第148話 魔力0の大賢者、の父の決死の戦い

sideナモナイ


 ネガメくんが息せき切ってやってきて、現状を詳しく教えてくれた。彼の説明はとてもわかりやすく子どもとは思えないほど状況を的確に把握している。


 以前マゼルから聞いた話では、彼は眼鏡を通した鑑定魔法が得意だと聞いていたが、なるほどこの聡明さがあるからこそ鑑定の魔法も扱うことが出来たのだろう。

 

 魔法の中には使用する人間の本質が反映されるものというのも多々ある。


 そして私はネガメくんにお礼を言って、急いで現場へと走っていった。ついたとき子どもたちは劣勢状態にあり、しかも娘のラーサへ今まさに魔狩教団の毒牙が迫っていたところだった。

 

 ネガメくんの情報と照らし合わせると、娘に迫るこの男がマレツで奥で静観しているのがダンゼツだろう。


 私はすぐさま距離を詰め、息子が贈ってくれたヒノカグヅチを抜刀した。相手の反応は早く、私が接近したことに気がついて飛び退いたことで刃が空を切った。


 娘の正面に立ち、無事かどうかを確認する。みたところ怪我はない。他の皆も大きな怪我は負っていないようだ。

 

「……マレツ、俺はその得物を知ってる。東の島国で刀と呼ばれる代物。そして恐らくそいつの構えは抜刀術だ。鞘滑りを利用した最速の一撃を叩き込むとされる業だ。十分気をつけることだな」


 後ろで様子を見ていたダンゼツがマレツに説明する。刀について知っているのか。しかもマゼルから教えてもらった抜刀術まで。


 そこまで知っているとなるとこちらも油断できない。とにかく目の前の相手に意識を集中させる必要があるだろう。


「領主様、俺も手伝います!」

「……私も」

「お父様、私も!」


 子どもたちが私の援護を願い出た。ここに至るまで彼らは必死にこの連中を相手に食い止めてくれた。


 本当ならまだ子どもなのに無茶が過ぎると叱るべきなのかもしれないが、もしこの子たちがいなければこの連中の手で町に被害が及んだのは間違いないだろう。

 

 対峙しただけで実力が相当であることがわかる。それに何せ破角の雌牛が傷つき冒険者ギルドのマスターでさえも大怪我を負わせられた相手だ。


 そのうちの1人だけが相手とは言え、むしろここはよくやったと思うべきだろう。


 全く、これも偏に大賢者たるマゼルの教えがあったからこそか。そのおかげでこの年代では信じられない程に精神的にも肉体的にもそして魔法の面でもタフになった。


 今から将来が楽しみで仕方ない。このような優れた子どもたちがいるかぎり我が領も安泰だなと思う。

 

 しかしだからこそこれ以上無茶はさせられない。


「お前たちは一旦下がるんだ。ここから先は私に任せて」


 3人の出番はここまでだ。ここから先は父であり領主である私の務めだろう。


「い、いやです!」

「そ、そうだぜ。ここまで来て逃げ出すなんて、それこそマゼルに笑われちまう!」

 

 しかしラーサとモブマンくんがそれを否定した。アゼルに笑われるか……息子はそんなことで笑ったりしないが。


「いいから言うことを聞くんだ。お前たちに何かあっては――」

「……マダナイ卿、どうか近くにいさせて。邪魔はしない。それに、下手に動いたら、あいつが狙ってくるかも知れない」


 アイラくんも下がる気はないようだ。それに彼女の言った言葉、確かに言われてみればそうかもしれない。静観を保っているがマレツもダンゼツも本来の目的は息子のマゼルだ。今は町にいないが私とラーサが家族だと知っているし、アイラくんとモブマンくんが友人なのも承知済みだろう。


 そうなると逃げようとしたところで狙ってくる可能性は十分にある。


「……わかった。ただし手出しは不要だ」


 3人がコクっと頷いた。


「おっさん格好つけてるけど、1人で俺に勝てるつもりなのか?」

「お前程度なら、この私の剣でどうとでもなる」

「へぇ……」


 マレツの蟀谷がピクピクと波打った。

 ネガメくんの言ったとおりだ。彼は教えてくれた。ダンゼツは掴みきれなかったがマレツに関しては自分以外の相手を見下す傲慢なところがあり、だからこそ挑発に弱いだろうと。


「だったら――その抜刀とやらがどこまで出来るか見せてみろよ!」


 剣を片手に突っ込んできた。速い!


