第120話 魔力0の大賢者、殴る!

sideヘンリー


「私をぶん殴る? はははは、面白い出来るものならやってみるといいですよ!」


 マゼルが拳を握りしめ、マサツに殴ると宣言した。なんとも力強い声で、威風堂々とした様子を見せている。


 僕から見ても、すごく頼りがいを感じる。大賢者が誰かにやられる姿なんて全く想像ができない。

 

 でも、それでもやはり油断できない。何よりあいつは……だから、僕はマゼルに向けて注意を呼びかけた。


「マゼル! そのマサツという神官は、魔法を切ることが出来る! あらゆる魔法を切ることが出来ると、そう言っているんだ!」

「……魔法を切ることが出来る?」


 僕の言葉にマゼルが反応した。そう、これだけはしっかり伝えておかないと。


「そう、そのとおりです! 我ら魔狩教団の神官は、この力を神より授かっています! 愚かな魔法使いどもを駆逐するために神が与えた偉大な力! その1つを! だからこそ断言できる、お前が大賢者である限り、この私には勝てるわけがないと!」

「随分と自信があるんだね」

「当然当然当然! 我らはこの世界に蔓延る愚かな魔法使いを裁くことを神より義務付けられし組織なり! 故にそこにいる王子も、魔法剣を使うという女騎士も、我の前では手も足も出ず敗れ去った! 全く相手にもならなかったのですよ! お前も同じ! お前が魔法を扱う大賢者である限り、私には、そう魔狩教団には絶対に勝てぬ!」


 マサツは愉悦に満ちた表情で断言し、手に持った剣をマゼルに向けて突き出した。大賢者の称号を有しマゼルを前にしても全く怯む様子がない。


 一方マゼルにしても、特に動じている様子も感じられなかった。いや、いつにもまして自信に満ちているようなそんな空気を滲ませている。


「……ヘンリー、あの男について教えてくれてありがとう。でも大丈夫」

「え?」

「あいつには、僕は絶対に切れない」


 刹那――大賢者の右手がバチバチと迸り、眩いほどの電撃がその腕に纏われた。


「あれは、大賢者マゼルの魔法拳マギナブロウ!」

「ま、魔法剣だと?」

「いえ殿下、魔法剣ではなく魔法拳です。魔法の力を拳に集めて纏わせているのです」


 魔法拳――そんな物まで扱えるのかマゼルは。流石は大賢者というべきだね。しかも――


「はは、魔法拳に雷の組み合わせとはね――」

 

 魔法拳はある意味ではカレントの扱う魔法剣と近く、そして雷は僕の扱う雷鳴魔法そのもの、その組み合わせ……奴は言った、僕とカレントを相手にもならなかったと。


 それを聞いて、マゼルはきっと僕たちの仇を取るために――ふふっ、本当に君って奴は憎らしい真似をしてくれる……全く男の背中にこんなにも魅力を感じ、頼もしく思えたのは君が初めてだよ。


「なるほど、その拳で私を殴ろうと、そういうわけですか! ですが無駄なこと、そんなもの、この私の剣で斬り伏せて差し上げますよ!」

「それは絶対に無理だ。さっきも言ったよね? お前じゃ僕を切れない」


 そしてマゼルが一歩、また一歩とマサツに近づいていく。僕はもう余計な事は言わないよ。大賢者マゼル――君こそがこの世界で一番の魔法使いなのだから!






◇◆◇

sideマサツ

 

 まさかこんなにも早く最高の好機が訪れるとは思っていませんでした。元々この使命には大賢者マゼルの殺害は含まれておらず、その周りの関係者を殺し見せしめとすることで我ら魔狩教団の恐ろしさを世の中に知らしめることにあったからです。


 私としてはそんなまどろっこしいことなどせず、大賢者マゼルを真っ先に暗殺すべしという考えだったのですが、あの方がまだ時期尚早と仰られているというのであれば我々は従うほかありません。あの方の御言葉は絶対だからです。


 従わないことは死と同じ……ですが、それにも例外はあります。それは今回のように向こうからわざわざ我々の前に姿を見せた時。


 こういった状況であれば、逆に我々は魔法使い如き相手に尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。故に我々に仇なす敵として排除しなければならない。


 だからこそ僥倖! 私がここでこのマゼルという餓鬼を討ち取る事が出来れば、私の実績は大きく評価される。そうすれば私の地位も確実に上がる! 我々神官はあらゆる魔法を切れる魔切りと言う力を授かっておりますが、功績が認められればさらなる力をもあの方は授けて下さることだろう。


 そうなれば私の階位は4位の司祭に、いや、力次第では第3位の司教とて夢ではない!


 なんたる好機! 教団の連中はこのマゼルの力を未知数だと判断しているようですが、目にしてみればなんてことはない。大賢者などと煽てられ浮かてただけのただの餓鬼ではありませんか。この程度の存在、私にとって恐れるに足らず。


 しかもなんと愚かなことかこの私を前に右手に魔法を纏わせるなどという暴挙に出てまいりました。


 どうやら先に私の手で無様な姿を晒した甘ちゃん王子や騎士たちを見ての意趣返しのつもりのようですが……それこそが大賢者などと呼ばれ舞い上がっただけの精神的に未熟な餓鬼である証拠に他なりません。


 とは言え、先に見せた魔法は確かに中々のもの。いくら魔切りも使えない信徒とはいえ、対魔術師の為に日々体を鍛え続けている連中です。肉体で言えば王国の兵士や騎士と比べても遜色ないほどなのです。


