第8話 魔力0の大賢者、初めて町を出る
はじめての狩りから更に2年が過ぎ、僕は9歳に、妹のラーサは7歳になった。
身長も結構伸びたし、父様からは自分の若い頃のようにイケているなどとも言われたりするけど、まだまだ子どもだなっていう自覚はある。
ただ、ラーサは少しずつ大人びていっている気もする。僕が7歳の時よりずっとしっかりしている気もするし、やはり女の子のほうが精神的成長は早いのかもね。
そんな僕たちだけど、今日は父様に連れられて初めての舞踏会に行くこととなった。
「建前では顔合わせだけって話なのだけど、実はイナ麦をオムス公国に輸出できるかもしれない大チャンスでもあるんだ」
オムス公国はここバロニア大陸のほぼ中心部に位置する小国だ。ただ国の規模は小さいけど多くの国と国境を接しているため商売上は交易路の中心として重要な国となる。
父様はそこにローラン家の名産品であるイナ麦を買ってもらおうという狙いがある。きっかけは公国と国境を交える辺境伯にうちのイナ麦が気に入られたことにある。
辺境伯はオムス公国と交易協定を結ぶことを成功させたことで王国内の株もかなり上がり、その実績を買われ現在は王国の外交の要として手腕を振るっているらしい。
とにかく父様としてはなんとしてもこの交渉を上手く纏めたいと考えているようで、そのためにもこの舞踏会は大事なんだとか。
何せ今は外務大臣であり侯爵の位を賜ったアザーズ侯の計らいでオムス公と引き合わせて貰えるらしいからね。
ただ、そうなると僕としては色々と疑問が残る。
「そんな大事な席に僕たちがついていってもよろしいのですか?」
そう。つまるところ今回の舞踏会は大人同士の大事な交渉の場でもある。まぁ正式なものは後日になるだろうけど、そんなところに僕たちみたいな子どもが同行したら邪魔になってしまうだろう。
「当然であろう。むしろこのような場だからだ。我が息子として生まれてきてくれた奇跡の再来、大賢者マゼルのことはぜひとも紹介したい。それに誉れ高いナムライ家開催の舞踏会ともなれば他方の所領から有力者が集まる。大賢者マゼルをアピールする上で最高の舞台だ!」
「僕を大賢者扱いするのはやめて欲しいのですが……」
「そして我が家には目に入れても痛くないほどに可愛らしいラーサもいる! ドレスも新調したし2人とも注目されること間違いなし! 舞踏会の主役の座は貰ったも同然ハッハッハ」
豪快に笑ってご機嫌ですね父様。はぁ、それにしても話を聞いて僕は逆に気が重くなってしまった。
こんなことで目立ちたくはないんだよね。大体僕のは魔法じゃないんだし。それなのに大賢者って前世でもそうだったけど騙してるようで心苦しいな。
「お兄様と一緒に舞踏会……ふふふ」
「ラーサは嬉しそうだね。嫌じゃないの舞踏会?」
「嫌だなんてとんでもない!」
う~ん、やっぱり女の子は舞踏会みたいな場が好きなんだろうね。前世でも舞踏会では特に女性が張り切っていたし。
何せ女性にとっては有力な貴族とお近づきになれる絶好の場だ。だから当時も女性陣は気合の入り方が違った。化粧もバッチリ決めてやたらと裾の広がったスカートをはいて胸元のバッチリ空いたドレスなんて身にまとって、何か執念じみたものを感じてちょっと怖かった記憶がある。
まぁそんな女性も僕には全く近寄ってこなかったんだけどね。あぁ、女の子に全く愛されず出会いの機会すらなかった黒歴史が脳裏に――
そういえばナイスはそんな僕をよく励ましてくれたっけかな。あと、舞踏会で色目を使ってくるような女なんて所詮金や権力目当てで碌なもんじゃないのですから、と鼻息も荒かったっけ。
