第14話 魔力0の大賢者、貴族の3男に呆れ果てる

「お前らこの俺様、ラクナ・ワグナー様を無視してイチャイチャしてんじゃねぇぞ!」


 あいつ、ラクナとかいう俺様小僧が地団駄踏みながら文句をつけてきた。

 イチャイチャって別にそんなことはないと思うんだけどなぁ~? ラーサに関しては妹だし。


「ふぅ、ふぅ、ん?」


 鼻息を荒くさせるラクナの姿にラーサとアイラが若干引いていた。するとラクナの目がアイラに向きそこで止まった。何か嫌な予感がする。


「へ、へぇ~なんだよそっちの子も可愛いじゃん。なんだ、そうかそうか。お前らふたりともこのラクナ様に飼われたいんだな! よしいいぞお前らはふたりとも俺様の側室候補だ! かわいがってやるからこっちにこい!」

「……キモっ」

「な!?」

「――プッ」

「お、お兄様笑ったら失礼ですよ」


 そういいながらラーサも笑っている。あいつに対する鬱憤も溜まってそうだから正直言えば溜飲が下がる思いだったのかも。


「お、お前ちょっと可愛いからって生意気だぞ! この俺様が誰だか判っているのか! 由緒正しきワグナー伯爵家の3男だぞ! お父様に頼めばお前なんて不敬で奴隷堕ちにだって出来るんだ!」


 いや、もう奴隷制度なんてとっくに廃止されてるのに何言ってるんだこいつは? 

 それにしても本当偉そうだな~昔は3男ぐらいだとそこまで親の威光を振りかざせないものだったけど、今は違うのか? そもそも自分の領地でもないのによくそこまで偉そうに出来るな。もしかしたら相手が自分より偉い家柄の人間かもしれないとか考えないんだろうか?


「ラーサ様お待たせいたしました。おや? これはこれはアイラ様。こちらにおいででしたか」

「……うん、読書してた」

「流石お嬢様勉強熱心ですね」

「……ん、そんなことはない。この程度では大賢者マゼル様の足元にも及ばない」

 

 いや、そんなことはないと思うけど。ただ、何かメイドさんの様子が気になるな。お嬢様? そういったよな。あれ? ということは?


「へぇ、これは驚いた。流石いい女は下女もいいのを揃えてるな。安心しろ俺様は年上でもいける。喜べお前も俺様が飼ってやる!」


 おいおい……。


「――アイラ様、この方は?」

「……ん、ただの阿呆だ」

「な、お前! いい加減にしろよ! 俺様が下手にでてやってればいい気になりやがって! お前もそこの下女もワグナー家3男ラクナ・ワグナーがちょっと父様に言えばお前ら全員路頭に迷わすことだって出来るんだぞ!」

「……なるほど。貴方がワグナー家の」

「うん? なんだ貴様は下女の癖に俺様のことを知ってるのか? ふふ、まぁ当然だな。俺様の家は今は飛ぶ鳥を落とす勢いだ! 知らないわけがない!」

「それは勿論。ナムライ家のメイドとしては来られるお客様について知っておく必要がありますからね」

「うん? なるほどナムライ家の下女か? そうかそうか。よし普段ならお前のような下女、頭の端にも気にかけないがその顔と素直さに免じて今回だけは特別におぼえておいてやろう。ナムライ家の下女だな……うん? な、ナムライ家?」


 ラクナの目が点になった。そして動きが止まる。するとメイドの彼女が一歩前に出て一揖し。


「はいそのとおりでございます。そしてこちらにおわすのが当家のご息女であるアイラ・ナムライでございます」

「な、なにぃいいぃいい!」


 ラクナが飛び上がらんばかりに驚いた。


「……ちなみ、メイサはうちのメイド長」

「は? はぁああぁああぁあ!?」


 今度はラクナが絶叫するように驚いた。もう思いっきり仰け反りながら目玉が飛び出んばかりの驚きようだ。


 しかしこいつ、今はナムライ家の城にいるってのに、家の関係者と出会う可能性とか全く考えてなかったのだろうか?


