第133話 魔力0の大賢者、進化の実を探す

「もしかしてこれは進化熱ですか?」

「ほう? これは驚いた。流石大賢者様じゃ。まだ若いと言うのにそれを知っておるとは」


 大長老様が感心したように顎を引いた。うん、僕も前世で見たことがあったからね。だけど、随分と久し振りなことだからすぐには思い出せなかったよ。


 でも、それなら僕の汗が通じないのもうなずける。進化熱は病気ではないからね。進化する過程で必ず起きることで熱は寧ろ進化するには必要な症状だ。


「つまり、ビロスは何かに進化しようとしているの?」

「そういうことになるな。だがこれはかなりめずらしいことだ。通常魔物が進化出来る可能性は極めて低い。中には進化ありきの種もいるにはいるのじゃがな。わしも気になって古文書などを徹底的に調べたがバトルホーネットが進化した例は5000年以上前の古代に一度あったという伝説が残るのみだ」


 なるほどね。でも、一度はあったんだね。それなら全くないというものでもないのか。


「一体どんな風に進化するの?」

「うむ、それがだ、進化したという記述はあるも詳しいことはほぼわからんかったのじゃ」

「そうなのですか。でも、進化する以上、進化の実は必要ですよね?」

「ほう、わしが言うまでもなくそれも知ってましたか」

「え? 進化の実?」


 ハニーが疑問符が浮かんだような顔で目をパチクリさせてた。どうやらハニーは知らないようだね。


「進化の実は魔物などが進化する際に必要とされるものじゃ」

「へぇ、ならその進化の実があればビロスも進化が出来るんだね! ところでその進化の実はどこに?」

「ふむ、ちなみにハニーよ。進化の実というのはあくまで総称じゃ。進化に必要な栄養になるものを総じて進化の実と呼んでおるのじゃが、種によって必要な物は異なる」

「へぇ~でもそれはわかるの? あ、大賢者様ならもしかして!」

「いや、流石に個別で何が必要かまではわからないかな~」


 バトルホーネットの進化は僕も初めてだしね。5000年以上前というと前世の僕でもまだ生まれてないし。


「それじゃが、古文書に一応記されてはいた。バトルホーネットの進化に必要なのはローヤルフラワーから取れる蜜、通称ローヤルゼリーと呼ばれるものじゃ」


 ローヤルフラワー――かなり珍しいとされる希少種だ。しかも十年十日草と言う種類で10年に一度しか花を咲かせず、しかも咲いてから10日で枯れてしまう。その花から採取できる蜜がローヤルゼリーと呼ばれるのだけど、その特性があるから開花してから10日以内には採取しないといけない。


「そんな、10年なんて待てないよ!」

「当然なのじゃ。そんなに待っていたらビロスは死んでしまう」

「え? し、死ぬの!」

「うん、進化熱が引き起こされた種は、進化の実を与えられないと進化に必要な栄養がどんどん体から奪われて衰弱してしまうんだ。だからこそ栄養が補充できる進化の実が必要なんだけど――」

「うむ、少なくとも熱が出てから7日以内には与えないと持たないであろう」

「そんなすぐに! あと4日しかないよぉ~」


 ハニーが悲痛な声を上げてビロスに抱きついて嘆いた。あと4日でか……。


「ハニーよ諦めるのはまだ早いのじゃ。古文書にも残っていたが進化が始まると同時期にローヤルの花が咲いたとある。もしかしたら進化の条件には花の咲く時期も関係しとるのかも知れということじゃ」

「でもどこに咲いているかなんてわかるの?」

「僕がやってみるよ」

「え?」


 ローヤルの花の蜜であるローヤルゼリーなら前世で食べさせてもらったことがある。ビロスにとっての進化の実でもあるけど、勿論人が食べても美味しい蜜だった。


 独特の甘い匂いは今でもしっかり覚えている。もし咲いているなら神経さえ集中すればわかるかもしれない。

 

