第119話 魔力0の大賢者、魔狩教団と対峙する

sideヘンリー


 僕が友と認めた大賢者マゼルが颯爽と現れ、妹に凶刃を振るおうとしていた信徒を吹き飛ばした。一体何が起きたのか全く見えなかったが、あれが大賢者が扱うとされている超衝撃魔法というものなのだろうか?


 飛ばされた信徒は壁にめり込み見事な人型ができてしまっている。命までは奪っていないようだけどあれはもう起き上がることは出来ないだろう。


「アリエル、大丈夫?」

「え、えぐぅ、まぜ、まぜ、まぜぇえええぇええるうぅうぅうう!」


 大賢者マゼルが十字架型の柱を息吹一つで破壊した。あんな魔法もあるんだ……アリエルを解放すると妹がギュッとマゼルに抱きついたよ。兄としては若干複雑な心境だけど妹も怖かったんだろうと思う。


 嗚咽を漏らし、涙と鼻水で折角の愛らしい顔がぐちゃぐちゃだけど、大賢者は優しく頭を撫でてやっていた。


「……マゼル、そうですか、お前があの大賢者マゼル。はは、なるほど。これはこれは! なんたる僥倖!」


 するとマゼルを大賢者と判断したマサツがまたあの耳障りな声で笑い出し、まるでマゼルが現れたことを喜ぶように声を張り上げた。


「何がそんなにおかしいのかわからないけど、とりあえずお前は後だよ」

「後?」

「みんなを助けないと」

「皆? はは、なるほど。欲張りですねぇ。ですが、今のは少し油断しましたが、今度はそう簡単に抜かせは」


――ヒュンッ!


「な!?」

「皆ごめんね、遅くなってしまって」

「え? マゼルこれは?」


 気がついた時、私やカレント、それに意識を失っているヤカライを含めた3人の騎士も纏めてあのマサツから距離を置いた位置に移動していた。驚いたね……何が起きたか全く理解できていないよ。


 目の前にはアリエルを片手で抱きかかえたマゼルが立っていたけど、直後アリエルをそっと地面に下ろしてあげていた。


「ちゅっ! ちゅ~!」

「ファンファン! よかった無事だったんだね!」


 そしてマゼルの襟から顔を出したファンファンがアリエルの胸に飛び込んだ。


「ファンファン良くやったぞ。君を信じてよかった」

「ちゅっ、ちゅ~……」


 私が褒めて頭を撫でると最初は目を細めて嬉しそうにしたけど、すぐにしょんぼりとしてしまった。どうしたんだろう?


「ファンファン、君のおかげで僕は皆の場所を掴むことが出来たんだ。それは間違いないから、もっと誇っていいんだよ」

 

 するとマゼルがファンファンを労うようなセリフを口にする。ファンファンはそれを聞いて喜んでいるようだね。2人にしかわからない何かがあるのだと思う。


「さて、後は皆の、うん、そのごめんね」

「うん? 何を謝る必要があるんだい?」


 マゼルが何故か頭を下げた。寧ろ僕たちは助けられているのだから感謝したいぐらいなんだけど。するとマゼルが苦笑いを浮かべ、かと思えばキラキラとした光が僕たち全員に降り注いだ。


 なんと美しい――そうだこれはあの時に見た大賢者の神聖魔法ディアグランド。だが、どうやら僕はまたしても大賢者の力を見誤っていたようだ。まさかその効果がここまでとはね。


「え? 痺れが取れた?」

「う、う~ん、私は一体……」

「そういえば、何か粉を吸ってしまい……」

「我々はあいつらの麻痺毒にやられていたんだ。だけど、これは、やはり大賢者マゼル様!」

「さ、流石マゼルです! 私も何かすごく心が落ち着いて、疲れも取れました!」


 そう、マゼルの魔法によって麻痺状態にあったものが全員元の状態に戻ったんだ。いや、それだけじゃない、僕や騎士たちの怪我もすっかり治ってしまっているし疲れも取れていた。


「流石大賢者マゼルだね……神聖魔法が凄いのは勿論だけど、さっき見せたのは転移魔法だよね? しかも一瞬にして僕たち全員を運べるほどの。本当に今の僕などでは相手にならなかったわけだよ」

「え~と……」


 大賢者の美しい魔法に感激し、思わず彼を称賛する言葉が継いで出ていく。だけどマゼルはどこか微妙そうな顔を見せていた。


 なんでだろうと思ったが、なんてことはない話だってすぐに気がついた。そもそも大賢者の称号を持つマゼルにとってはこの程度の魔法は大したものではなく、称賛されるようなものではないということなんだろうね。


