第132話 魔力0の大賢者、蟲一族の村へ

「――ダンゼツが勝手にローランへ向かったというのか?」

「はい。大賢者程度自分が行けば倒せると、そう日頃から言っていましたから……」

「司教のあいつが勝手に動くとはな。神官も1人連れて行ったか。全く困った奴だ。まだ手は出すなと言われていただろうに」

「如何致しますか?」

「……捨て置け。それならそれで面白いことになるかもしれん。だが、いざというときのために準備はしておけ」

「承知いたしました――」






◇◆◇


 ハニーと一緒に僕は蟲使い一族の村に向かった。この辺りの森には久し振りかな。広大な森で蟲使いの一族だけじゃなくて他に様々な民族が独自のコミュニティーを築いているらしい。


 その昔は領土を巡っての小競り合いも多かったのだけど、今は王国とも協定を結び、互いの関係も良好だ。特に蟲一族とは混蟲族のこともあったからかなり親密と言えるだろうね。


「大賢者様、もうまもなく到着するよ」

「うん、ありがとう」

「で、でも大賢者様はやっぱり凄いですね」

「え? 何が?」

「いえ、空中を駆ける魔法なんて始めてみたので」


 あぁ、そういえば、今回はビロスの具合が悪いから心配で来ているわけだけど、だから蜂はハニーが乗ってきている蜂だけなわけで、当然僕は乗ることが出来なかった。

 

 ハニーの乗ってきた蜂は1人が乗るので精一杯だったからね。それでどうしようと迷っていたから、大丈夫と伝えて、空中を走ってついていくことにしたんだ。


 それにハニーは驚いているけどこれはそこまで大したことではないんだよね。例えば水の上も足が沈む前に次の足を出せば沈むこと無く歩けるわけだけど、それさえできれば空中を駆けるのは応用でしかないからね。


 まぁそれでも飛んだりするのは魔法の方が楽だと思うし速いんだろうけど。


「こっちです大賢者様」


 森に下りてからハニーについていく。前にも来てるから僕も道は覚えてはいるんだけどね。それにしても緑の多い森だね。この森でしか見られない植物も多いんだよね。


 さて、ハニーと一緒に蟲使い一族の村についた。先ずはハニーのご両親に挨拶をする。


「これはこれはようこそおいでくださいました」

「我が家の蜂の為にわざわざ大賢者様にお越しいただけるなんて、何か申し訳ないです」

「いやいや! 僕もビロスにはお世話になってるし心配なので」


 凄く恐縮されたけど、やっぱり心配なのは確かだしね。だから挨拶も程々に僕はハニーとビロスの様子を見に行った。


「ビ~……」


 ビロスが寝かされている蜂小屋に行くと、確かにいつもの元気がビロスにはなかった。僕に気がついて反応はしてくれたけど、寝ている位置から動こうとはしない。いや、どちらかと言うと動けないのか。


「ビロス、凄く熱も出てるの――」


 苦悶するようにハニーが言った。ビロスが苦しそうにしているのが自分のことのように辛いんだろうな。


 ビロスからは震えも感じる。確かに状態は芳しくなさそうだ。


「大賢者様、何とかできそう?」

「断言はできないけどやってみるよ」


 僕は、ふぅ、と一呼吸し意識を指先に集中した。皆は回復魔法と呼ぶけどその正体は僕の体内から発せられる汗だ。僕はもともと再生能力が高いのと前世で師匠に聴いた限りでは抗体が凄く強いらしい。僕は毒への抵抗も強いし今は全く病気になることもない。そしてそれらの効果は汗を通じて他者に与えることが出来る。


 個人的には自分の汗を誰かに浴びせるとかその、飲ませるとかは恥ずかしいし申し訳ない気持ちにもなるんだけど、それで救える人がいるなら致し方ないかなとは思う。


 というわけで僕は汗の集まった指先をビロスの口元に近づける。滴り落ちた汗をビロスが飲み込んだ。


「ビ~……」


 なんとも切なげな鳴き声を上げるビロス。さて、後はこれで治るかどうかなんだけど――


「もう終わったのですか?」

「うん、一応汗、あ、いやとにかくやることはやったよ」

「ほえ~詠唱もなしに凄いですね」


 それは、まぁ、汗を飲ませただけだしね。詠唱は必要ないかな。


 さて、それから暫く待ち続けたのだけど。


「ビ~……」

「変化がないみたいですね……」

「そ、そうだね……」


 ビロスの具合は未だに悪そうだった。これは、僕の汗がきいていない?


「効果が出るまで時間がかかるのかな?」

「う~ん……」


 正直僕の汗は今までも即効性があったから、この時点で治ってないというと、効果がなかったのかもしれない。勿論結局のところただの汗だし、効かないことだってあり得るとは思うけど、それだとかなりの難病ということになるのだろうか?


 ちょっと気が気じゃなくなってきたぞ。


「やはり、大賢者様でも駄目でしたか」


 すると小屋に嗄れた声が響いた。


「大長老様!」


 僕が振り返るとハニーが驚いたように声を上げた。大長老――何か凄そうな人物だね。大長老と言うだけあって年はかなりいっていそうだ。背は低くて腰がまがっている。頭には毛がないけど豊富な白髭を蓄えている。


「わざわざ大長老様に来て頂けるなんて……」

「何、蜂には村も世話になっている。そして大賢者様お初にお目にかかる。以前は挨拶も出来ずすまなかったのう」


 確かに僕は大長老様に会うのは初めてだ。前に来たときに村長を兼ねている長老様には会ったけどね。


「こちらこそはじめまして。僕はマゼルと申します。どうぞ宜しくお願い致します」

「ほっほ、混蟲族を倒した物がまだここまで若いことにも驚きだが、お主かなり良い子のようじゃのう。好感がもてるわい」


 良い子、なのかな? 自分ではあまり実感がわかないや。それに――


「いえ、僕などそこまでの存在じゃ……それにビロスも治してあげられなかった。折角頼ってくれたのに申し訳ないです」

「ふむ、大賢者よ、そのことならば気にすることはない。寧ろ大賢者の魔法が通じないことではっきりしたわい」

「え? はっきりしたというと、ビロスの病気のことがわかったのですか?」


 ハニーが縋るように尋ねた。僕の力も効かなかった以上、大長老の知識が頼りでもある。


「うむ、先ずビロスのそれは病気ではない」

「え! 病気じゃないの?」

「そうなのですか? ですが熱が凄くありそうですが?」

「うむ、高熱が続き酷くうなされておる。だが、これと似た症状が起きるのは、ビロスに進化の兆候が見られる証明だ」


 進化の兆候……あ! もしかして! なるほどそれなら僕の汗が効かなかったのも頷けるかも――

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