 いや、考えてないのか。言動を見るにちょっと残念な感じだし。


「……おいお前」

「は、はい!」


 アイラに声をかけられ、ラクナがシャキッと背筋を伸ばして返事した。さっきまでの横柄な態度が何だったんだ? というぐらい緊張してる。


 それも当然だけどね。伯爵と辺境伯では同じ伯でも立場が全く違う。ましてナムライ家はオムス公国との交易協定を結ぶのに一役買ったことで名声も上がり今や祖父は王国の外務大臣だ。


 このラクナは自分の家が飛ぶ鳥を落とす勢いと大口を叩いていたけど、それなら辺境伯家は飛ぶ竜を落とす勢いといったところでまさに格が違う。


 そんな相手の家に仕えるメイド、しかもメイド長にむかって下女呼ばわり。更に辺境伯家の娘を物扱いだもの顔も青くなるよ。


「……うちのメイドはここにいるメイサも含めて家を守るためにそして少しでも過ごしやすくするために一生懸命やってくれている。今日もお客様に不快な思いをさせないよう心をこめてもてなしている。それなのに下女呼ばわりとはあんまりだと思う。訂正してほしい」

「は、ははあぁあああ! 本当に申し訳ありませんでしたぁあああぁ!」

 

 五体投地でペコペコ頭を下げているな。本当にさっきまでの偉そうな態度はなんだったのやら。


「……それと、私に対しての暴言は今回は不問。でも、私の友だちとその妹への暴言は謝罪を要求する」

「え?」


 友だちって、そして妹ってもしかしてというか、やっぱり僕たちのことかな?

 すると一考している僕の様子に気がついたのか、アイラが僕を振り返り言う。


「……迷惑だった?」

「いやいや! むしろそういう風に思ってもらえて光栄だよ」

「……良かった。ローランは大賢者マゼルを敬愛する同士。仲良くしたい」


 理由がそれなのか……こんな可愛い子に友だち扱いしてもらえるのは本当に嬉しいんだけど、大賢者というのがどうしても引っかかる。いや自分のことなんですけどね。


「……そういうわけで、謝る」

「くっ、も、もうしわけぇ~ありませんでし~たぁ~」


 うわぁ~何かすっごく嫌そうな謝り方だな。反省もなにもないな。

 アイラも目で、どうする、と聞いてきている。僕に任せるってことなんだろうけど。


「一番被害を受けたのはラーサだし、どうする?」

「私は、お兄様の判断にお任せします」

「うん、なら僕ももういいや。だけど、もう妹に手は出さないでくれよ」

「…………」


 うわ、返事もないし、凄い目で睨んできてるよ。


「……判った?」

「はい! 承知いたしました! それではこれにて失礼致します!」


 アイラに改めて確認されると、いい姿勢で返答し、図書室からそそくさと出ていった。

 ふぅ、これで厄介事が一つ消えたか。


「お嬢様。このことはあの対応だけで本当によろしかったですか?」

「……ん、ローランがそれでいいと言ってる」

「承知いたしました」

「……でも、ローランの心広い。まるで大賢者マゼルのよう」


 いや、それは本当買いかぶりすぎです。はぁ、本当前世の僕はやたら美化されていて困る。


「マゼルお兄様の心は海よりも広く、志は山よりも高いのです」

 

 いやいやラーサまで何言ってるの! そんな持ち上げられるようなことしてないから!


「……え? マゼル?」

「あ……いやその――」

「はい! お兄様はあの大賢者マゼルの意思を引き継ぎし現代の大賢者マゼルなのです!」

「……それじゃあ、噂の魔力0の?」

「そのとおりです。あの、そういえばナムライ様は大賢者マゼルを?」

「……勿論知ってる。大賢者マゼルに関しての本は私のバイブル。だからこそ驚いた。まさか大賢者マゼルの生まれ変わりと言われてる存在と出会えるなんて」

「良かったですねお嬢様。願いが一つ叶いました」

「ん……」


 いや、願いって、何かまた僕のことを、じーーーーと見てきてるし……。


「それにしても、ナムライ様がそこまで大賢者マゼルに興味をお持ちとは……」

「……アイラでいい。ローランの妹なら友だち同然」

「――はい! それなら私のことはラーサとお呼びください」

「あ、それなら僕はマゼルでいいよ」


 さっきは名前の方隠しちゃったけどバレちゃったしね。


「……何か恐れ多いから大賢者マゼル様で」

「いやいやいや! マゼルでいいから! 友だちならそんな大賢者とか様とか逆に堅苦しいし!」

「……判った。なんとか頑張る」


 いやいや頑張るようなことじゃないし。


「あの、ところでお兄様のことは友だちでいいのですよね?」

「……? そう友だち。それに尊敬できる大賢者」

「そう、なんですね! よかったです」


 いやいや! 本当友だちだけでいいからね! 尊敬とか大賢者とかいらないから!


 ふう、とにかくこれであのラクナのことは解決し僕たちは改めて席に戻り時間まで読書を楽しんだ。


 尤も、途中で何度も大賢者についてを聞かれて割と精神的に疲れたけどね――

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