第137話 魔力0の大賢者、塔を攻略中!

sideハスキー


「――つ、強すぎる……」






◇◆◇


 技のハスキーと言っていたコボルトの槍使いは倒してきた。いや、コボルトで一番の技の使い手だと言っていたから僕も油断できないと思ったんだけどね。


 だけど、何か槍を伸ばしてきて避けたんだけどその直後が隙だらけに見えたから拳を軽く打ってみたんだ。本当ただの牽制のつもりだったんだけど、拳圧で吹っ飛んでしまってそのまま壁に激突、気絶しちゃった。

 

 と、とにかくそれで3階に上がってきたんだけどね。


「ははははは! どうだ! 貴様に俺の動きが見きれるか?」


 壁を蹴って蹴ってひたすら蹴って、3階を守る番犬、いや、コボルトが元気いっぱいに飛び回っていた。


「ここまで来れる人間がいたことには驚きだが、グレートデーンはただの脳筋、ハスキーは技に溺れただけの駄犬でしかない。四犬王で事実上の最強はこの俺! 四犬王最速を誇るボルゾイ様よ!」


 ボルゾイは先に出会った二人と比べると背も小さく小柄だ。だけど、その分動きの速さが自慢らしいね。


「いいことを教えてやる! この世界、速さこそが強さ! パワー≒スピードなのさ! そして俺はこの速さから、特別性の投擲器、チャクラムを利用し相手を切り刻む! この特別性のスターチャクラムは持ち主の速さがダイレクトに伝わるのさ! ただでさえ速い俺の動きを加えたチャクラムの動き、人間などに捉えられてたまるものか!」


 そう言ってボルゾイがチャクラムを両手で投げつけてきた。腕に沢山のチャクラムを持っていてそれをどんどん投げつけてくる。そして投げたチャクラムをボルゾイ自身がキャッチしてまた投げるというのを繰り返していた。


「はははは、どうだ! 俺の速度は音だって平気で置き去りにする! このスピードがあるからこそ、自身で投げた高速のチャクラムを自らが受け止め投げ続けるという芸当が可能なのだッ! これが俺の必殺技チャクラムゲージ! お前はこのチャクラムのからもう逃げることは出来ない!」

「え~と、話はよくわかったけど、いつそのコボルト最速というのを見せてくれるの?」

「……は?」


 僕は飛んでくるチャクラムを避けながら聞いてみた。何か怪訝そうにしているけど、四犬王で最速なんだよね?


 音が置き去りとか言っていたけど、それぐらいならちょっと鍛えれば普通に達せられるスピードだしね。そこまで言うからにはまさかこの程度ってことはないと思うんだけど。


「は、はは、面白い! さっきから俺のチャクラムを躱しながら、随分となめた口を聞いてくれる。ならばいいだろう! この俺のマックス中のマックス速度を見せてやる!」

「なら、僕がマックス中のマックスに達した君を捕まえる事ができたら勝ちってことでいい?」

「な、なに? 貴様、このチャクラムの檻の中で、マックス中のマックススピードに上げた俺を捕まえようというのか!」

「やって見る価値はあるかなって。それに傷つかずにすむならお互いその方がいいよね?」

「クッ、この俺も舐められたものだな! いいだろう。捕まえられるものなら捕まえてみろ!」


 うん、言質は取ったね。よし、なら僕も構えをとって。


「ぬはははは! どうだあまりの速さに俺が何人にも見えるだろう。これが俺のマックス中のマック――」

「よ~~~~い――ドンッ!」


――ズゴォオオォオオン!


「ゲボラァアアァアアアァア!」

「……あれ?」


 僕がボルゾイを捕まえようと腰を下ろして、そして地面を蹴ったら、何故か勝手にボルゾイが吹っ飛んでいって天井に叩きつけられちゃったよ。


 え~と、あれれ~?


「ぐ、捕まえると言っておきながら、魔法だなんて、抜かった、わ――ガクッ」

「いやいや違う違う! 大体これは魔法じゃなくて! だって地面を蹴った時の衝撃ぐらいで吹き飛ぶなんて思わないし!」


 あぁ、駄目だ。ボルゾイも気を失っちゃった。捕まえようとしただけだったんだけど、ちょっと悪いことしちゃったかな。


「ごめんね。でも、もう行かないといけないから」


 幸い気を失っているだけみたいだし、僕はそのまま4階に向かうことにした。


「……まさか、ここまでやってくる人間がいるとは驚きだぞ」


 何かさっきから驚かれてばっかりなんだけど……確かに皆、1階でやられたとは聞いていたけどね。


 さて、そんなわけで今度は4階を守るコボルトと相対することになったんだけどね。


「我が名はチン。四犬王最強と呼ばれているコボルト――だが、そんなものは我がマスターと比べたなら些末なことよ」


 そう言いながら、チンと名乗ったコボルトは槌と鑿を使って一心不乱に石像を彫っていた。見ると多分だけどコボルトを象ったもののようで、この部屋だけで何体もコボルトの石像が置かれている。


「え~とこれは?」

「私が思いの丈を込めて作り上げたマスターの石像だ」


 これが、そうなんだ。つまりここにある石像がマスターの姿なんだね。あれ? でも?


