第10話 魔力0の大賢者、山賊と遭遇する

 いよいよ目的地であるナムライ辺境伯領まで後少しという所まで来た。

 途中何度か雨にあたり、山道にもところどころぬかるみが出来ていた。御者の手綱さばきにも熱が入る。


 馬車は2台あって1台は僕たち家族と必ず一人は冒険者の誰か。後ろの馬車には辺境伯への手土産や今回の舞踏会で提供するための米が積まれている。


 米をアピールするために米を使った料理も用意する予定なようだ。護衛を引き受けてくれている破角の牝牛はこの2台の馬車に振り分けられている形だ。


 道中ではやはりちょいちょい魔物が現れた。山脈地帯に入ってからはマウンテンモンキーなんかも現れたけど、マウントエイプにくらべたら弱いから冒険者だけでも十分対応出来た。


「ここまで魔物には結構出くわしたけど、このままいけば山賊や盗賊には遭遇せず済みそうだねぇ~」


 途中、休憩をとった時、御者がそんなことを口にした。父様もそうだな、なんて笑っているけど、なんだろう? 何か嫌な予感がするぞ。


 そして休憩も終わり、再び馬を駆り馬車が走る。それからしばらく走り続けたその時だった。


「「「「ヒヒヒーーーーン!」」」」

「キャッ、お兄様!」

「大丈夫。落ち着いて!」

「えへへぇ」

「いや、何か妹さん嬉しがってない?」


 馬が突如嘶き、馬車が激しく揺れてラーサが僕の胸に飛び込んできた。それをみていたフレイさんの目が細まったけど妹はまだ7才だから単純に怖かったんだと思うよ?


 何はともあれ、外でなにかあったのは確かなようで。


「ひ、ひぃいい、盗賊だーー!」


 御者が悲鳴を上げ、一緒に乗っていたフレイさんが真っ先に飛び出ていった。それにしても案の定だったな。何か盗賊の話が出てきて嫌な予感がしてたんだけど。


 父様は中で待っててもいいと行っていたけど僕も降りる。父様が待っているのを強制しないのは僕なら盗賊ぐらいどうとでもなると思っているからなんだろうな。


「私も出ます!」


 すると妹のラーサもおりてきた。危ないよとは言ったけど一人だけ馬車に残っているのなんて嫌、との事。


 ま、妹を危険な目になんて僕が絶対にあわせないけどね。


 山賊が現れたのは向かって右側に崖、左手側が森といった様相の場所だ。道幅は結構広くて大人が5.6人横に並べるぐらい。ただ、雨の影響がまだ残ってるから道は所々泥々だ。


