第9話 魔力0の大賢者、冒険者達に驚かれる

 辺境伯領への道のりは何の問題もなくとても平和に――ということもないかな。やっぱり道々魔物なんかはよく出現する。


 ただ、自信ありと公言するだけあって、破角の牝牛の冒険者達は腕が立った。道中現れたグリーンウルフより強いフォレストウルフもワイルドボアも難なく倒してしまう。


 ちなみにこの手の魔物は素材にも価値があったりするんだけど今回の護衛は報酬とは別に倒した魔物の素材も冒険者の物としていいと定めてある。


 だからこのレベルの魔物と遭遇するのは彼女たちにとっては逆にありがたいそうだ。


「うぅ、久しぶりのまともな飯だ~」

「ワイルドボアの肉が美味しいよ~」

「あ、その肉うちのだぞ!」

「うるさいなぁ、まだあるんだからそっち食べなよ」


 この日は野宿になったので外で火を起こして鍋になった。鍋はかつて米の存在を知った島国に伝わる調理法で、底の深い鍋という器に食材を入れて出汁という調味料で煮込む料理だ。


 基本、大勢で鍋を囲んで食べることが多く、鍋を囲むと親睦が深まるとも言われている。二本一組になっている箸という道具で食材を挟むようにして食すのが一般的でもあるね。


 尤もこの箸は米を食べるときにも使うから父様の領では使える人が多い。破角の牝牛の皆も例外なく箸を使っていた。


 僕も箸を使って食事を摂る。うん、美味しい。


「ほう、流石大賢者マゼルだ。箸がほとんど濡れていないとは。私などさる食通から愚か者! と怒られたことがあるというのに」


 なんでも箸が濡れるのは礼儀作法として間違ってるそうだ。僕は前世のナイスに食べ方を教わって従ってるだけなんだけどね。


 でも、箸がちょっと濡れたぐらいで怒鳴られたってのは流石に厳しすぎな気がするよ。

 

「ふぅ、食べた食べた~」

「でもワイルドボアが狩れてよかったな」

「ウルフ系の肉は固くて結構手の混んだやり方じゃないと食べられないもんね~」


 魔物も全部の肉が食べられるわけじゃない。デススパイダーみたいに毒を持っているのもいれば、ウルフ系みたいに手間暇かけないと食べられないものだっている。


 今日もワイルドボアが出てこなかったら夕食は持参した干し肉と米といったところだった。これでも不満はないけど干し肉は特別美味しいといえるものじゃないし。


 食事も終わり、軽い談笑も終わった後、そろそろ寝ておこうという話になった。夜の晩は護衛の皆が代わり番こにやるようだ。

 

 僕が協力してもいいけど、流石にまだまだ子どもの僕がしゃしゃり出ると立つ瀬がないだろうし――て、なにか来る!


「気をつけて、一体くるよ」

「え? どこに?」

「お兄様が言うなら間違いありません! 気を引き締めましょう!」

「ということは、まさか感知魔法で!?」

 

 いや、ただ気配を察しただけで、魔法じゃないからね!


「ウォオォオォオン!」


 そしてそれがバキバキと枝を揺らしながら空中からやってくる。地面に着地すると地面が足のサイズに合わせて凹み、ズシンッと揺れた。


 う~ん、でも何かと思ったらこの魔物か。


「ヒッ、ちょ、ちょっと待ってこれ! マウントエイプじゃん!」

「ま、マジかよ……」

「こ、これはなかなかの相手だね……」


 そう、マウントエイプ。巨大な猿タイプの魔物で、常にマウントを取りたがる魔物だ。

 握力も強く動きも猿だけにそれなりに早い。一般人なら間違いなく死を覚悟する魔物だろう。


 でも、相手はたかが1匹でこっちには冒険者が4人もいるし、そこまでの相手じゃないかな。これが夜叉とかだったらちょっと厳しいかもしれないけどね。


「姉御、マウントエイプはやばいですよ。こ、こんなの勝てるわけない……」

「やってみないと、わ、わかんないだろ!」

「声が上ずってますよ姉御」


 うん? え? なんでそんなに及び腰なの? 


「とにかく、近づかれたらもう終わりだ。掴まれたら最後だと思って!」


 え? 確かにマウントエイプの握力は1500kgとそれなりにあるけど、戦闘と縁がないような人ならともかく常に危険と隣り合わせの冒険者なら耐えられないこともないよね。最後というのは大げさじゃないかな?


「姉御、張り切っているところ悪いけど、その剣じゃ倒せませんから離れていてください!」


 んんん? どういうことだろう? マウントエイプは文字通りマウントを取りたがる性質があるわけだけど、逆に言えば絶対に相手に近づいてこようとする魔物だ。

 

 それが判ってしまえば、飛び込んできたところにカウンターの一撃を喰らわせるだけでいい。


 勿論魔法や間接攻撃可能なら一方的に責めることも可能だけどね。


 でも、Bランクのカトレアさんなら倒せないこともなさそうだけどね。魔法で切れ味を強化出来るみたいだし。


「うちらで遠距離から攻めよう!」

「それが1番ね、フレイは火魔法をお願い! 獣系は基本火に弱いし!」

「勿論よ。燃え上がる火、赤と紅、朱色の矢――フレイムアロー!」


 弓使いのアローは焚き火の火を利用して火矢に変えてマウントエイプを狙い撃ち、アッシュは盗賊魔法で気配を消し投げナイフで背後から、フレイは得意と言っていた火魔法で魔法の火矢を放った。