「父様、マレツは奇妙な技で肉体を強化してます!」


 ラーサが叫んだ。そういうことか。道理で。しかし対応できない速さではない。


 刃を滑らせ最速で抜く。強化魔法も使用済みだ。タイミング的にカウンターでヒットする。


「なるほどねぇ!」


 しかし、マレツの反応は速い。剣を潜り込ませ私の斬撃を防いでしまう。


 私の一振りを刃で受けながら後方へと飛び退いた。大したものだが、それ以上に威力がかき消されたような奇妙な感覚を覚えた。


「危ない危ない。強化魔法との組み合わせか」


 随分と表情に余裕が感じられる。私の威力が殺されたのは強化魔法が解かれたからか。これが話に聞いていた魔切りという技なのだろう。

 

 魔法を切るとはなんとも変わった技だ。しかも強化魔法まで消してしまうとは。


「どうやら私も出し惜しみしている場合ではなさそうだ」


 後ろで控えているダンゼツという男が気になるのでできれば見せたくなかったのだがな。


「なるほど。何か奥の手があるということか。だとしても無駄だがな。その技の弱点はわかった。破るのは容易い」


 随分と自信がありそうだ。弱点か――私など息子に比べたら弱点だらけの男だ。


 しかしこの抜刀術は息子が教えてくれたからこそ会得することが出来た。おまけに抜刀術をより活かせるようヒノカグヅチまで贈ってくれた。


 だからこそ私はこの抜刀術を磨き続けた。多少弱点があると言われたからといって引き下がるわけにはいかない。


「破れるものなら破ってみろ」

「――だったら破ってやる!」

 

 マレツが地面を蹴り縦横無尽に飛び回り始めた。さっきより更に加速している。


「こっちも出し惜しみなしだ。預流向を解放した俺についてこれるか?」

 

 預流向――それがこいつの人間離れした動きの秘密か。確かに速い。だが反応できない程では、むっ! こいつ上から。


「はっはー! 貴様は頭上からの攻撃に対処出来ない!」


 確かに鞘から刀を抜くという性質上、私の斬撃は真上に届かない。だから必然的に私の頭上は死角となる。


 しかし、そんなことは当然承知済みだ。


「何!」

「ほう、一緒に飛ぶか」


 地面を蹴り私も空中へと飛び上がった。


「安易な手だな! 空中じゃ踏ん張りが効かないぞ!」


 確かに抜刀術にとって足の踏み込みは大事だ。である以上、空中では威力が出し切れない。


 だから私は空中で体を倒し腰を捻り回転を加える。


「……そうか! ナモナイ様は回転することで生まれる遠心力を利用して踏ん張りの代わりにした!」

「な、なるほど! 足りない分を別の形で補ったのですね!」

「よくわかんねぇが凄いぜ領主様!」


 ラーサもアイラくんも流石だな。今の動きで私の思惑をある程度理解してくれた。


「なるほどな。だがそれを受け止めれば空中でお前は逃げ切れない!」

「受けられればな!」

「ハッハッハ! 俺は魔法が切れる! 幾ら強化しようが無駄なことだ!」

 

