第15話 魔力0の大賢者、舞踏会デビューを果たす

 夜になりお城の舞踏会が始まった。会場はかなり広く5000人ぐらい集まってもまだ余裕がありそうなほど。見上げるほど高い天井には綺羅びやかなシャンデリアが飾られていて魔道によって生み出された光が広間全体を照らしていた。


 舞踏会だけあって中央部分は踊れるだけのスペースが空いていて、そのスペースを囲むように円卓が並んでいた。円卓の上には美味しそうな料理や飲物、お酒などが並んでいるね。立食形式なので料理は各自が自由に皿に盛って食べるスタイル。


 壁際には楽団が控えている。様々な楽器を演奏者が弾き調和の取れた最高の音楽を提供してくれている。


 それにしても皆格好はバッチリ決めてきてるな。そういう僕もこの場には正装の燕尾服で来ている。女性はそれぞれ自慢のドレスを身に纏ってやってきてる様子だね。


「お兄様」


 僕が舞踏会の様子を繁々と眺めていると、妹のラーサが声を上げて駆け寄ってきた。妹は僕に新調したドレスを見せるのが楽しみだと言っていた。女の子は男に比べると着付けに時間がかかったりするから会場入りは僕より少し遅れた形だ。


 だけど、なるほど結果論で言えば妹は可愛い。いや、それだけじゃなんだけど、でもとにかくかわいいとしかいいようがないな。


 新調したドレスは汚れの一切感じられない純白のドレスでそれがラーサのような金色の髪と碧眼にはよく似合う。


 そもそも論で言えばこんなにかわいらしい妹に似合わないドレスがあるわけないしあったとしたらそんなドレスを作った職人が悪いわけだけど、そういう意味ではこのドレスを仕立てた洋裁師は優秀だと言わざるを得ない。


 ドレスは多少の透けた感のある作りで縁取りには花の意匠が施されている。スカートの部分は末広がりでラーサが動くとふわふわと見目心地のよい挙動を見せていた。


 その様相はまるで雪の妖精が賑やかな様子につられてうっかり迷い込んでしまったかのようなそんな印象で、とどのつまりとにかく可愛いということだ。


「ど、どうですかこのドレス?」

「うん! よく似合うよ! ラーサにぴったり!」

「ほ、本当ですか? 嬉しいですお兄様!」

「お、おいおいこんなところで抱きつくなって。それにドレスがしわになるぞ」

「あ、いけない」

 

 ぺろりと舌を出してみせる妹マジ天使。


「兄妹でいつも仲が良いのはいいことだな」

「父様。父様も決まってますね」

「ふふふ、そうであろう? うちのも私が正装した姿にころっと行ったようなものだ」


 父様が得意がった。そこはあまり表に出さないほうがかっこよかった気がするけどね。


「だが、今宵の主役はなんといって大賢者マゼルだからな。ふむ、しかしこうしてみると私の若い頃を見ているようだ。大賢者マゼルの名に恥じぬ色男に成長しておるな」


 いや、そんなマジマジと見ながら言われるとなんともむずかゆい気持ちになる。  

 顔は正直自分ではよくわからない。ただ前世はどっちかという彫りの深い顔だったのだけど生まれ変わったあとはあっさりした顔になったかなとは思う。


 僕も妹や父様と同じ金髪で碧眼だけど、面立ちは母様寄りかもしれない。だから表情が柔らかくてちょっと頼りない印象を与えそうなのが気になるところだ。


「はい、お兄様は世界の誰よりも格好いいのです!」


 妹が張り切って言ってくれた。まぁ兄妹だからね。気を遣ってくれてるところもあるんだろう。


「これはこれは、まさかすっかり落ち目のローラン家の男爵がこんなところにおられるとは思いませんでしたぞ」


 すると、父様に向けて声をかけてくる人物が現れた。低めの鼻につく感じの声の持ち主だ。いや声というより口調だな。出だしから嫌味混じりで気色が悪い。

 

 一体誰なんだろう? と顔を向ける。捻じくれたような茶髪で恰幅のいい男。開ききっていないような眼は明らかに僕たちを見下していた。


「これはこれはワグナー卿。ご無沙汰しております。しかし、記憶違いをなされているのかそれとも物覚えが悪くなっているのでしょうかな? うちは男爵ではなく伯爵なのですがね」

「おやおや。これは失礼失礼。いやいやどうにも出入りの業者が置いていった地図が間違っていたのかもしれませんな。随分と小さな領地に男爵と記されていたものでてっきり格下げになったのかと」