 う~ん、狙いは悪くない。だけど、あの程度だと火力不足かな。実際マウントエイプは火を見ても特に怯む様子もなく、左右にステップして全ての攻撃を避けてしまった。


「な、速すぎる!」

「火にも怯まないわ!」

「こんなの無理~」


 3人が泣き言を口にした。それで思い出した。みんなやっぱり女の子なんだって。一方マウントエイプは雄。しかも相手を無理やり押し倒すような魔物だ。


 女の子なら捕まった時のことをついつい考えてしまって本来の力が発揮できないなんてこともあるかもしれない。


「くそ! やっぱりあたいが!」


 あ、駄目だ不用意に出たら、て今警告しても間に合わないか。なら!


「ウォオォオオン!」

「し、しまった! つかま――」

「はいストーーップ」

「グフウォオォオオオ!」


 手を伸ばしたマウントエイプ向けて、僕はその場で拳を打つ。距離は離れていたけど、空気を撃ち抜く気持ちで拳を放てば関係ない。


 撃ち抜かれた衝撃は空気を圧縮しながら直進し、見事僕の拳がマウントエイプの顔面にヒットした。

 うめき声を上げマウントエイプが宙を舞った。弧を描き、地面に頭から落下。


 ブギャ! とブサイクな鳴き声が耳に届く。


「え? だい、賢者様?」

「はは、その呼び方はやめてほしいんだけどね」

「は、し、失礼した! 偉大なる大賢者マゼル様!」

「いや、そうじゃなくて……」


 大賢者をつけるのをやめてほしかったのに、余計増えてるし。


「す、すごーーーーーい! あれは偉大なる大賢者がこの世に広めたという大衝撃魔法では!? 初めて見ましたよ私!」


 え? ちょ、大衝撃? 何それ何それ! 初耳、超初耳なんだけど!


「大衝撃魔法は風魔法系統とも呼ばれますが、その難易度は風魔法の比ではありません! 風魔法も速度が優れてると言われますが大衝撃魔法は風魔法を遥かに超える速度に威力を備えた超魔法と呼ばれてます! 特に大賢者マゼルが得意としたオリハルコンブレイクはあのオリハルコンすら粉々に砕いたとされる伝説の魔法で……」


 何か僕も知らない伝説がここ最近良く耳に届く。怖いからできるだけシャットアウトしておこう。


 さて、これで1匹・・は倒せたけど――


「「「ウオオォオオオオォオン」」」


 どうやら仲間がいたみたいで更に数が増えた。まぁ気配でなんとなく近づいてきてたのは判ってたけどね。


「ひぃいぃい! 更に3匹も~!」

「終わりよ! 終わりだわ!」

「うぅ、護衛なのにごめんなさい」

「なに馬鹿な事言ってるんだお前ら! あたいたちは護衛だよ! 諦める前にやることあるだろうさ! さ、ここはあたい達がなんとしても食い止めるから、ローラン伯達は早く!」

「いや、その必要はないから安心したまえ」

「え? な、何を言って?」

「心配ご無用です! 大賢者マゼルお兄様がやる気を出してくれてますからね」


 うん、カトレアさんは流石リーダーだけあるね。逃げるじゃなくて立ち向かう道を、しかも僕たちをしっかり庇ってくれようとした。


 やっぱり破角の牝牛の皆に護衛をお願いして正解だったね。でも、この場は僕が任されるよ。魔法は使えないけどね。


「「「ウウゥウウウゥウウウウウオオオオオオォオオ」」」

「悪いけど3匹まとめて行かせてもらうよ! はぁああぁああ!」


 僕は右足に力を込めて、高速振動、この行為によって空気との摩擦で脚が炎に包まれた。その状態から腰を回転させて竜巻になったつもりで蹴りを放つ!


――ドッゴオォオオオォオォオオォオォオオン!


「「「ええええぇえええぇえええええええ!」」」


 大きな爆発を起こし、僕の蹴りと同時に開放された炎が天へと駆け昇っていった。 


 しゅ~しゅ~と湯気が立ち、僕の周りには黒焦げになった3体のマウントエイプと地面だけが残る。何か地面が硝子化しちゃってるな……あれ? ちょっとやりすぎだったかな?


「そ、そんな、これは、これこそは! あの伝説の爆裂魔法ギガントフレア!」

「いやいやいやいや! 違う違う違う! そんなんじゃないから!」


 するとフレイさんが滝のように涙を流しながらとんでもないことを言った。そんな魔法知らないから!


「す、すげーなあの年でそんな伝説級の魔法をぽんぽん扱うのかよ」

「しかも無詠唱でですよ無詠唱で! 爆裂魔法はかつて大賢者マゼルが開発した新世代属性の一つとしてあまりに有名ですが!」


 知りません。ごめんなさいそれは知りません。

 いや、もしかしたらうちの蔵書の中にはあったかもだけど、自分のことに関する本は本当に気になるの以外は恥ずかしくて読めなかったからね。でも読まなくてよかったよ。こんな紹介文もし読んでたら悶絶死してるよ!


「また一つ、大賢者マゼルの伝説が出来てしまったか……」

「すごすぎますお兄様!」

「はは……」


 正直乾いた笑いしか出てこなかったよ。大体魔法魔法って、何度もいうけどこれ物理ですから!

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