第103話 魔力0の大賢者、に近づくもの

 就任式と叙勲式が終わった後は、そのまま賜宴を受けることとなった。


 それはいいのだけど、何か色々話しかけられることが多くて、対応で疲れてしまったよ。


 しかもなぜか、大体娘も一緒に紹介されるんだよね。同じ年ぐらいの女の子だけじゃなく10歳以上離れたお嬢様も紹介されて、どうですか? と聞かれても……こういうときあまり気の利いたことが言えないのが僕の残念なところかも知れない。


 それでも出来るだけ相手が不機嫌にならないよう対応してみたけどそのおかげで精神的にも結構疲れちゃった。


 そんな僕を気遣ってか妹のラーサが声を掛けてきて。


「お兄様、喉が渇いておりませんか?」

「うん、少し渇いたかも」

「それならジュースでも取ってまいります」

「あ、でもいいよ僕が……」

「いいのです。お兄様は本日の主役なのですし」


 そう言ってラーサが飲み物を取りに行ってくれた。はぁ、我が妹ながら優しいな。


 僕が一息ついていると、今度はアイラがやってきて、心配そうに覗き込んできた。顔が結構近かったから少し驚いたよ。


「……マゼル、お腹は?」

「え? あ、うん、どうかな? 何か色々あって頭が回りきらなくて」

「……それならなおさら何か口にしたほうがいい。取ってくる」

「あ、ありがとうアイラ!」


 何かアイラにまで気を遣わせたみたい。でも2人とも僕が勲章を貰ったことを自分のように喜んでくれていたな。


 ちなみにアネはお酒を呑んで随分とごきげんだ。それにしても、アネが着ているドレスは胸のあたりが大きく開いていてすごく目に毒だよ。


 そのせいもあってか、結構いろいろな男性に声を掛けられてるみたいだ。


「全く、こっちはお酒を楽しみたいだけだってのに貴族ってのはしつこくて嫌になるよ」

「はは、大変だったね」


 アネがやってきて愚痴るように言った。本人はあまり喜んではいなかったんだね。


「御主人様も良かったらお酒を呑むかい?」

「いやいや! 僕はまだ子どもだから!」

「そんなの関係あるのかい? あたしはどっちかというと主様とお酒を酌み交わしたいんだけどねぇ」


 ま、まぁ前世を入れるなら十分な年ではあるんだけど、今だけだとそうはいかないからね!


「成長したら一緒に呑もうよ」

「う~ん、まぁ仕方ないね。あと数年ぐらいすぐだし」


 アネからしてみれば年単位のこともあっというまといったところなんだろうね。彼女は本来魔獣だし人とは寿命も大きく異なるから。


「あ、いいお酒みっけ! ごめんね主、ちょっと失礼するよ」

「うん、僕のことは気にせず楽しんでよ」


 そしてアネが新しいお酒を求めて立ち去った。


 ふぅ、それにしてもやっぱりこういう場は結構つかれるね。それにやっぱり陛下の前に立たされるのも緊張するよ。


 それにしても、お父様には、私の誇りだ! なんて涙されたし。僕としては大賢者勲章は荷が重すぎな気もしないでもないけど。

  

 その父様も今は色々と挨拶回りをしている。僕も暫くはそれに同行してさっきみたいに話しかけられることになったのだけど、父様が僕に気を遣ったのか、そこからは父様が1人でみんなの気を引いてくれている。


 ……その内容が主に僕についてで、英雄譚みたいに語っているのは少々気になるところではあるけどとにかく一息つけそうではある。


「マゼル!」


 すると、快活な声が僕の耳に届き、振り返ると思いがけない相手が駆け寄ってきた。


「ロンダルキア殿下」

「えへへ、やっと話せる」

「ちゅ~」

 

