第13話 魔力0の大賢者の妹、絡まれる

sideラーサ

 この図書室は凄いです。お父様の蔵書数もかなり多いのですが、さすが辺境伯ともなると規模が違います。


 読みたい本はとにかく多くて、迷っている間にお兄様はもう本を選んでしまってました。私はついついこういうのは迷いがちですが、お兄様の決断は常に最速です。流石は今をときめく大賢者です。


 お兄様の魔法を間近で見れていることこそが幸せなんだと思います。何食わぬ顔で息をするついでみたいにお兄様は伝説級の魔法を次々披露します。あまりのことに私の心はお兄様の虜です。


 そんなお兄様に少しでも近づきたい――そのためには魔法についてもっともっと勉強すべきでしょう。


 以前から読んでみたいと思っていた本がここにはいくらでもあります。その中から今の私に必要な至極の本を選んでいかないと。時間には限りがありますから。


「あ、あのこれの新装版があったと思うのですが、ありますか?」


 大賢者解体書、これは父様の屋敷にもありました。しかしその後様々な解釈が書き加えられ補足もついた大賢者解体新書が発売されたのですがそれはあまりに人気ですぐに完売しプレミアまでついたのでお父様でも手に入れることが出来なかったのです。


「はい、こちらの解体新書は確かにあったはずですが……」


 親切なメイドさんが数多の本棚から探してくれましたが、見つからない様子です。


「どうやら以前本の整理をした際、保管庫送りになった中に紛れてしまったのかもしれません。取りに行って参りますので少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

「いえ! むしろ逆に申し訳ないです。見つからないのなら無理なさらずとも」

「いえ、どちらにせよ手違いで保管庫に行ってしまった分ですから戻す必要があります。ですのでお気遣いは不要でございます」

「そ、そうですか。それなら待ってますね」

「はい。それでは行ってまいります」


 結局私は一人残ることとなりました。う~ん、それ以外にも読みたい本はありますし、お兄様のことも気になります。


 私もお兄様の後を追って席につきましょうか。とりあえずこの本を……。


「へぇ、こんな可愛い子もいたんだな」

 

 ん? ふと何者かの声が私の耳に届きます。この列には私しかいません。


「おいお前。名前を聞いてやる。教えろ」

 

 声が近づいてきました。明らかに私に向けて発せられたものですが、何かあまりいい気分はしません。


 とは言え、今この城には様々な階級の方が来ております。声の感じから私やお兄様とそう変わらない年の方と思われますが、ここで無碍な対応をして両親に悪いように伝わってもいいことはありません。お父様にもお兄様にも迷惑を掛けてしまう恐れがあります。


 ですので私はできるだけ行儀よく務め、声の方へ体を向けました。


 そこにいたのは茶色い短髪の少年。丸っこい顔と体の持ち主です。目は小さく容姿だけで見れば申し訳ありませんがお兄様より数段劣りますね。


「おい名前だよ」

「……」


 なんというかものすごい失礼な人です。人差し指を突きつけ初対面からお前を連呼し、やたらと高圧的な態度を取ってきます。できれば関わりたくないタイプです。


「……もうしわけありません。私はこの屋敷の使用人でして、お客様に名乗るなど恐れ多いことです。それでは仕事が残ってますので」


 なので私は適当にごまかしてそそくさと引き上げることにしました。何か名乗ってもいいことはなさそうです。


「おい、ふざけるな! お前みたいな下女がいてたまるか!」


 うわぁ~今下女っていいましたねこいつ。普段から自分のほうが上だと勘違いしているようなタイプですね。


 お家を生活しやすい環境に整えてくれているメイドさんをそういう目で見てそうなタイプで正直苦手です。


「お前、あまり俺に失礼な態度とってると後がこわいぞ。何せ俺はあのワグナー家の3男、ラクナ・ワグナーだからな」


 聞いてもいないのですが勝手に名乗られてしまいました。それにしてもワグナー家ですか。聞き覚えのあるようなないような……そんなところですね。


「ふん、まぁいいや。丁度いいからお前、俺の横で本を読んできかせろ。紅茶も飲ませて焼き菓子もあーんするんだ」

「はい?」


 え? 一体何を言ってるのでしょうかこの男は? なぜ私がそんなことをしなければいけないのでしょうか? 相手がお兄様なら喜んで致しますが、こんな初対面の相手に平気で横暴を通そうとしてくる相手にやろうとは思えません。