「何か姿が皆違うような……」

「当然だ。マスターは日々進化されておられる。つまりその御尊顔も日々違うのだ。故に私の彫る石像も全て異なる」


 え~と、これはそういうのとも違うというか……歪んでいたり、体型がバラバラだったり、体のバランスが崩れていたり、つまり、あまり上手くないような……。


「さて、ここまでこれたことは見事と言える。褒めてやろう。だが、ここまでだこのまま大人しく引き返すが良い」

「え? でも、僕にも事情があるんだけど……それとも、大人しくここから退散してくれる?」

「それは不可能だ。ここは我々コボルトの縄張りだ。どうしてもというなら人間が出ていくが良い」

「それじゃあ筋が通らないよ。この場所は元々獣使いの一族が暮らしていた場所なんだし」

「この世は弱肉強食。元々この地にいた人間が弱かった。ただそれだけだ」

「それならやっぱり僕は君と戦って先に進まないといけないね」

「……愚かな。私は貴様の為を思って言っているのだぞ?」

「僕のため?」


 首をかしげてしまう。何でこれが僕のためなのだろう?


「私は強い。しかし私は無益な殺生をこのまん」

「そうなんだ。でも、僕も君を倒して上のマスターと話をつけないといけない」

「それが愚かだというのだ。この私にも勝てぬものが至高のマスターに勝てるわけがないのだから」


 え~と、それだけ自信があるってことなんだろうけど……。


「まだ何もしていないのに何で勝てないと?」

「何もせずともわかる。貴様は鈍い。この私を見ても、まるで何事もないような顔をしている」


 確かに僕は彼と会ったからと言って特別何を思うこともないけどね。


「それが何か問題?」

「……動物でも強者に出逢えばそれなりの反応を示すものだ。真剣な目で身構え、それなりの緊張感とて生まれる。だが、貴様にはそれがない。故に鈍いと、そう言っている。お前には兵を兵と感じ取る力、それが足りていないのだ。五感を鋭くさせ、いまそこにある危険を感知する、それも強さには不可欠なこと」


 う~ん、よくわからないけど、一応僕も相手の実力を測ったりはしているつもりではあるんだけどね。ただ、僕は確かにこのチンというコボルトにそこまで恐れを抱いていない。だけど、どうやらこのチンは四犬王では最強で凄まじい実力を秘めているらしい。全くそんな気がしないけど、それも達人故なのかもね。


「でも、やっぱりここで引き下がるわけにはいかないかな」

「……仕方のないやつだ。ここまで言ってわからないなら、その目にしっかり焼き付けるがよい」


 チンは僕にそんなことを言い出すと、石像を彫る手を止めて立ち上がった。


 そして息を吸って吐いて――構えを取り、その手で石像に触れた。


――ドゴォオォオオオン!


 すると石像が粉々になった。なるほど、手を高速振動させて共振の効果で砕いたんだね。そういえばさっきからずっとブルブルしているもんねこのコボルト。


「今何が起きたか、貴様には理解できなかっただろう?」

「え? え~とし――」

「今私は、この手を超高速で振動させることで、所謂、共振の効果で石像を破壊した。私の全身は今この瞬間にも振動を続けている。だが、常人にはあまりに速すぎてそれが見えぬ。だから、私がただ石像に触れたようにしか思えないだろう?」


 え~と、今それを言おうと思ったんだけど……。


「フンッ! フンッ! フンッ!」


 そしてチンは周囲の石像を次々と破壊していった。でも、それって尊敬するマスターを象った石像じゃなかったっけ?


「ふぅ、これで理解したであろう? これぞ私が編み出した唯一無二の奥義、満震拳だ。これでわかっただろう?」

「うん」

「そうか、ならば」

「じゃあ、戦いを始めても?」

「貴様、一体何がわかったというのだ!」 


 え~……でも、ようは凄く振動しているって話を聞かされただけだし……。


「やれやれ仕方のないやつだ。ならばこれを受け取れ」


 するとチンが砕けた石像の欠片を僕に投げてきた。それを受け取った僕だけど。


「その石を私に向けて投げてみるが良い」

「え? いいの?」

「構わん。そうすれば鈍い貴様でもわかることだろう。満震拳は攻防一体の拳。私の全身も常に振動している。それがどういうことかその石を投げてみればわかる」

「う~ん、わかった。じゃあ投げるね」

「くるがよい」

「うん、それじゃあせ~の」

「そして貴様は気づくだろう。その石は私に触れる前に砕ける。私自身が発している振動でだ。つまり私には一切の攻撃が通用し――」

「えいっ!」

「ゴブロォオオオォオォオォオォオオッ!?」


――ズゴオオォオオオン!


「…………あれ?」

 

 その、石をチンに向けて投げたら直撃した上、後ろの壁を突き破ってそのまま見えなくなったんだけど――


「え~と、四犬王最強、なんだよね?」


 の、わりに一番下の最弱と言われていたコボルトと似たようなことになったような……。


「ふぅ、でもとにかくこれで四犬王は倒したし、最上階にいこうかな」


 そして僕はコボルトマスターの待つ塔の天辺に向かったのだけど。


「虚しい、そうは思わないか?」

「え? はぁ……」

 

 そこでは裾の広がったローブ姿のコボルトが一人黄昏れていた。天辺は屋上だから他と違って壁にも天井にも阻まれてないわけだけど。


「――さて、ここまで来た君は我を少しは楽しませてくれるかな? 我の名はチャウチャウ、この塔最後のコボルトにて最強のコボルトマスターだ」

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