第45話 魔力0の大賢者、魔物を求める

「驚いた~アイラはいつここに?」

「……さっきマゼルの家に行ったら、マダナイ様がここにいるって」

 

 うん、確かに父様には伝えておいたね。


「……大賢者トンネルのおかげで、移動が楽になった。安全だし、これなら遊びに行っても構わないってパパが言ってくれた」


 あぁ~なるほど。トンネルが出来たことでナムライ領とも行き来しやすくなったから前よりは気軽に来れるようになったんだね。


「……大賢者マゼルとの距離が近くなって嬉しい」

「近くなったとは、え~と、どういう意味でしょうか?」

「……ふふん」

「むぅうう……」

 

 近くなったと言えば距離しかないと思うんだけどね。でもラーサは一人唸って難しい顔をしていたよ。あれ? 何か前もこんなやり取りあったような?


 でもアイラがおにぎりを一つ食べて美味しいと言ったらラーサがまた笑顔に戻って2人でおしゃべりを始めたけどね。


 なんだかんだで2人は仲がいいよね~。


「へへ、兄貴もすみにおけませんね」


 すると、ムスタッシュが僕の肩を肘で突っつきながら口ひげを揺らすように笑ってきた。何か勘違いしてるみたいだけどね。


「……大賢者マゼル、お米作りは順調?」

「僕のことはもうマゼルでいいよ。折角友達になれたのに堅苦しく感じるし」

「……判った、ま、マゼル」


 ん? 何故かアイラの頬が赤い気がするな。今日は大分暖かいからかな?

 そして何故かムスタッシュは、このこのこの! とかいいながらさっきより激しく肘でつついてきたよ。


「お米作りに関しては大賢者のお兄様ですから、大成功を収めると私は信じてます!」

「うん、ありがとうラーサ。ただ、まだまだ完璧には程遠いのが現状かな」


 基本的には米が出来てからじゃないと完全な判断は出来ないけど、対決は米にしてすぐだからね。だから今の畑の状態、それに稲の発育具合で判断するけど、ムスタッシュに話したとおり良くはなってると思うけど大きな変化はみられないって判断だ。


「アイラの方はどう? 何か変わりある?」

「……私は特に、ただ、領地でゴールデンスカラベが出たってちょっと騒ぎになってる」

「へぇ~いいことじゃないか! ゴールデンスカラベといえば採取できる素材がいい値でうれるんですぜ!」

「……でも臭い」

  

 ゴールデンスカラベは外皮が黄金色で知られる魔物だ。今の僕と同じぐらいの体格で、黄金色の外皮は鎧のように硬くて下手な武器ではダメージを通さない。非常にすばしっこい魔物でもある。


 ゴールデンスカラベは基本穏やかな魔物だ。戦闘を好まず、敵意あるものを見るとすごい速さで逃げてしまう。


 ただ、ゴールデンスカラベにはちょっと変わった特徴があって、それが結果的に周囲に悪臭を放つことになるため、冒険者ギルドに駆除依頼が殺到するわけだ。


 う~ん、それにしてもゴールデンスカラベか……ゴールデン、スカラベ?


「あ、あぁあああ! そうだ! そうだよ!」

「わ! え? どうしましたかお兄様?」

「うん、あったんだよ! 米に役立つヒントが!」

「……ヒント?」

 

 アイラが小首を傾げたけど、こうなったら急がないといけないかもしれない。


「アイラ、一つ質問だけど、ゴールデンスカラベは何体ぐらい出てきてるの?」

「……確か4、5体ぐらい。でも、それがどうかした?」

「4、5体か……ギルドに依頼が出てるんだったら、急がないといけないな」

「え? それじゃあもしかして兄貴!」

「うん! きたばっかりでごめんアイラ。僕、今からナムライ領にお邪魔していいかな? どうしてもそのゴールデンスカラベを見つけたいんだ!」

「え! ゴールデンスカラベをですかお兄様?」

「そう。いいかな?」

「……構わない。私はマゼルさえ一緒にいてくれるなら……」

「む、むむむ! な、なら私も行きます! ナムライ領まで!」

「勿論俺も連れて行ってくれますよね兄貴!」

「え? でも本当にゴールデンスカラベが目的なだけだよ? それが終わったらすぐ戻ることになると思うけど……」

「いやだな兄貴、だからに決まってるじゃないですかい!」

「私はお兄様と一緒にいきたいんです!」

 

 う~ん、そこまで言うならまぁ、別に止める理由もないしね。


 なので僕は先ず屋敷に戻り、父様にナムライ領に行くことを告げた。


「なるほど、また何か伝説を残しに行くのだな!」

「そんな大げさなものじゃないよ~」

「謙遜しなくていいぞ。あぁそうだ最近領内でも話題沸騰中のこのお菓子を持っていくといい」


 手土産を渡された。これは米を利用して作られたお菓子の【ラッキーターン】だ。砂糖と塩と領内で群生している花の蜜を組み合わせて加工し粉状にした物がまぶしてあるんだけど、この風味が最高と評判になっている。


