第135話 魔力0の大賢者、獣使いの一族に協力する

 どうやら獣使いの村では現在、コボルトが現れるようになって困っているらしい。


 コボルトといえば犬の顔をしていて二足歩行で歩く魔物として有名だ。僕たちも以前出くわして戦ったことがあるね。ゴブリンと比べられることも多いのだけど、ゴブリンはどちらかと言うとその圧倒的な繁殖力とずる賢さで生き残っているのに対して、コボルトは繁殖力そのものはゴブリン程は高くない。ゴブリンのように異種相手に交配しないってのもあるかもだけどね。


 ただコボルトはゴブリンに比べると個々の能力が高い。身長もゴブリンより高く、体格に幅はあるけど成人男性と同程度だったり大きかったりする場合もある。

 

 そして武器を扱うのが上手い。剣や槍など武器を持つとかなりいい動きをするのがコボルトだ。


「ふむ、コボルトか。しかしのう、お主ら獣使いの一族であろうが。コボルトぐらいどうとでもなるんじゃないんかい」


 大長老が呆れたように言う。大婆様は眉を顰めて嘆息した。


「確かに私たちは獣使いさ。だけどね、獣使いの技は人型が混じっているような存在相手だと効果が弱まるのさ」


 なるほど。確かにコボルトは見た目は犬だけど二足歩行で歩くし、コボルト同士で会話もする。知能は人間とそう変わらないとされていて、鉱山に住み着いたときは自分たちで武器や防具を作ったりもする。


 そういった存在だと獣使いでも簡単にはいかないかもしれない。


「でも多少は効果があるのですよね? それで何とかならないのですか?」


 ハニーが尋ねる。コボルトはゴブリンよりは強いけど、ある程度の実力を持った冒険者ならそれほど苦労せず勝てるともされている。獣使いの一族は獣と連携を組んだ戦闘にも長けているというしそうそう苦戦するとも思えないけど。


「そもそもで言えば、ただのコボルトなら私たちの一族だけでなんとかなる相手さ。だけどね、今回縄張りを作ったコボルトはちょっと違うのさ」

「ということは、もしかして普通のコボルトと異なるのですか?」

「うむ、そのとおりでな。現れたのはコボルトの変異種なのだ」

「変異種じゃと? ふむ、確かにそれであれば、通常のコボルトとはまた話が変わってくるのう」


 大長老が顎をさすりながら呟いた。うん、変異種となるとね。


「そうですね。しかし、変異種ということはコボルトハードでしょうか?」


 僕が尋ねる。コボルトハードは以前僕たちが乗った馬車を襲ってきた相手でもある。


「いや、その程度であったらどうとでもなった」


 あ~やっぱりそうだよね。以前倒した時に何故か驚かれたけど、あのぐらいならゴブリンより強いと言っても手練の冒険者なら勝てる相手だ。獣使いの一族が苦労するとも思えないもの。


「そうなると、ま、まさか魔窟が現れたとかですか!」


 ハニーが目を見開いて声を上げた。魔窟といえばゴブリンの事が思い浮かぶね。魔窟が出現すると進化した魔物が出現したりするからね。ただ、あのゴブリン程の規模にまで至るのはそう滅多にはないようだけど。