 向かって正面。成人男性の歩幅で8歩分ほど離れた位置にはニヤケ顔の男たちが数名並んでいた。本当見た目が正にそれっぽい。


「俺達はこのあたりを拠点にして活動している【山賊のすすめ】だ!」


 いや、堂々とそんなものを勧められても……。とにかく屈強な男たちが更に森側からわらわらと現れた。これで数は10人か。


「荷物と米を・・積んだ馬車は置いてきな。それで命だけは助けてやるよ」

「冗談? そんな賊のいうことを聞くわけにはいかないよ。この破角の牝牛が返り討ちにしてやるよ!」

「うん? おいみろよ。護衛とやらは全員女だぜ」

「本当だ。しかも全員かなりの上玉だぜ!」


 山賊たちが舌なめずりしながらヒャッハーヒャッハー騒ぎ出した。考えがわかりやすい連中だなぁ~。


「ふん、女だからって舐めてもらっちゃいけないねぇ。あたいのカトラスは常に血を求めてるのさ、痛ッ!」

「あぁ、また姉御が舌を!」

「学習能力ないわね……」

「こんなときに何やってるのよもう!」


 う~ん姉御さん、相変わらずポンコツかわいい。


「へ、馬鹿な女だ。いいか? そういうのはこうやるんだよ」

「おお! 出たぜ頭の十八番! 刃舐め!」

「な、舌を、切らないだと!」


 姉御さん、そこそんなに驚くところじゃありません。そもそも何の勝負なのか。


「いやだ、何かネッチョリしててキモい……」

「生理的に無理」

「まじひくわ」

「何かアレをやってたと思うと急に恥ずかしくなってきたわね」


 うん、確かに刃を舐める時の舌の動きがねとっとしていて、涎も粘っこいし普通に気持ち悪い。


 あれに比べたら姉御さんのがどれだけ可愛いかわかる。舌傷つくけど。


「てめぇ人が舌で乗ってやってれば調子にのりやがって!」


 今この人、舌でっていったよね? 

 それにしても自分で勝手にやっておいて逆恨みもいいとこだよ。


「ふん、まぁいい。こうなったら荷物だけじゃねぇ。その女もこっちにきてもらうぜ」

「か、頭。あそこにいる、ちっちゃい子も、はぁはぁ、いいですかい?」

「うん? お前あんなちびっこいのがいいのかよ……まぁいい。そっちのガキももらってくか。そうだな、2人だガキの2人も来てもらうぜ」

「は、馬鹿いってんじゃないよ! あんたらみたいな気持ち悪い山賊の言うことなんて誰が聞くもんか!」

「そうかよ。だったら力ずくでやるしかないな」


 斧、大剣、大槌、槍、弓、など各々が武器を取り出し身構えだした。頭の武器は幅広で片刃の剣だ。湾曲していて刃の先端が2つに割れたようになっている。


 そろいもそろってヒャッハーが口癖の厳つい人たちだ。見た目だけならオークより強そう。


「ふむ、山賊共が相手と言うなら私も出るとするかな」

「父様」

「あたいらはあんた達の護衛を請け負ってるんだ。守る対象に出てこられて怪我されても迷惑なんだぜ?」

「心配ご無用。これでも下手な冒険者より腕は立つと自負している」


 父様が腰の長剣をスラリと抜いて正面で構えた。王道の構え。父様は剣の修業に余念がないし、自己強化魔法で自分と剣の両方を強化できる。

 

 並の盗賊なら相手にもならないだろうな。うん、数は確かに山賊の方が多いけど、これなら僕たちは子どもらしく見ていて問題なさそうだ。


「てめぇら! 野郎は殺してもかまわねぇが、女とガキは生け捕りにするぞ!」

「「「「「「ヒャッハー---」」」」」


 山賊達が奇声を上げて向かってきた。いや弓使いとかいるのにまっさきに近接しかけてきてどうするんだ? 逆にこっちは皆冷静だ。山賊がくるのを読んでフレイさんなんかはとっくに詠唱している。


「紅火の槍、象る燃、貫く焔、燃えゆく軌跡――フレイムランス!」

「爆熱の玉、赤熱の赤、消し炭への誘い――ファイヤーボール!」


 て、あれれ!? 何か妹のラーサまで詠唱して迫ってきた盗賊向けて魔法を行使してるよ! しかもラーサのそれ火魔法だし!