「お兄様、どうかされましたか?」
「うん、ちょっと黒歴史を思い出して……」
「黒歴史?」
「いや! なんでもないこっちの話!」
首をコテンっとさせる妹相手に必死にごまかす。ふぅ、しかし一つ一つの仕草が相変わらずかわいいな。
「新調してもらったドレスをお兄様に見てもらうのが楽しみです」
「うん? でもドレスなら別に屋敷でもみれるんじゃない?」
「……お兄様の唯一の欠点はそういうところですね」
うん? 僕何か悪いこと言ったかな? 何か不機嫌になってしまった。
楽しみにしてるよって頭を撫でてみたらまた上機嫌になったけど。
とにかく、そうこうしているうちに舞踏会に行く日がやってきた。
辺境伯は主要となる街から少し離れた高台の上にある城を居城にしていて舞踏会はそこで執り行われるとのこと。
俗に言うお城の舞踏会って奴だ。ここからだと馬車で5日ほど掛かる。
「やぁ、あたいらが護衛を務めさせてもらう【破角の牝牛】だよろしくな」
「あぁよろしく。でも全員女性なんだねぇ」
長旅になるからね。当然護衛もつくわけで冒険者ギルドから4人の冒険者が派遣されてきた。
父様の言う通り4人とも女性。リーダーを名乗る女性は黒髪で綺麗というよりかっこいいといった表現がピッタリ来る。名前はカトレアというらしい。
「女だからって馬鹿にしてると痛い目見るよ。あたしはこのカトラスの扱いに関しては定評があるんだ。やってきたゲスな族共の首を数え切れないほど狩ってきたしねぇ」
カトラスは刀身が湾曲した剣だ。切ることに特化しているのと刃が薄いので鎧の隙間にするりと入る。全身を鎧で固められた相手でも達人なら隙間をうまく狙って倒してしまう。
「ふふ、あたいの剣はねぇ、血を求めてるのさ――痛っ!」
「姉御大丈夫~?」
「また舌きっちゃったんですか?」
「もう、だから刃に舌を這わせるのは危ないっていつも言ってるのに」
「う、うるせぇ! あたいらみたいな女冒険者は舐められた終わりなんだよ!」
なにこれかわいい。さっきまで怖そうな人だなって思ったけど、刃で舌を切ってちょっと涙目だし。でも確かに危ないからそれはやめたほうがいいかもね。
「……本当に大丈夫なのか?」
「な! こ、これでもあたいはBランク冒険者なんだからね! 心配ご無用だよ! だから無体だからチェンジはしないでおくれよ~」
「うちらもう10日仕事なかったんですよ~」
「もう資金もカツカツで……」
「もう薬草鍋は嫌なんです~」
なんというか護衛を引き受けた理由が切実だった。急にかわいそうに見えてきたぞ。
「父様、僕からもお願いです。何より悪い人じゃなさそうですし」
「いや、そりゃ護衛が悪人だったらそもそも大問題なんだが、まぁ大賢者マゼルがそこまで言うなら」
「え! 大賢者! 貴方様があの!?」
「伯爵の護衛とは聞いていたけど、まさか時の救世主にして史上最強の大賢者マゼル様のお側で護衛が出来るなんて!」
「大賢者って凄いのか?」
「何言ってるんですか姉御! 有名人ですよ! あのデススパイダーとヘヴィービートルを倒した御方なんですか!」
「ぎょえぇええええええ! あの最悪の魔物を!」
「父様やっぱりチェンジで」
「「「「なぜ!?」」」」
そういうの本当勘弁して欲しいんだけど……何かとんでもない噂が広まってやしないだろうか? 冒険者にまでこんな風に扱われるなんて……。
「むむぅ、お兄様の名声が拡がるのは嬉しい限りなのですが、それが全員女性というのが、うむむぅ……」
そして何故かラーサが一人唸りながら頭を抱えていた。
「でも、そんなに強いのにあたいらの護衛なんているのかな?」
「姉御! そこに触れたらだめ!」