 確かに普通の強化での抜刀では威力の乗った一撃を与えることは出来ない。


 だからこその奥の手だ。


「いくぞ強化抜刀術!」

「馬鹿が、だから強化は無駄だと!」


 マレツが剣で私の斬撃を防ぐ。前と一緒なら威力が落ち私の攻撃は届かない。


 だが、バキッ! という刃の砕ける音。マレツの瞳が見開かれる。そして振り抜いた刃が遂にマレツの身を捉え水平に斬り裂かれた。


「グハッ! な、ば、馬鹿なァ!」


 刹那――マレツの全身が燃え上がり炎に包まれた状態で飛んでいった。


 これには私も驚いた。火の魔法など私には使えないが、恐らくだがこのヒノカグヅチが斬った瞬間に発火したのだ。


「ガハッ!」

「…………」


 マレツはダンゼツの足下に落ち呻き声を上げた。ダンゼツは冷え込んだ瞳でその姿を見下ろしている。


「お、お父様凄いです!」

「……あの威力と炎、凄まじい」

「領主様、俺は猛烈に感動しているぜ!」


 後ろで見守っていてくれた子どもたちが私に声援を送ってくれる。それが私の力になる。


「なるほどな。強化抜刀術――これまでの肉体を強化してからの抜刀とは違い、抜く一瞬にのみ強化を集中させたというところか」


 な! この男、あの一撃を見ただけでそこまで見抜いたというのか……。


「中々面白い技だ。確かにそれなら抜いた後の一撃はただの斬撃。魔切りであってもその威力を消すことは出来ない。しかも一点集中している分、一撃の威力も相当なものだな」

「……そこまでわかったならそいつを連れて引き下がるが良い。私が居る限りこれ以上町には立ち入れさせぬ!」


 油断は出来ない。腰だめの構えを保ったまま奴に睨みを効かせた。


「お前たちはもっと下がるんだ――」


 そっと後ろの3人に聞こえるように呟く。マレツは戦える状態でないだろうが残ったこの男が何をしてくるか読めない。


「なるほど。いい覚悟だ。だが、その技、肉体的な負担が大きい上、消費魔力も相当なものだろう? そう何発も打てると思えないがな」

 

 読まれていたか。確かに、現状では2回放つのが精一杯といったところ。既に一度は使ってしまった。だが――


「問題ない。間合いに入ったら切る。その一撃で終わらせてみせよう」

「なるほど。ならばやってみるがいいさ」


 やはり引き下がるつもりはないか。ダンゼツが一歩また一歩と近づいてくる。私の間合いは広い。奴の攻撃より速く抜くことが出来る。


 後はタイミングさえ――


「もう終わったぞ」

「――ッ!? な、そん、な――」


 全身に痛みが駆け抜けた。奴を振り返った時、目の前の光景が真っ赤に染まる。全く視認できなかった。気がついたら既に奴は私の後ろにいた。そして全身が切り刻まれ、くっ、すまぬ子どもたち、せめて何とか逃げ――






◇◆◇

sideラーサ


「そ、そんなお父様!」


 し、信じられません。あのマレツを打ち破ったお父様がこんなにあっさり――


 お父様は抜刀の構えでダンゼツが間合いに入る瞬間を狙っていました。ですが気がついたとき、既にマレツはお父様の後ろにいてかと思えば全身が切り刻まれ倒れていったのです。


「さて、後はお前たちだが、どれ」

「……あ――」

「ヒッ!」

「あ、あ、あ――」


 今度はダンゼツが私達を見ました。底冷えするような冷たい瞳と殺意の込められた眼光。


 一瞬にして私はその力の差を感じ取りました。全身を恐怖に支配され立っていることも難しく……それはアイラさんもモブマンくんも一緒のようでした。


 そんな、こんな殺気を発せられる相手にお父様は……だけど、私にはとても。


「ふん、この程度か。所詮餓鬼だな。つまらん、大賢者の妹もどれほどのものかと思えば涙まで流して情けないものよ」

 

 ダンゼツの言うように自然と涙がこぼれていました。情けなくてそして怖くて――お兄様、ごめんなさい。抗いたいけど、体が動かない。だからこんな泣き言も許して――


「お兄様、お願い助けてぇ」

「はは、最後は大賢者頼みか。全く見苦しいことこの上――ッ!」

 

 その瞬間でした。ダンゼツの背後に何かが落下した音が響き渡ります。


 音に反応しダンゼツが首を巡らしたその瞬間、一陣の風。そして離れた位置で倒れていた筈のお父様が私のすぐ横に寝かされていて、あ、あぁそうです。だって私が泣いていた時にはいつも笑顔で語りかけてくれた。安心させてくれた。


「お兄様、お兄様!」

「うん、ごめんね心配掛けて」


 私の頭に大好きなお兄様の手が乗りました。駆けつけてくれた助けに来てくれた。その優しい手で撫でられただけで私の心を支配していた恐怖心が吹き飛びます。それはアイラさんやモブマンくんも一緒のようでした。


「お兄様、ごめんなさい、私、私――」

「大丈夫。皆もありがとう。町を必死に守ってくれたんだね。だからここからは僕に任せて」

「――なるほど、貴様が大賢者マゼルか!」


 お兄様に気がついたダンゼツが叫びます。お兄様がヒラリと振り返りました。頼りがいの有る背中がいつもより大きく感じられます。


「お兄様!」

「……マゼル!」

「マゼル!」

「うん、後は任せて――ここから先は、僕の戦いだ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る