 ファンファンもしっかり肩の上に乗っていた。アリエルの姿は叙勲式の時にも確認できたけど、わざわざ来てくれるとは思わなかった。


「申し訳ありません、本来ならこちらからご挨拶に……」

「ありえないわ!」

「え?」

「そんな堅苦しいの嫌! ありえない!」

「ちゅ~」

「あはは――」


 ビシッと指を突きつけてアリエルが不機嫌そうに言ってきた。弱ったな。ここは他の人の目もあるしあまり砕けて話すと悪目立ちしそうだし。


「申し訳ありません殿下。ですが殿下のお立場もありますので」

「――むぅ~もっと気軽にお話ししたいのに、だからこういう場所は嫌いなのよ。ありえないわ!」

「ちゅ?」


 むぅ~と口をへの字にするアリエル。そんな姿を見上げつつファンファンが小首を傾げた。

 ファンファンからすれば周囲に誰がいても、どうして気にするの? といったところなのかもね。


「おや? これは王女殿下ではありませんか」


 ふと、アリエルの後ろから声がした。視線を這わすと、ズンズンっと大柄な男が近づいてきた。豪奢でゆったりとした衣装にマントといった出で立ち。


 髪は茶色で正面から見るとM字のようになっている。ギラギラした瞳で口髭と顎髭を生やしていた。


 それにしてもなんだろう? どこか既視感がある相手なような……。


「キシャーーーー!」

「……おやおやこれはまた――」


 すると、アリエルの肩に乗っているファンファンが牙をむき出しにして威嚇するように鳴いた。僕の時と違って敵意をすごく感じる。


 そして、アリエルも困った顔で口を噤んてしまった。そういえば僕とは打ち解けたけど、最初は柱の陰に隠れていたりしていたから人見知りするタイプではあったのかもしれない。


 ただ、この男はアリエルを知ってそうではあったけど――そんなことを思っていると、男はアリエルの肩にのったファンファンを見下ろしながら口を開いた。


「ふむ、失礼を承知で申し上げますが陛下の開かれる宴の席でそのような鼠などの畜生を連れてくるのは如何かと思われますぞ。衛生面でも心配ですし品位を疑われますかと」


 ……何か突然そんなことを言ってきた。相手は王国の姫なのに遠慮もなく随分と不躾な言い方だ。そして当然だけど、ファンファンの敵意も強くなっている。


「……と、友だちだ、もん。ファンファンは――」

「友だち? そんな鼠がですか? いけませんなぁ姫様ともあろう方が、鼠が友だちなど――」

「ファンファンは賢い白綿ネズミです。それに姫様が大事にしている友だちでもあります。衛生面といわれますが、ちゃんと見れば毛並みも綺麗で汚れの一つもないことぐらいわかるのでは?」


 あまりに身勝手な言いぶりについ口を挟んでしまった。男の視線が僕に移動する。見下ろしてきたその目には、どこか淀んだ光が見えた気がした。


「それと、貴方はファンファンのような動物を連れてきてはいけないと言ったけど、それならあそこにいるご婦人にも文句を言われるのですか?」

「何?」


 僕が指差した方を男が見た。そこにはふさふさの毛並みが特徴の猫を抱きながら会話をする貴婦人の姿があった。


 猫は愛玩動物として人気がある。中にはかなり高級な猫もいて、そういった猫を貴族が宴の席に連れてくることはそう珍しくもない。

 

 それを思えばアリエルがファンファンを連れてきているのはおかしな話ではないのだ。


「……ははは! なるほどなるほど。これは一本取られましたな。確かに猫は良くて鼠が駄目というのもおかしな話か」


 僕の意見を聞いて笑い声を上げる。だけど、目は笑っていない。


「いやはや、流石は大賢者の称号を正式に賜った方だ。なかなか機転がきくようだ。流石は大賢者」

「……どうもありがとうございます」

 

 一応は褒めてくれているようだからお礼を述べる。ただ、この男の言葉を素直に捉えられない自分がいた。


「しかし、流石大賢者だ。いやはや、もはや王女に粉をかけるとは何とも手が早い」


 それは、全くいい意味ではないね。やっぱり話していて気分のいい相手じゃない。アリエルはこの男が苦手みたいであまり喋らなくなってしまったし、ここから一度退散しておこうか。


「殿下、先程の件もありますのでこちらへ」

「え? あ、はい!」

「まぁ待ち給え。折角こうして会えたのだ。もう少し付き合ってはくれないか? しっかりお礼も言っておきたかったしな」


 アリエルを連れて離れようと思ったけど、この男しつこいな。でも、何だろう? 僕に言ってきてるようだけど、お礼を言われるような覚えはない。何よりこの男と会うのは初めてだ。


「貴方とは初めてお会いしたと思うのですが……」

「はっは、確かに私とはそうだな。だが、弟が世話になったのでな」

「弟?」


 兄弟がいるのか……そういえば確かにこの男には何か既視感を覚えたけど――


「そういえば自己紹介がまだであったな。私はリカルド・ワグナー。大賢者のおかげで幽閉される身となったマイル・ワグナーの兄だ」

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