 しかしあのマゼルは一瞬にして姫の側にいた信徒を倒してしまいました。しかも転移魔法によって姫や王子たちを一旦私の攻撃範囲から離れた場所に移動させ、妙な魔法で怪我や体力を回復してみせたのです。


 そのあたりは大賢者と呼ばれるだけのことはあると言ったところでしょう。ですが、私の前であまりに魔法を見せすぎましたね。私にはこのマゼルの戦い方が手にとるようにわかる。


 きっとマゼルは多くの魔法を同時に展開させる術を得意としているのでしょう。だからこそあのような小さな体でも信じられないほどの力を発揮できるのです。


 今も右手に雷を宿して近づいてきてますねぇ。奴らの話は聞こえてましたよ。大賢者マゼルの魔法拳マギナブロウでしたか? 全く随分と大仰な名称ですねぇ。


 そして彼はこういいましたねぇ。全力で私を殴ると。はは、面白い。ですがわかってますよ、一歩一歩近づいてきてますが、きっとどこかで転移魔法でも行使し、死角から狙って来るのでしょう。


 ですがそれは甘い考えですねぇ。私たちのような神官クラスは周囲に魔力の変化があれば察せます。転移魔法は出てきた直後に確実に隙が出来ます。そこを狙えば確実にその首を切り落とせます。


 はは、この時点で餓鬼の浅知恵だと断言できますね。底の浅い子どもでしかないってことです。


 さて、私はその一挙手一投足を見逃さないよう注視し続けますが……おかしいですね。この餓鬼、どういうつもりか知りませんが全く転移する素振りもなく、しっかりとした足取りで一直線に私の前まで向かってきています。


 その距離はあと僅か5歩程度と言った位置まで近づいてます。にもかかわらず全く歩みを止めようとしない。転移魔法も使用しない。


 はは、読めましたよ! さてはこの餓鬼、自分に掛けた強化魔法を信じ切ってますね。もしくは魔法の障壁でも掛けましたか?


 ですがそんなものは無意味で無駄で無価値な行為! 私の魔切りは剣が触れた時点で発動し相手の魔法を消し去る! 例え障壁を展開させていようが私の振った刃に触れた瞬間に消滅し、肉体を強化していようが魔切りの前では意味をなさず、腕に纏われた雷とて消し去るのです!


「そう! だからお前は私に勝てない! 調子に乗りすぎましたね、貴様はこのマサツの剣の前に成すすべもなくやられるのだ!」


 本当に何も考えず、一直線にやってきて私の間合いに入ってきましたよ! 愚かな大賢者よ、今こそ我ら魔狩教団の前にその命を差し出すのです!


「無駄だよ、僕にはお前の剣は届かない」

「はは、大した自信だ、いいでしょう、ならば先ずその魔法を纏った右腕からたたっ切ってくれましょう!」


 私の剣が今まさに大賢者の右腕目掛けて振り下ろされました。これで、その雷の纏った腕を貰いましたよ!


――パキィイイイン!


「……はい?」


 は? え? え? な、なんですかこれは! な、何故私の剣が、お、折れている! 馬鹿な! ありえない! 私は確かに魔切りでこの餓鬼の腕を狙ったというのに! 


 ま、まさか剣が疲弊していたのですか? そうだだから、くそ! 私としたことが、ですが!


「私にはもう1本ある! ならばこれでその首を切り落としてくれましょう!」


 そう1本が折れても問題はないのです。左手に握られた剣を大賢者の喉目掛けて振り抜きました、これで、これで……。


――パラパラパラ……。


「け、剣が粉々にだとーーーー!」

「ほら、切れない」


 馬鹿な! ありえない! 折れただけならまだしも何故大賢者の喉を切った筈の剣が、粉々に砕け散るというのだ! ありえない、私は魔切りを確かに発動しているのに、そんなそんな!


「さぁ、約束通り、今から――僕はお前を殴る!」

「ま、待て! ちょっ!」

 

 何故だ何故だ何故だ何故だ! 私の力は完璧、対魔法に特化した力、それが魔切り! なのに魔法が切れないというのか、大賢者の力はそこまでに強大だというのか!


 雷を纏った腕が引かれました、そのまま私を宣言通り殴る気なのですね、ありえない、こんな、こんな離れていてもビリビリと伝わる一撃を喰らったら、一体どうなるというのか――


「ハァアァアアァアアア!」

「グボオオオオオォオオオォオオオッ!?」


 私の腹に何か強烈な衝撃が突き抜けていく、刹那、全身を襲う痛みと痺れ、まさに雷に打たれたような、しかも何十何百何千何万という雷に同時に打たれたかのような衝撃が全身を駆け巡る、血液が沸騰し内臓が飛び出さんばかり、この世の全ての痛みに襲われたような苦痛!


「ぐぺぺぺぺぺぺぺぺぺ、ひぃィイィイぎィあぁあァアァ○%&#απ※※§!」

 

 胃の中のものが全て口から飛び出て、私の視界からマゼルが高速で飛び去っていきます。


 違う、そうではない、マゼルがではなく、私が吹っ飛んでいるのです、そして続く背中への衝撃、メリメリと全身が何かにめり込んでいき骨という骨が軋む音を上げ、バラバラに砕けていくような感覚、私の視界が暗転する、意識が遠ざかる、頭が真っ白になっていく最中でようやく理解しました――大賢者の魔法は未知数、その意味を、未知数どころではありません、あいつは子どもの皮を被った化け、もの……。

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