第44話 魔力0の大賢者、米作りに試行錯誤

sideミラノ姫

 大賢者マゼルと別れ、明朝ヒーゲ男爵の屋敷を出た。あのヒゲ男ズの者たちは昨日の事が随分と自信につながったようだな。


 それが慢心につながっては元も子もないが、見ている限り、これであればマゼルが敢えてヒゲ男ズの功績にした甲斐もあったというものだろう。


 マゼルの思惑はギルドでマスターと話していた時に判った。あやつはこれから先、私達がまた狙われるようなことがないよう考えてくれたのだ。


 確かにそう考えてみれば、もしあの場で暗殺者を返り討ちにしたのがマゼルだと知れれば、マゼルがいないこの瞬間も狙われる可能性がある。トンネルは安全性が高いようだが、トンネルから抜ける瞬間はやはり出てくる。


 だが、それが今護衛についているヒゲ男ズの功績となればもう迂闊には手を出してこれないだろう。


 本当ならマゼルが国までついてきてくれるのが一番なのだが、流石にそこまで甘えてもいられない。何より米の件もある。


 しかし、米か……マゼルに命を救ってもらった後、私はマゼルを呼び私にできることなら何でも叶えてやると告げた。


 正直マゼルは大賢者とはいえまだ子どもだ。そこまで無茶な要求、いやなんでもするとは言ったが、た、例えば私の、そういうものを、などは流石に求めてはこないだろうという意味だが。


 そして案の定、そういった要求は全くなかった。当たり前だがな。別にがっかりなどしておらんぞ!


 とにかく、そこでマゼルの口から出てきたのが、件の米のことであった。

 正直言えば、その時私は少しだけ大賢者マゼルという存在の評価を落としてしまっていた。


 あぁ、そう来たかと。つまり私はマゼルが審査の件で自分たちに有利になるようにして欲しいと頼んできたとそう思ったのだ。


 だが、その後のマゼルの言葉に、私は自分がどれだけ底が浅く、人を見る目のない人間であるのか思い知らされた気分になった。


 あやつは不正など一切望まなかった。それどころか米が好きになった私に正当な審査を求めてきたのだ。その結果、例えワグナー家に負けるような事があっても、我が国に良い米が届くなら構わないという言葉まで添えてな。


 全く格の違いを思い知らされた。そしてこうまで言われては今度の審査は私が出なければ仕方ないとさえ思った。マゼルも、その時には今よりずっと旨い米を用意してくれると約束してくれたしな。


 しかし、やはり気になるのはなぜ私が狙われたのか、か。とは言え、全く推測ができないわけではない。しかし確証は無く、私自身そうであってほしくないという気持ちが強い。


 あの2人は反りが合わず、考え方も全く異なる。故に衝突している。しかし私にはとても良くしてくれている。


 勿論それが表向きだけという可能性もあるが……出来ればそうではないと、信じたいものだ。






◇◆◇

side???


 ガーランドから書状が届いた。中身に目を通してみたが、王国一の武将を名乗っておきながら、書かれていることは小物のそれとしか思えない。


 しかし、勝手に暗殺者を手配されては困る、か。もう奴の耳に届くとはな。だがさんざんお膳立てしてやったのに結果が出せない方が悪いだろう。


 尤も時期尚早という意味では確かにそのとおりだ。そもそも私とて、今回の件が上手く行くとは思っていなかった。


 ならばなぜこのような真似をしたか……それはあの国に生まれたという大賢者の存在があったからに他ならない。


 数々の伝説を残し、今でも語り草となっている魔力0の大賢者。その再来とさえ称され、かつての大賢者と同じマゼルの名を与えられた少年。


 その手腕は9歳にして遺憾なく発揮されているらしく、伝説級の魔法をなんなく使いこなし、領地の危機を幾度も救ってみせた。その中にはあの山賊や盗賊の件も含まれる。ついでに言えば虫についても。


 だからこそ、今回暗殺ギルドを通して暗殺者を仕向けた。それで大賢者の実力とやらを推し量ろうと思ったのだが、やはり底知れない力を持っているようだな。

 

 しかも頭も切れるようであり、暗殺者を倒したことをあくまで別な冒険者がやったこととみせ、暗殺者側が手を出しにくい状況に持ち込んだ。


 尤も、それが嘘であり本当は大賢者がやったことであるぐらい、話を聞いてすぐに察したがな。


 しかし、考えれば考える程危険な男だ。今後の為にも出来るだけ早急に対処する必要があるだろう。


 あの大賢者は米の勝負をすることになっているようだ。ならば前と同じ様にあの一族が動くよう依頼を流すとするか。以前は失敗しているが、今回は更に危険なものを向かわせるようにな――






◇◆◇

sideマゼル


 姫様とのことがあってから早いもので一月が過ぎた。あれからヒゲ男ズはちょいちょい顔を出してきているけど、その時に姫様無事公国に戻られた事も知った。


 それから僕も色々あったけど、今は何より良い米を作るのが再優先事項。だからこの一ヶ月はさらなる品質アップの為、新しい灌漑用水の確保など色々試してみた。


「兄貴! いやぁ畑仕事なんて久しぶりだけど、やってみると面白いですね!」


 そして僕の前では鍬をもって畑を耕しているムスタッシュの姿。腰も入ってるしよく似合ってる。

 