「もうしわけありませんが、そのような作業はうけつけておりませんので」


 とりあえずできるだけ笑顔で、それでいて拒否感を滲ませて返事し、私は踵を返しました。ですが、相手は思いの外しつこく、私の手首を掴み放しません。


「おい! 俺は伯爵家の3男だぞ! それが奉仕させてやると言ってるんだ! 光栄なことなんだぞ!」

「ちょ、いい加減にしてください!」


 あまりにしつこいので私はつい声を張り上げてしまいました。淑女として少々はしたないかなとも思いましたが、それぐらい耐え難い行為だったのです。


「この俺様が声をかけてやったというのに何だその態度は! 失礼だろ!」


 は? 本当に頭が痛くなってきました。先程から失礼な言動を繰り返しているのはこの男だというのに本人にはその自覚がまったくないのです。


「ラーサ、そんなに声を大きくさせてどうかした?」

「お兄様!」


 天の助け、いえ大賢者様の助けとはまさにこのことでしょう。振り返るとそこには毅然とした佇まいの大賢者たるお兄様。


 あぁ愛しのお兄様が私の身を案じて駆けつけてくださったのですね。私にとってのお兄様はまさに心の騎士様です。


「あん? なんだお前は?」

「いや、僕は君が掴んでる子の兄なんだけど……どういう状況かなこれ?」

「は、なんだ兄か。だったら光栄に思うんだな。今日からこの妹は俺のものだ」

「……いやごめん。さっぱり言っている意味が理解できない」


 それは私もですお兄様。いつから私がこんな男の、しかも物扱いとか失礼にもほどがあります。


「お兄様、先程から私はお断りしているのですが、この方が掴んだ手を放してくれないのです」

「当たり前だろ! この俺がお前を貰うと決めたのだからな!」


 この男には常識というものが欠如しているようです。いえ、そもそも非常識がこの男にとっての常識の可能性すらあります。

 本当につかれますが、お兄様が来てくれただけで凄く安心できます。


「……お前の言っていることが一ミリも理解できないけど、とりあえず大事な妹が嫌がってるんだからさ」


 え? だ、大事な……どうしよう、こんな状況なのに顔が火照ってまいりました。


「大丈夫ラーサ?」

「え? あれ?」

「は?」


 しかも、気がつくと私はお兄様の腕の中にいました。掴まれた手も解かれており、数歩分離れた向こうではあのラクナとかいう男がポカーンとしてます。


「お兄様、嬉しい!」

「ちょ、大げさだって」


 思わず私はお兄様の胸に飛び込んだ抱きつきました。あぁ、お兄様のぬくもりが心地よいです。

 あの男の残した穢れが浄化されていくようです。


  これが大賢者たる聡明なお兄様の貫禄というものなのですね――






◇◆◇

sideマゼル

「あぁ! お前いつの間に! なんだそれ? どうやった!」


 僕の目の前の男が怒鳴り散らしてきた。いや、どうやったと言われても。ラーサが嫌がってるから移動して腕から剥がしてまたもどってきただけなんだけど。


「はっ、そうです! これはかの大賢者マゼルが編み出したという時空魔法ですね! それから数多くの魔法研究者が研究に研究を重ね一部の原理が解明されましたがそれでもまともに扱える者が殆どいないという幻の!」

 

 えぇ! いや、ただ急いだだけなんだけど……。あぁでも、確かに前世でちょっと急いでみただけなのに瞬間移動だなんだと騒がしくされたことはあったな……。


 というかそれは最早、僕よりも魔法でもなんでもないことを魔法に結びつけて原理を解明した魔法研究者が凄いよね?


「は? 時空魔法? アホか。そんなのこの魔力100の俺様でも無理なのに出来るかよ」


 文句をいいながらふふんっとドヤ顔も見せるとか器用な奴だな。

 でも魔力100か~本当0の僕からしたら羨ましい数値だ。


「ふふ、それにしても俺様としたことがつい魔力を語ってしまったぜ。あまり目立ちたくないんだけどな」


 髪を掻き上げてるけど凄く似合わない仕草だ。あと、どうみても自分から言い出してるからね。


「さて、そっちの女もこれで俺がどれだけ優秀かわかっただろ?」


 うん、凄く自信たっぷりに語りかけてるけど、ごめん。その数値ラーサは1才の時点で超えてるんで。ついでにいえば今のラーサの魔力は300だ。今の段階で大魔導師どころか魔帝にもなりえると期待されていたりもする。場合によっては賢者もあり得るかもとも言われてる。


 ちなみに賢者は複数の属性の魔法を完璧に使いこなした者のみに与えられる称号だ。大賢者はさらにその上で伝説級の魔法でも難なく使いこなす僕みたいな存在とか父様が言っていた。勘弁してほしい。


「そう言われても……」


 見るとラーサは眉を落とし明らかに返答に困ってる。何せラーサの魔力はこのやたら自分を高く評価してる男の3倍だ。それなのに魔力でドヤ顔されてもね。


「とにかくラーサが嫌がってるからもういくね。さ、ラーサ」

「はい、お兄様」

「待て待て待て待て待て~~~~!」


 こいつしつこい。


「お前、この俺様にそんな口を聞いてもいいと思ってるのか? 俺様はあのワグナー家の3男だぞ! 伯爵家だぞ! 本来ならお前ら風情が口を聞ける存在じゃないんだ!」


 いやいやうちも伯爵だし。う~んそれにしてもワグナー家か。何か聞き覚えがある気はするな。地図で見たかな。


「……ローラン、何かあった?」

「あ、アイラ。ごめんね、ちょっと妹が困ってたから」


 なんか妙なことになったなと困ってたら、さっき知り合ったアイラも来てくれた。こいつの相手してたら結構時間食ったし、心配掛けちゃったかな?


「じーーーーーー」

「え? ラーサ?」


 すると、何か妹の視線を感じて見てみたら、すごく見てきてた。しかもなぜか射るような瞳で。


「お兄様、その女の方は?」

「あ、うん。そこで読書中に知り合ったアイラ、さんです」

「……貴方が妹さん?」


 なんか空気が重い。なんだこれ! 


「はい、私がお兄様を敬愛して止まない妹のラーサです」


 妹がアイラに向けてにっこりする。でも、なんだろう? 何か野生のキマイラが相手を威嚇しているようなそんな雰囲気を感じた。


「……流石ローランの妹。凄く可愛い」

「え? か、可愛い?」


 しかし、アイラに褒められると頬を赤くして満更でもない様子だ。


「お前ら! 俺様を無視するな~~~~!」

 

 あ、あいつのことすっかり忘れてた――

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