話の中で頼めることでもないが――」

「陛下。僕の気持ちは今のお話で決まりました。学園に――行きます!」

「お、おぉ……」

 

 僕がそう答えると陛下が目を丸くさせて、その後、フッと笑みを浮かべた。


「やれやれ、どうやら敢えて頼む必要もなかったか。挑発を受けてまで学園に通って貰うのは心苦しく思ったのだが、だが奴らの策略を止められるのは情けない話だが大賢者マゼルをおいて他にないとそう思ったのだ。だから改めて頼む、学園に通い教団の企みを阻止してくれ」


 そう言って頭を下げられてしまった。慌てて僕も父様も止めて頭を上げてもらう。


「陛下、マゼルなら逆に止められていたとしても行くと答えたと思います。私も親バカなようですがそんな息子を誇らしく思います」


 うん、何か面と向かってそう言われるとちょっと照れくさい。でも、放っておけないのは確かだ。学園にはアイラやモブマンにネガメも通う上、ラーサも特別学区に通うことになる。


 大事な友だちや妹が危険にさらされるかもしれないのに放ってはおけないよ。ただ――


「でもそうなると僕も必死に頑張らないと。試験に落ちてしまったら格好つかないし」


 後頭部を擦りながら2人に伝える。勿論そうならないように頑張るんだけどね。


 すると陛下と父様が顔を見合わせて。


「プッ、ハッハッハ! これは流石大賢者マゼルだ。面白い冗談であるな」

「いやいや、しかし確かに猿も油断すれば木から落ちることもあります。故にマゼルもこう言っているのでしょう」

 

 えぇ! いや本当。実際のところ魔法も使えないし不安はあるんだけどね。何故か全く試験は心配されてないみたいなんだけど。


 とにかく、これで僕の進む道は決まったよ。僕は皆と一緒に学園に行く!


「ところで、教団のこともあり今回の件で勲章を授けたかったのだが、逆に迷惑をかけることになるかもしれないと思ってな。そこで密かに大賢者マゼルの金の像を造るのはどうかという話があるのだが」

「なんと! それは実に光栄!」

「いやいや! 待って待って! それ逆に目立つからーーーー!」

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