「いやぁ、でも嬉しいなぁ。俺の耕したここで作った米が、今度の勝負で役立つんだな!」

「いや、これは新しいものだから次の勝負用ではないよ」

「え! そうだたんですか!」

「うん、でも大事なことだから手伝ってくれるのは嬉しいかな」

「おお! ならがんばるぜ!」


 ペースが上がった。有言実行だね。


「でも、畑仕事を手伝ってもらえるのは嬉しいけど、冒険者の仕事はいいの?」

「いやぁ~ダンジョンが出来てからはずっと潜りっぱなしで、おかげで随分と稼げましたが、パーティーの皆も疲れが出てきたんで休みにしたんでさぁ!」


 なるほどね。確かに冒険者なら体調管理は大事だよね。


「ところで兄貴、実際米の調子はどうですかい?」

「う~ん……」

「何か問題が? もしかして不作とか!」

「この段階で不作なんてわからないけど、品質がね」

「悪くなったんですかい?」

「いや、多分前よりは良くなると見込んではいるんだけど……」

「おお! なら勝ったも同然ですね!」

「でも……それだといまいち足りない気がするんだ。僕は姫様に前に食べてもらった米よりもずっと美味しい米を用意すると約束したからね。だけど今のままだと少しはよくなるだろうけど劇的と言えるまでじゃない」

「なるほど、難しいものなんなんだなぁ」


 ムスタッシュの言うように、よりよい品質の米を作るのはそう簡単な事ではない。色々試してはいるんだけどね。


「そうだ! ならいっそのこと兄貴の魔法で改良しちゃうのはどうですかい? 大賢者の魔法なら余裕では?」

「はは……」


 乾いた笑いしか出てこないよ。僕はそもそも魔力が0で魔法なんて使えないんだから。

 それに、そもそも魔法に頼ることは楽かもしれないけどお薦めはできない。


「もしかして難しいんですかい?」

「難しいというか、そもそも魔法で強制的に畑や作物を弄るやり方は感心しない」

「え? それはまたなぜ?」

「う~ん、例えば魔法を農業に利用する場合、先ず最初に思いつくのが魔法で直接畑や作物を改良するやりかただ」

「おお! 便利そうじゃないですか!」

「うん、確かに一見すると便利だ。でもこのやり方には一つ大きな問題点がある」

「問題点?」

「うん、それはそのやり方に頼ってしまうと常に畑に魔術士がついていないといけなくなるってこと。魔法で直接畑や作物を弄ることになればそうなるよね?」

「あぁ、確かに。でもそれなら兄貴、魔法でこの土自体をいい作物が育つよう変えるってのはどうですかい?」

「目の付け所は悪くないね。魔法による土壌改良も手としては考えられる」

「へっへ、俺もなかなかのもんでしょう?」

「だけど、それじゃあ駄目なんだ」

「え!? なんでまた!」


 ムスタッシュが大げさに驚いてみせた。うん、確かにこの方法はかなり良くも思えるんだけど。


「結局ね、極度に魔法に頼ると畑に無理が出てしまうんだ。魔法で土壌改良するというのは無理やり魔法で必要以上に肉体を強化するのに似ている」

「え? でも兄貴は肉体強化はものすごいけど、特になんともなさそうですよね?」

「あ~……これは一般的な話ね」

「一般的……なるほど! つまり俺みたいに普通な人間へ兄貴が使うレベルの強化魔法を施したらどうなるかってことですね!」

「う、うん、そうそう」


 一応合わせたけど、僕のはそもそも魔法じゃないから。


「う~ん、確かに俺があのレベルの魔法で強化されても、体がぶっ壊れるかも知れませんね」

「そういうこと。魔法での土壌改良は、畑にある魔力を活かして土の成分を無理やり変えてしまうんだ。でもそれが結果的に畑を疲弊させてしまう。それに魔法で無理やりやるやり方は必要以上の魔力を作物に与えかねない。作物も土の魔力を用いて成長するけど、適量というのがあるからね。無理させればいいってものじゃないんだ」


 実際、魔法による土壌改良は米の発祥の地である島国でも一時積極的に取り組んでいたらしい。その結果、米の収穫量が数倍にまで上がったりもした。でも、それはあくまで一時的なもので、魔法に頼ってしまった畑はすぐに枯れてしまい、元の状態にもどすまで10年以上の年月を費やしたという。


 それに、そのやり方で育った米はどうしても味が落ちてしまったとも言う。魔力の供給過多のせいだろうね。結局収穫量が伸びても不味い上に畑を駄目にしては仕方ないということでそのやり方は間もなく廃止されたらしい。


「よくわかりやした。結局ズルは駄目ってことですね!」

「う~ん、まぁ簡単に言えばそうかな」

「なるほど……でも、そうなるとどうするんですかい?」

「そうだね。やっぱり肥料をもっと色々試して見ようかなとは思っているんだけど」

「なら! 俺が手伝いますよ! うまいもの一杯食べて! 俺の!」

「いや、ごめんそれは好意だけ受け取っておくよ」

 

 確かにそれを肥料にするやり方もあるにはあるんだけどね……。


「お兄様、お弁当を持ってきました。一休みいかがですか?」

「ありがとうラーサ。そうだね、じゃあムスタッシュも少しやすもうか」

「へい兄貴!」


 そして僕たちはラーサお手製のお弁当を食べた。中身はおにぎりだった。卵焼きが入っていたり工夫が見られて美味しい。


「いやぁラーサちゃんの作るお弁当は美味しいや。嫁にもらいたいぐらいだ」

「お断りします」

「早いな!」

「ムスタッシュ、あとでちょっと話が」

「笑顔が怖いです兄貴! 冗談です冗談ですって!」


 当たり前だ。少しは年の差とか色々なことを考えてから発言して欲しい。


 そんなことを話していると、ふと僕たちの前に見知った人物が姿を見せたんだ。


「……大賢者マゼル、久しぶり」

「え? あ、あれ! アイラ!」

「え? どうしてアイラさんがここに?」

「……てへっ、来ちゃった」

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