「いや、魔窟ではない。ただな、変異種の中でも更に希少とされるコボルトマスターが現れてしまったのだ」

「コボルトマスター? 聞いたことないかも……」

「うむ、わしも初めてきくのう」

「そりゃそうだろうね。滅多に現れない希少中の希少変異種それがコボルトマスターさ」

「なるほど、コボルトマスターか」

「え? 知っているのですか大賢者様!」

「ほう? これは驚きだねぇ」

「え? あ、いや、はは。ちょっと文献で読んだことがあって」


 まんざら嘘ではないけどね。希少種なのは確かで僕も実際に出会ったことがないから師匠に聞いたことがあるだけだし。


「では大賢者様はコボルトマスターの特徴をご存知で?」

「知識だけですが、コボルトマスターはバトルジャンキーとも呼ばれる変異種で何より強者と戦うのを好むとされているとか――戦えば戦うほどより強くなっていく種族とも」

「うむ、そのとおりだ。流石は大賢者様ですな」

「いや、そこまでのことでも――」


 ただ知識としてしっていただけだしね。


「戦うのが大好きな好戦的なコボルトってことなんだね」

「うむ。しかも縄張り意識がより強い。奴らが縄張りに選んだ地は獣使いの一族にとってかなり重要な場所なのだが、奴らときたら、そこに塔まで建ててしまったのだ」

「と、塔じゃと?」

「うむ、勝手に五犬の塔などと嘯いておる。コボルトマスターは五階建ての塔の頂上におってな。下にはマスターが選んだ四犬王などというコボルトが守っているのだが、このコボルトも通常種よりも、いや今さっき名前の出たコボルトハードよりも更に強い」

「それは、随分と変わったコボルトですね」


 五犬の塔とか四犬王とか、随分と凝った真似しているね。より強いものと戦うことを求める変異種とは聞いていたけど、そんな塔まで作るなんてびっくりだよ。


「村の腕自慢の戦士が塔に挑んでみたのだが、最下層さえ突破できんかった……命こそ助かったがかなりの深手も負ってしまってな、ほとほと困り果てていたのじゃ」

「なるほど。それで大賢者様の力が借りたいわけじゃな」

「うむ、あのゴブリンシーザーさえも倒したとされる大賢者様であればコボルトマスターであっても倒せるのではとな……」

「しかし、わしらは進化の実が欲しいだけだったのじゃがな」

「ふん、ただで実が欲しいなど甘いのだ。とは言え、大賢者様にはこのようなお願いをしてしまって申し訳なく思います。ただ、先程の話を聞く限り、ローヤルフラワーのある場所に辿り着くにはどうしても塔が邪魔になります。目的のものを盾にしているようでもうしわけなくはあるのですが――」


 大婆様が僕に深々と頭を下げてきた。この様子を見ると、かなり困っている様子だね。蟲使いの一族とは仲が悪いらしいけど、何かちょっとした意見の食い違いから始まったことみたいだし、今後は仲良くなってもらえると嬉しいかな。そう考えたらここは手助けしてあげたいね。


「頭を上げてください。勿論僕たちもビロスを早く楽にしてあげたいし、なのでコボルトの件やれるだけやってみます」

「大賢者様……本当に本当にありがとうございます。解決していただいた暁には私たちで出来ることなら何でもさせていただきますので。勿論進化の実探しも協力させて頂きます」

「うん、それなら――蟲使いの一族と一度しっかり話し合って貰いたいかな」

「むぅ、わ、わしらとか?」

「はい。蟲と獣の違いはあるけど、お互い理解し合えればきっと上手くいくと思うんだよね」

「――私は、蟲使いの一族がいいというなら構いませんよ。そこの大長老がどう思うかはわからんがな」

「な、何を言うか! わしらだってそっちがいいと言うならな!」

「はは、だったら決まりだね。よし、なら僕も一つ頑張ろうかな!」


 この調子ならそんなに苦労はなさそうかな。なので話がまとまったところで僕はその五犬の塔に向かうことにした。






◇◆◇

side???


「虚しい……」

「マスターどうかされましたか?」

「うむ、こうやってわざわざ塔まで作ったというのに、挑んでくるものが弱すぎてな。獣使いの一族というから多少は期待したのだが、まさか最下層で敗れるとは……」

「仕方がありません。マスターは強くなられすぎたのです。四犬王最強の私ですらマスターの足元にも及ばないのですから」

「……強くなりすぎたということか。強すぎるというのも虚しいものだな。果たしてどこかにいるのであろうが、この我を脅かすような強者が――」


 そしてマスターは遠くの空を眺めて黙ってしまった。確かにマスターは強い、いや強すぎた。


 マスターの背中はとても大きく力強く、それでいてとても寂しく感じられた。やはりマスターにとってこの森は狭すぎたのだろう。いや、既にこの世界にすら――マスターを超えるような強者など……。

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