 僕だって例えば息を吐いているだけで褒められたら微妙な気持ちになる。大賢者にとってはまさにその程度のことなのだと思う。


 でも、流石はマゼルだ。例え彼がどう思ったとしても、息を吐くような魔法1つで人々は興奮しその伝説級の魔法を称賛し続けることだろう。


「はは、なるほどなるほど。流石は大賢者! 全く憎らしいほどの魔法ですね。しかし、だからこそ私は断言できる、やはりお前はこの世の理を破壊し、神の怒りを買うべき大罪人だと!」


 僕たちが回復したのを確認して、安堵していたマゼルだったけど、彼の背後にはまだあのマサツが控えている。


 そしてそのマサツが相変わらずの狂った持論で演説を始めた。そんなマサツをマゼルが振り返る。


「僕が理を破壊するだって?」

「そうだ! 貴様は大賢者などと呼ばれ思い上がっているが、考えたことはないのか? 貴様の扱う魔法の影響はこの世の理を乱す、その手に余る過ぎた力だと!」


 問い詰めるようにマサツが言葉を投げかける。まるで奴は裁判官気取りだ。


「……魔法でと言うなら正直一度も思ったことはないかな」

「なんと愚かな……お前たちは皆そうだ。本来であれば神にしか許されぬ魔法の力を小賢しい真似で盗み出し、さも当然のように使い続ける。神に対する背信行為を行っておきながら、にもかかわらず貴様らは神を求め、神に縋る! 何故気づかない神がお怒りであることに!」

「悪いけど僕は神が怒っている姿を見たことがない。だからそんなことを当然のように語られても理解できないよ」


 まるでさも自分が神に選ばれた存在であるかの如く、それを享受しているが如く、語っていたマサツだけど、流石大賢者マゼルは、そんな言葉には一切耳を貸さず動じることもない。


「神の御身を拝覧できない、その事こそが貴様が罪深きものであることの証明よ。大賢者などと煽てられ調子に乗り、神の奇跡をさも自らの功績のように振る舞い! 人々を欺き、謀った。それが結果的に神の怒りを買ったのだ! わかるか? 何故そこにいる者が生贄に選ばれたか! 貴様の愚かな行いが、神を憤慨させたのだ! 故に神の代弁者たる我々魔狩教団こそが、神に変わって貴様らを断罪し、その首を切り心臓を抉り! 神に捧げる供物とする! そう貴様の愚かな行いのせいでお前の周りの人間が皆死ぬ! 生贄として!」

「だったらなんで僕を直接狙わないんだ」

「かか、それでは貴様の苦しみもがく姿が照覧出来ぬではないか。神は望んでおられるのだ! 大賢者を名乗る愚か者の苦痛を! 藻掻きを! 後悔を!」

「そんなものが神だと言うなら僕は全力でその神を否定してあげるよ」


 まったくもって狂った思想だね。自分勝手な妄想に取りつかれているとしか思えない。だが、この教団は1つ間違いをおかした。マゼルを怒らせたことだ。


「ふん、やはり愚者か。だが、だが、だがだがしかし! 私にとって今日この日は僥倖!」


 しかし、このマサツはやはり不気味だね。理解できない。


「マサツ、お前は何故この状況で笑えるんだい? 仲間の信徒も全員やられ、大賢者マゼルも駆けつけてくれた。もう貴様に勝ち目なんてないだろうに」


 思わず僕はマサツにたずねていた。だが、ニタリと口元を歪め。


「そう、確かに今この場において我々はまるで追い詰められたかのよう! しかしだからこそ、最高の舞台が整ったのだ! おお神よ! ここまでお膳立て頂き感謝いたします! 神の声が今こそハッキリと聞こえる! 今信託がくだされた! 大賢者マゼルよ、よく考えてみるが良い。この状況で、貴様が私に敗れることになればその評判も地に落ちる! そして私は貴様を簡単には殺さぬ! 貴様を地に這い蹲らせその四肢を切り落とし、身動き1つ取れなくなった貴様の目の前で、そこの連中を1人ずつじっくりと時間を掛けて殺してくれよう! 手足をもぎ、あらゆる内臓を引きずり出し、心臓を抉り、首を切り落とし、貴様の目の前に雁首揃えて並べてあげよう! その時の貴様の絶望に満ちた顔を思うだけで、あぁああぁあ! 震える! 震える!」

「はぁ、全くさっきからベラベラと勝手に盛り上がってくれてるよね」


 狂気じみたマサツの言動に対して、マゼルは呆れたようにため息で返した。


「本当に身勝手なことばかり口にしてるけど、ようは簡単な話だよね」

「簡単な話、だと?」

「そうさ。お前は僕の大事な人達を傷つけた――だから僕は全力でお前をぶん殴る。ただそれだけの話さ」

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