「お仕事がないとうちらの生活が!」
「もう野宿はいやですよ~」
なんか気の毒だけどどことなくかわいいぞこのパーティー。
とにかく、予定通り護衛は破角の牝牛にお願いして僕たちは町を出た。
冒険者の面子は剣士、魔術士、弓師、元盗賊という感じだった。
最後の一人がちょっと気になったけど、どうやら前は3人だった彼女たちが捕まえた盗賊の1人で、腕が立つから盗賊から足を洗うことを条件に仲間に加えたそうな。
意外と冒険者という仕事にはこういうことも多いようで、盗賊から冒険者に鞍替えというパターンは多いそうだ。
盗賊は盗賊の間だけに伝わる盗賊魔法というのもあって仲間になってくれたら頼りになることも多いそうだ。
もちろんあまりに罪が重い場合は難しいけどね。やってきた悪事が大したことない場合限定の処置だ。
ということを教えてくれたのは元盗賊のアッシュさんだけどね。
「ちなみにその盗賊魔法を生み出すきっかけになったのはあの大賢者マゼルなんだぜ? 勿論伝説の方なんだけど」
「え! そうなの!?」
「あぁ。といっても大賢者マゼル様はあくまで人助けのため。当時悪政に苦しんでいたとある村の人々は仕方なく貴族限定で盗賊行為を行っていたんだけど結局マゼル様に見つかってね。そしたらマゼル様は村が生き残るために魔法で迷宮を一つ見つけてくれてしかも迷宮探索に役立つ魔法の数々を授けてくれた。これが後に盗賊魔法として知れ渡ったのさ」
いやいや知らないし! なにその伝説!
……いや待てよ、確かに食い違いはあるけど、たまたま立ち寄った村が盗賊の村でナイスが返り討ちにしてくれたんだけど話を聞いたら可愛そうになってきて、食うものにもこまってるというから食べられそうなものを狩りにいったら丁度いいジューシーボアがいて殴ったら勢い余った地面が崩れてそこにたまたま迷宮があったんだよ。
そして村人に話して一緒に迷宮に潜ったけど、なんかその時いちいち村人が驚いていて、その度にナイスが説明していたような……。
「盗賊魔法ってどういうものなのですか?」
「う~んそうだな~例えば生まれかけの迷宮を探す迷宮探知魔法とか。ちなみにこれ大賢者マゼルは馬車で半日掛かる場所の迷宮を見事掘り当てたらしい」
いやいや違うから! だからそれたまたま! まぁそれがあってから迷宮の発する気配が判るようになって、たまに隣国の迷宮とかみつけちゃったりしたけど!
「あと凄いのはあれだ罠解除魔法だな。どんな罠でもマゼル様は魔法であっさり解いたらしい」
それも違う! むしろそっち系は不得意で毎回罠に引っかかってたからね! どういうわけかどの罠も殺傷力低かったから無傷に終わったけど!
「あとは相当な広範囲まで看破してしまう探知魔法だな。大賢者マゼル様はこの魔法で瞬時に迷宮の構造から敵の配置まで把握できたらしいぜ」
それも気配で察しているだけだから! 魔法じゃなくて物理だからね!
「あとはなんといっても隠蔽魔法だな大賢者マゼル様は自由に姿を消すことが出来たんだぜ、凄いよな!」
それも違うよ……それはただ存在感を0以下にまでして空気になり消えたように見せかけただけで、やっぱり物理だから!
「やっぱり大賢者マゼル様はすごかったのですね。でも、お兄様はもっとすごい存在になると私は思ってます!」
「いや、そ、それはどうかな……」
「いやいや大賢者マゼルは7歳の時点であの伝説の魔法を使いこなしたほどだからな。当然期待はできる!」
いや、だからそれ魔法じゃないから~~~~!
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