 だから僕は外に出て、目を瞑り、意識を集中させて嗅覚を研ぎ澄まさせた――そして。


「うん、わかった! 咲いてるよ。ローヤルの花は確かに咲いてる!」

「なんと、こんなにもあっさりとはのう……」

「流石大賢者様です! 大賢者様の感知魔法は伝説級ですからね!」


 ハニーがキラキラした目で言ってくれるし大長老も感心してくれているけど、いつもどおり魔法ではないのです。


「ところで大賢者様、その場所というのは?」

「はい、場所はここから北東に向かった――」


 僕は地面に線を引いて森の形を作り、大体の位置を教えてあげた。


「うぬぬぬ、これは困ったのう……」

「え? 何か問題があるのですか?」

「それが大賢者様。ここはね獣使いの一族が縄張りにしているところなの」


 獣使いか。蟲使いの一族が蟲の魔物を操るように、獣使いの一族は獣の魔物を扱う一族だと聞いたことはあるね。


「実はのう、我ら蟲一族は獣使いの一族とは因縁があり、あまり仲が良くないのじゃ。獣使いは獣の魔物こそ究極! と譲らず我ら蟲一族は蟲の魔物こそ至高! と譲らなかった。それが長引き今に至っておってのう、交流もまったくなく断交状態といった有様じゃ」


 そ、そうなんだ。そんな因縁があったんだね。う~んどっちも良いじゃ駄目だったのかな?


「大長老様、でも今回は……」

「うむ、そうじゃな。流石にそんなことも言っていられんし、今思えば下らん言い争いじゃ。よし、わしも一緒に行こう! そして大賢者様も宜しければ……」

「うん、勿論僕も行くよ。放ってはおけないからね」

「ありがとう大賢者様がいれば安心だよ!」


 そして僕たちは3人で獣使いの一族が住む村に向かった。村の人が3人で大丈夫か? と心配していたけどあまり大勢で行くと逆に警戒心を抱かれることになるかもしれないという大長老様の言葉と僕が一緒ということで納得してくれた。


 あ、ハニーは一応蜂を一匹は連れてきたけどね。いつもハニーが乗っているビーダだ。


 ちなみに大長老は腰が弱くて辛そうだから僕が背負って移動する。


「何かもうしわけないのう」

「いえいえ、これぐらい何でも無いですから」

「しかし大賢者というのは力もあるのだのう」

「大長老様。それも大賢者の魔法故なのです。大賢者は常に強化魔法を使用しても全く疲れませんから」

「ほう、それは大したものじゃ」

「はは――」


 全く魔法じゃないんだけどね。ハニーは蜂に乗って僕の頭上からついてきていた。この森にも普通は魔物が出るけど急いでいるから威圧を込めながら歩いていたら全く近づいてこなくて、それもすごい魔法だと驚かれた。魔法じゃないけどね。


「貴様ら、蟲使いの一族! 一体何しに来た!」

「グルルウウゥ!」


 そして獣使いの一族が暮らす村の前に来たのだけどね。門番が槍を構えて凄い睨みをきかせてきたよ。獣使いと言うだけあって狼の魔物も一緒だ。凄い唸り声を上げているし仲が悪いというのは本当のようだね。


「大賢者様、ここはわしに任せてほしいのじゃ」

「わかりました」


 大長老様を下ろしてあげた。杖を突き、ギロリと門番を睨み返し、シャキッと背筋を伸ばし。


「いたたたたッ……」

「だ、大丈夫ですか?」

「す、すまんのう」


 やっぱり無理したら腰が痛いみたいだけど、ちょっと格好つかないかも……。


「何なんだお前ら、馬鹿にしてるのか!」

「えい、全くあいも変わらず獣使いの一族は血の気が多いのう。別に喧嘩を売りに来たわけじゃない。わしは蟲使いの一族の大長老じゃ」

「何? 大長老だと?」


 門番達が顔を見合わせ、何か話し合った後、再び大長老様に顔を向けた。


「まさか大長老がやってくるとはな。だが、だとしても今俺たちはお前らなんかに構っている場合じゃない。とっとと帰れ!」


 うん? 構っている場合じゃない? 何か妙に気になる言い回しだね――

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