「……甘じょっぱくて美味しい」

「私もこれが大好きなんです」

「うめぇぜ兄貴! これは粉だけでもご飯が3杯はいけますね!」


 まぁ元は米だしね。その気持ちも判るよ。とにかく手土産を持って移動することになったけど今回は急いでるから、いくらトンネルがあるといってもそうのんびりもしていられない。


 だから馬なしの車体だけにしたものに皆を乗せた。


「お兄様、馬無しでどうされるおつもりで?」

「まさか兄貴が引っ張るとか!」

「……大賢者がそんなことするわけないし、それならお前が引くといい」


 うぇええ!? とムスタッシュが驚いているけど実は間違っていない。


 僕は皆にドアを閉めたまま、少しだけ待っててと前置きした上で。


「おりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ~~~~~~~~!」

 

 馬車を引っ張って移動を開始した。僕は足と体力には自信があるからね。そういえば昔師匠が、今の僕はサラマンダーより1億倍速いとか言っていたかな。正直サラマンダーで例えられてもよくわからないけどね。


 ちなみにサラマンダーは火の精霊の方と、ドラゴンの方がいる。まぁ精霊の名前が被る魔物とか魔獣とか竜は別に珍しくないけどね。

 

 例えば他にもシルフバードやウィンディースネーク、ノームモールなんていうのもいる。


 それはそれとして、おかげであっさりとナムライ領までつくことが出来た。馬車のドアを開けてあげて、みんなを降ろしたんだけど。


「……凄い、流石大賢者だけある。転移魔法も思いのまま」

「お兄様にかかればこの程度の魔法、造作も無いことですね」

「すげーぜ兄貴! そこが痺れる憧れる!」


 全然転移魔法じゃないけどね。僕がただ駆け足で引いただけで思いっきり物理だよ。そもそも転移魔法ならこんな面倒な真似をしなくても瞬きしている間に目的地へつけるだろうしね。


 そして僕たちは先ず城に向かい、アイラの父君と母君に挨拶した。


「あはは、ご挨拶と言うからてっきり婚約を決めたのかと思ったよ」

「ははは、ライス様はご冗談が上手いですね」

「いやいやそんな僕に気を使わなくてもいいんだよ? 2人の気持ちが一番だからねぇ」


 あれ? 何か微妙に話が噛み合ってないような気がするぞ?


「もう貴方ったら。ほらまだ2人は若いのですし。それにしてもこのラッキーターンは美味しいですね」

「癖になる味です」


 メイド長のメイサが紅茶を用意し、ラッキーターンも準備してくれたけど、一緒になって賞味して喜んでくれた。ライス様に話しかけたのは奥さんのシースで親子だけあってアイラによく似ていて美人だね。


 とは言え、目的がある以上のんびりもしていられない。僕たちは辞去し、目的のゴールデンスカラベの出るという森に向かう。


 ゴールデンスカラベは見つけることは実はそれほど難しくもない。だって――


「お兄様! す、凄い匂いが漂ってきます!」

「く、くせぇ! 10日ぐらいダンジョンに潜りっぱなしで風呂に入れなかった俺らの100倍はクセェ!」

「……ちょっと離れて」

「いや出た後は風呂入ったし!」


 アイラと、あとラーサもムスタッシュから距離を置いた。わからなくもないけど冒険者にはよくあることなんだよね。

 それはそれとして、確かに凄い悪臭だ。これなら村から苦情が出るのもわかる。


「でも、おかげで場所はわかるよね。さぁ行こう!」

「この匂いの方へいくのですね……」

「……くちゃい、鼻が曲がりそう」

「くぅ~だけどこれもいい素材のためだぜ!」


 ……今更だけどムスタッシュは何か勘違いしている気がする。素材目的じゃないんだけどね。


 まぁ、いっか。とにかく、僕たちは匂いをたどり、そして遂に見つけた。


「いた! ゴールデンスカラベ!」

「……すごいゴロゴロしてる」

「あの球体が悪臭の原因なんですね」

「全く、見事な糞玉だぜ!」


 うん、そう。ゴールデンスカラベの変わった性質、それは様々な生物の排泄物を集め固め丸めて転がすこと。しかも体が大きいから出来上がった玉はちょっとした岩ぐらい大きい。だからこそ、僕にとってすごく重要なんだ。


「さぁ、皆準備はいい?」

「やっつけるんですね! 勿論俺はバッチリでさぁ!」

「違う。ゴールデンスカラベはやっつけるのが目的じゃないんだ」

「へ? ち、違うんですかい! なら、一体何を?」

「決まってるよね? 捕まえるんだ!」

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