「な! あのちびっこいのまで魔法を!」

「ぎゃ、あちー! あちー!」

「頭! なんか爆発したり燃えてる槍が飛んできたりやばいですよ!」

「う、うろたえるな馬鹿野郎!」


 フレイさんが使用したフレイムランスは文字通り炎の槍を放つ魔法だ。勢いよく直進する火まみれの槍は貫通力が高くて盗賊を何人か貫いてついでに燃焼させた。


 ラーサが使ったのは火球を撃つ魔法で、着弾すると小さな爆発を起こす。これで2、3人ふっ飛ばされたね。


「凄いなラーサ! いつの間に火魔法を?」

「えへへ、フレイさんに教えてもらっていたのです」

「はは、確かに教えはしたけど、すぐに初級でも難しい部類に入るファイヤーボールを使いこなせるようになるなんて……しかも2属性使いってお姉ちゃん自信なくしそう……」


 フレイさんが半目にして語る。それだけ魔法の才能があるってことなんだろう。流石ラーサ、僕とは違う。


「でも、この程度じゃまだまだお兄様にはかないませんけどね」


 うん、それは誤解だね。だって僕、魔法使えないし。


「ゆ、弓だ! 弓を射て!」

「いた! 腕が、腕がぁああ!」

「頭! 弓使いがやられました!」

「な、なにやってんだ馬鹿!」


 弓使いが準備を始めたけど、とっくに構えていたアローさんの矢にあっさり腕を射抜かれた。


 何か気の毒になるぐらい実力差がありすぎる。山賊も残ったのは頭含めて3人。そして頭と対峙するのは父様だ。


「どうやら大賢者マゼルの奇跡を見せるまでもないようだな」

「だ、大賢者? 何いってやがんだ!」

「やれやれ、大賢者マゼルも知らないとは無知にも程があるな」


 父様そこはむしろ知らなくて当たり前ぐらいでないとおかしいです。


「うるせー! マゼルだがマセガキだか死んねぇが男に用はねんぇんだよ! 死ね!」

 

 山賊の頭が父様へと突っかかる。それを迎え撃つ父様。相手の頭の方が得物がゴツく重みもある。パワーも相手の方が上だろう。体重だって重い。


 でも、明らかに剛で攻めてくる相手に、父様は柔の剣で受け入れ柔らかな腕の使い方で受け止めた剣を上手く捌いている。


「馬鹿な! 俺は自己強化魔法を使っているのに!」

「そうか。なら話にならないな。私は魔法など何も使っていないのだからな」

「な、なに!?」

「隙だらけだぞ!」

「ぬぉ!」


 父様の剣でいなされ、頭の体が完全に流される形に。その隙に父様の突きが脇腹にヒットした。父様の腕に押し込まれるようにして頭がバランスを崩し地面を舐め泥を跳ねながらそのまま滑っていった。


「ペッペ! 泥が口にくそ!」

「むしろそれだけで済んで良かったと思うことだな。さぁどうする? 仲間も全員護衛の冒険者と娘の魔法にやられたぞ? しかもこちらはまだ大賢者マゼルが出てきていないのだ。お前たちに勝ち目など考えるのも馬鹿らしくなるぐらいありえないと思うが?」

「むぐぐ! 大賢者とか意味わからねぇが……悪かった! このとおりだ!」


 父様も煽る煽る。お願いだからその煽り文の中に僕のことは入れないで欲しいんだけど。


 でも、頭は随分とあっさりと謝ってきたな。土下座してペコペコ頭を下げてきたけど――


「本当に悪かった!」

「ふむ、ま、そこまでいうなら――」

「なんてな! オラッ!」

 

 だけど、やはり山賊はしたたかだった。謝罪の言葉を繰り返しながらも懐から何かを取り出し、辺りにばらまいたんだ。


「何! これは!」

「キャッ、え? 触手?」

「しまった! これは魔触の種だよ!」

「がはは、今更気がついても遅いのさ!」


 頭がばらまいた種からはすぐに芽が出て蔦が伸び、そして父様や破角の牝牛のメンバーに絡みつき縛り上げてしまった。


「くそ! 私としたことが!」

「「「「「「流石親方! て、なぜ俺たちまで!」」」」」」


 ちなみに、何か山賊のすすめの連中も頭以外全員縛り上げられてたりする。


「しかたねぇだろ。そんな敵味方区別つくようなものでもないんだよ。少し我慢しとけ」


 嘆息混じりにそう言った。魔触の種は植物っぽい見た目の触手が種から生えて近くの生物に絡みつき動きを封じることが出来る種だ。


 魔物から採れる種を改良して作られたものだから触手そのものに殺傷性はないけど動きは封じることが出来る。


 そして縛られた皆を認めた上で、山賊の頭が僕たちを見ながら舌なめずりをした。


「へへ、これで残ったのはガキが二人だけ。これでもう逆らうことは出来ねぇだろ。俺たちの勝ちだ!」

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