 父様も負けじと言葉に棘を込めたけど、相手の方が性格の悪さで勝っているようだ。父様は笑顔を取り繕っているけど表情が硬いし当然気分のいいものではないのだろうな。


「あ、お前! 父上! こいつですよ! こいつがさっき話した!」

「なに?」


 すると後からやってきた見覚えのある男が俺を指差しワグナーに訴えた。名前からしてもしやと思ったけどやっぱりそうだったか。


「……なるほど誰かと思えばどうりで、しかし卑しいですな。そこまでしてご自分の立場をよくされたいと?」

「一体、何の話ですかな?」

「とぼけるとは……全く浅ましいですな。わざわざ子どもを使い、ナムライ家のご令嬢に取り入らせた上、我が子を罠にはめご令嬢の前で恥をかかせたそうではありませんか。全く准男爵とは言え仮にも貴族でしょうに恥ずかしくないのですかな?」

「準男爵ではなく伯爵なのですが」

「ふん、そうだったかな」


 う、うわぁ~こいつ完全に真実を捻じ曲げて親に話してるよ。まるで自分が被害者だと言わんばかりでこっちを睨んできてるし。


 それにしてもそれをホイホイ信じちゃう親も親だね。さっきから伯爵を敢えて男爵や准男爵と言い換えてるあたりからして、この親にしてこの子ありだよ。


「マゼル――」


 すると父様の目が僕に向けられた。本当か? と問われてるようだった。全くこっちはアイラの前で気にしてないと言った手前もあったから敢えて父様にも伝えてなかったというのに。


 とにかく、僕も目で違うと訴えた。父様ならきっと僕の気持ちに気づいてくれるはずだ。


「……なるほどそういうことでしたか」

「ふん、何がなるほどやら。知っていた癖に白々しい」

「何か勘違いされてるようですが、私がわかったのはこちらには全く非がないということですぞ」

「な、なんだと!」

 

 やった! やっぱり流石父様だ。僕の気持ちに気づいてくれた。


「ふふっ、私には全てがわかったのだよ。そう! この件はズバリ、貴方の息子が我が息子、そう! 大賢者マゼルに嫉妬したばかりに起こした事件だということを!」


 ちっがーーーーう! いや、非がないのは確かだけど! その後が違う! そこに大賢者とか全く関係ないから!


「は! なるほどそうだったのですねお父様! だからこそそこの失礼な男は、直接大賢者たるお兄様に勝てないと踏んで、間接的に妹である私を狙ってきたということなのですね!」

「む? そうだったのか? いやそうに違いない!」


 いや、絶対見当違いの推理してたよね! それを今無理やり判ってる感だしてるよね!


「違う! 全然違うから父様! そのラクナっていうのが妹にしつこく言い寄るから止めただけだから!」


 あぁもう、結局全部言っちゃったじゃん! なんかおかしな事件にされそうだから言っちゃったじゃん!


「……お前、よりにもよってローラン家の女なんかに手を出そうとしたのか? 判ってるのか! ローラン家だぞ!」

「し、知らなかったんだよ。でもほら、それならそれで――」

「……なるほど、それは面白い」


 うん? 何か親子してひそひそと怪しげなこと話してるし……何か企んでそうで嫌な感じしかしないよ。


「ふん、それにしてもそちらのお嬢様も随分といい性格しているようだな。まさか自分から声を掛けておいてうちの息子がチョッカイ掛けたような捏造を行うとは」

「うわ~お前マジ最低だな」

「は、何がだ! 真実だろ!」

 

 どこがだよ。本当いい性格してるよ。


「全く私の息子に財産目当てで色目を使ってきたようだが、うちの息子は敏いからな。そのような邪な考えすぐに見抜いて断ったのだ。にもかかわらそれを逆恨みして真逆のことを語り出すなどこれだから落ち目の詐欺師貴族は困る」

「さっきから随分とラクナのことを擁護してますが、その男、ナムライ家のご息女にもちょっかいかけてましたからね」

「……は?」

 

 いい加減イライラしてきたからワグナーに向けて図書室の件教えてやったら目を丸くして驚いているな。


 ラクナの奴、やっぱりそれについては話してなかったか。こいつ自分に都合のいいことしか伝えてなさそうだし。


「それにそこのラクナがラーサに言い寄っていたのも侮辱的発言を繰り返してたのも一緒に見てますので、そのような話を周りに話でもしたら笑いものになるのはそちらの方かと思いますが?」

「くっ!」

 

 ワグナーが息子を睨めつけた。ラクナの目は完全に泳いでるな。


「はっはっは。どうやら私の子の方が一枚上手だったようですな。ふふ、それでこそ大賢者マゼル! 役者が違うというものよ」 


 やめてください父様。それは本当恥ずかしいので……。

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