第138話 魔力0の大賢者、がいぬ間に――

sideドドリゲス


「いやぁ平和だなぁ。こういうのんびりした依頼、何か久しぶりで逆に新鮮かもしれないぜ」


 カトレアが大きく息を吸い込み、その健康的な肢体を大きく伸ばし笑顔をみせた。確かにここ最近は彼らにも大変な仕事が多かったですからね。


「カトレア。いいから早く薬草摘みなよ。いつもより楽だからって気を抜きすぎちゃだめ」

「なんだよ、アローは硬いなぁ」

 

 立ち上がり腰に手を当てて狐耳のアローがカトレアに注意しました。彼女はこのパーティーで一番年下なようですが、しかし一番しっかりしていますね。


 そして確かにいくらいつもより楽だからとあまりだらけるのも考えものでしょう。


「大体カトレアも、よくマスターの前でそんなことが言えたわね。本当、マスターも、そのいつもはもっとシャキッとしてるんですよ。ただ、テンションの上下が激しいと言うか」

「いえいえ、構わないですよ。この依頼もそこまで切羽詰まったものではないですからね」


 女魔術師のフレイが申し訳無さそうに私を振り返ってきました。ですが、そんな謝るようなことではないですね。


「ところで、何でギルドマスターまで俺たちの依頼についてきてるんだ?」

「え?」


 すると得意のナイフで採取された薬草を上手く処理していたアッシュが私に向けて聞いてきました。そう、私はギルドのマスターとして当然普段はギルドにこもっていることも多いのですがね。


「それは、やはりマスターたるもの時には冒険者の仕事ぶりを間近で見る必要もあってだね」

「そんなこと言って、実はたまった仕事に嫌気が差したから口実作って逃げてきただけだったりして」


 ギクリ! くっ、カトレアは存外鋭いですね。笑ってごまかしてはおきましたが、それは、事実なのだ!


 何せここ最近は本当に何かと忙しい。スメナイ山地の開拓も進んできたからか多くの冒険者があの地の仕事に従事している。おまけにダンジョンの事もあって今ローラン領の冒険者ギルドはこれまで経験したことのないような忙しさに見舞われているのです。


 それは勿論ギルドマスターとしては嬉しい悲鳴なのですが、あまりに、あまりに忙しすぎて! 毎日のように増えてうず高くそびえ立つ書類の山。冒険者ギルド総本部に送るための報告書の作成。新たに見つかる素材について、商業ギルドとの打ち合わせなどなど、もう目が回る忙しさ!


 あまりに忙しくてここ何日か何日だっけ? とにかく最後に自分の家に帰ったのがいつだったか思い出せないほどギルドに寝泊まりしている状況。


「もううんざりだ!」

「へ? ど、どうしたのですかマスター?」

「え? あ、いや、すみません。気にせずどうぞ続けて」


 つい叫んでしまった。とにかくそんなわけだから、もういい加減外の空気も吸いたいということで久しぶりにね。抜け出したと言えばそれまでですが、どうやら私と似たような気持ちでいた破角の牝牛に付き添うことにしたのです。


 だから、カトレアの気持ちもよくわかる。こういうときでもないとのんびり出来ないだろうし。


 それは私も一緒です。あぁ久しぶりの新鮮な空気は美味しい。この場所はマゼルの町からも結構離れた大賢者トンネル寄りの場所にあります。


 ギルドで何かあってもそう気軽に迎えに来れる場所じゃない。だからせめて今日の夕方まではのんびりさせてもらいますよ。


 いやしかし、ここならそう手強い魔物も出ないし、妙なトラブルに巻き込まれることもないでしょうからね。なんならちょっと昼寝したいぐらいです。


 ま、流石にギルドマスターとしてそこまで緩んではいられないのですが――


「うん? ちょっと待て、何か近づいてきてるぜ」

 

 すると元女盗賊のアッシュが眉を顰め、警戒の声を上げました。


「ふむ、魔物ですか?」

「いや、多分違う」


 そしてアッシュが地面に伏せ、耳を地面に近づけました。


「足音から察するに二人、こっちに近づいてきている」

「そんなの、薬草採取に来た同業者だろ?」


 確かにこの辺りは薬草採取には最適な場所なので他の冒険者がやってくるのは珍しくないですね。最近は開拓の関係でそっちに多くの冒険者が割かれているので、依頼を請ける冒険者が減っているようですが。尤もだからこそ今回破角の牝牛が請け負うことになったのですが。

 

「いや、でも、こいつら、速い! もう、来てる!」


 するとアッシュが起き上がり身構えました。様子がおかしい。そして、確かに妙に空気がひりつく感覚が漂ってきました。


 リーダーであるカトレアを含め全員の表情が引き締まります。私も杖を構えて何が起きても大丈夫なよう詠唱をすぐに唱えられる準備に入ります。


 しかし、トラブルなんて起きないと思っていたのですがね。ただの盗賊などならこのメンツでやられることはないでしょうが。


「はは、やっぱりいましたよダンゼツ様。こんなところに冒険者が」

「やれやれマレツ、騒がしいぞ。大体、こっちはあまり派手に暴れられないんだ。何せ許可なく動いているんだからな」


 アッシュが察したように2人やってきました。不気味な色のローブを着衣した男と、もうひとりは、ローブではなさそうですね。軽装で、裾広がりな生成りの代物。腰には太めのベルトを巻いています。


「……さて、あなた方はどちら様でしょうか? 冒険者ではありませんよね?」


 とりあえず誰何してみます。仮にもギルドマスターという任についていますからね。自分の冒険者ギルドに所属している冒険者ぐらいは顔を見ればわかります。勿論別の領地からやってきた可能性もありますが……この2人には冒険者とは全く違う匂いが漂っているのです。


「あぁ、冒険者ではないさ。ちょっと道を聞きたくてね。マゼルの町とやらはこのままこっちへ進めばいいのか?」

「……失礼ですがマゼルの町にはどんな御用で?」

 

 どうやら町に向かいたいそうです。これがただの旅人ならば普通に教えてあげるところですが……何か嫌な予感がします。


「御用? そうだな――町の名前にもなってるマゼルという大賢者をぶっ殺すこと、かな?」

「全員戦闘準備!」

「マスターのカバーに入る!」

「頼みました! 我は闘神の加護を求め、そして与え――」

「遅いねぇ」

「な!」


 私が詠唱を始め、瞬時にカトレアが動きましたがカトレアがカバーに入る前に、ローブを来た男が肉薄し、片手剣を振り抜いてきました。


 まさか、ここまで速いとは。だけど甘い。私は常に自分自身に魔法を施し、一度の攻撃なら確実に防げる準備は整っているのです。


 その斬撃は確実に弾き返されそこに隙が生まれる。そこにきっとカトレアが――


「ぐふぉお!?」


 予想外のことが、お、置きました。私の魔法の効果で一度は確実に攻撃を弾くはず。なのに、マレツと呼ばれた男の剣戟は私の脇腹にめり込みズブズブと肉に食い込んでいく。


「ガ、アァアアァアア!」

「マスターー!」


 な、なんとか杖を利用して大きく飛び退きました。しかし、格好いい逃げ方ではないですね。地面に横倒しになり土砂が口の中に入り込んでくる。


「が、あ……」

「マスター! くそすぐポーションを!」

「す、すみま、せん……」


 あ、アッシュが近づいてきて私の傷口にポーションを掛けてくれました。おかげで大分楽に――


 しかし、私にダメージを負わせるなんて、こいつら一体何者?

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