第4話 魔力0の大賢者、転生後はじめて魔物を狩る

 デススパイダーは僕も生前よく出くわした魔物だ。夜行性で森の中で基本活動する。餌は自分以外の生物全てといったところで、体内に強力な毒を宿し、それを利用して獲物を仕留める。


 このあたりのグリーンウルフが一斉に森から逃げ出して畑を荒らしているのは間違いなくこの魔物のせいだな。


 デススパイダーは食欲旺盛で夜になると積極的に獲物を狩る。1匹とはいえ動きが速く気配を消すのが上手い。


 正直グリーンウルフでは手も足も出ない相手だ。ただ、単体なので冒険者がパーティーを組んで相手すれば勝てないこともない。


 ただ、相手が格上となるとすぐ姿をくらますしたたかな魔物だしね。それでなかなか原因が突き止められなかったのかも。


 何より夜はグリーンウルフも活動する時間帯だ。つまり畑を狙われるのは自然と夜が多くなり、冒険者が畑の周りを見回るのもその時間が多くなる。


 そちらを優先させていたら中々夜の森にまでは手が回らないのかもしれない。


 さて、どうしようか。方法としては僕が町に戻ってデススパイダーのことを教えるという手もあるけどそれだと勝手に街を抜け出したのがばれるな。 


 その方法にまで言及されたら厄介だし、ふむ。よし、ここで倒しちゃおう。


 僕は食事中のデススパイダーの前に敢えて姿を晒す。案の定デススパイダーは僕に気が付き、干からびかけたグリーンウルフを頭を振って放り投げた。


 デススパイダー神経性の毒を注入し動けなくさせた上で牙で液状化した相手を内側から食らう魔物だ。尤も食うというより吸うが近いけど。


 デススパイダーの毒にはそういった効果もある。あまり戦闘に関わりのない人からすれば相当恐ろしい魔物に見えることだろう。


「シャー!」


 デススパイダーが僕を威嚇してくる。多脚をカサカサ動かしながら赤い瞳で僕を観察してくる。


 そして――僕に向けて突っかかってきた。完全に僕を獲物と判断したな。この手の魔物にとって1番の餌はやっぱり人間だから、狩れると判断したら行動は早い。


 特に長い前脚の2本を挟むように振ってきた。軽く後方に飛びそれを避けるが、それを認めた上で口から毒液を浴びせてきた。


 紫色の毒液が僕に掛かる。デススパイダーは嬉しそうに顎から飛び出てる牙をワシャワシャと動かした。

 

 この毒も神経性の毒で、即効性がある。喰らえばその場で体の自由が奪われ後は餌になるのを待つばかりだ。


 尤も、それが僕でなければだけどね。


「やっぱり、毒の成分は変わってないみたいだね」

「シャー!?」


 デススパイダーが呻いた。きっと僕が平気で立っていられることに疑問をいだいているんだろうな。


「悪いけど前世で散々修行させられたからね。だからあらゆる毒に対する抗体が出来上がっているから僕に毒は効かないんだよ」


 言っている意味を理解しているかはわからないけど、戸惑っているのは感じられた。

 

「さて、今度は僕からだけど、あまり傷つけずに倒したいし――」


 殴ったり蹴ったりでも楽に勝てるけど、デススパイダーが今回の騒動の原因だと伝える為に出来るだけ見た目は変えたくない。


 そうなるとやっぱこの手かな。デススパイダーは脚をしきりに動かして僕を中心に回転するように動き出した。


 毒が効かないとわかったから、爪で仕留めにかかるつもりなんだろう。油断したところでブスッといきたいんだろうけど、僕も黙ってやられるつもりはない。


 右手を上げて、指先に集中することで滲み出た汗が指先に集中した。その上で蠢くデススパイダーに向けて腕を振る。


 すると指先に集中した汗が球になってデススパイダーの顎に命中した。途端にデススパイダの脚が動きを止め、そのまま仰向けにひっくり返った。


 ピクピクと脚が痙攣している。どうやら上手くいったようだね。


 僕の体にはあらゆる毒を無効化する抗体が存在する。そして僕は修業によって体内の成分を自由自在に変化できるようになった。


 抗体は毒に対しての薬でもあるけど、濃度を上げることで猛毒にもなりえる。

 そう、今やったことは僕の体内に存在する抗体の濃度を数億倍にまで上げて、逆に相手に浴びせるという行為だ。


 顎にぶつけたことで体内にまで侵入した僕の抗体は容赦なく内側からこの魔物を蹂躙し、身動きを取れなくしたわけだ。


 そして、間もなくしてデススパイダーの赤い瞳から光が消えた。毒で相手を仕留めるのが得意な魔物が逆に毒にやられるなんて皮肉なものだね。


 さてと、後はこのデススパイダーをどうするかだけど……流石に僕が町まで運ぶわけにはいかないね。


 だから僕はデススパイダーを担いで適当な目につくところに放置し、町へ戻った。これで朝になれば冒険者あたりが見つけてギルドに報告してくれるだろうし、そうすればこの異常事態の原因もわかってくれるだろう。


 何はともあれ、これで問題もきっと解決だね!






◇◆◇


 私はマゼルの町に設けられた冒険者ギルドのマスターのドドリゲフ。 

 マスターの席に座らせてもらってからは今年で3年目。マスターとしてはまだまだ若いが、これまで無難に仕事をこなしてきた。


 この町とその周辺は比較的平和だ。だからこれまではあまり大きなトラブルに巻き込まれることなく過ごせてきた。


 だが、ここに来てちょっとした厄介事を抱え込むことになってしまった。

 魔物による作物の被害が大きく増えたのだ。


 その犯人は西の森を縄張りにしている魔物グリーンウルフ。名前には森の中で行動しているという意味と、毛並みが緑がかっているという2つの点に掛かっている。


 この魔物、基本的には森のなかでしか過ごさない。だが中にははぐれと呼ばれる変わり者がいて、そういったタイプが森から出てきて畑を荒らすことは時折はあった。


 しかし、その程度ならば依頼によって冒険者が向かいすぐに片がつく。

 グリーンウルフとはその程度の魔物だ。勿論森のなかでは群れを作って動くため脅威度はますが、それでもDランクの冒険者がパーティーを組んで戦えばそこまで苦労することはない。


 1番下がEランクなので下から2番目程度のランクでも対処が可能ということだ。

 グリーンウルフの毛皮は手頃な防寒具の素材として役立つため、秋頃になると依頼があつまり、それにあわせて冒険者も西の森に狩りに向かったりする。


 なのでこの町で暮らす冒険者にとっては勝手知ったる相手であり、多少グリーンウルフが暴れてるからといって恐れることはなにもない。


 だが、それでも私が頭を悩ませているのはその数だ。大量のグリーンウルフが西の森を出て、餌を求めて畑を荒らしているのだ。

 

 それに言ってもグリーンウルフは獰猛な魔物だ。これだけ増えると商人への影響も懸念される。

 

 この事態にいち早く動き出したのは我らが領主様だ。伯爵という立場にいながら使用人に頼むでもなく自らギルドまでやってきて、事態の早期解決に役立てて欲しいと金貨500枚も置いていってくれた。


 通常はぐれのグリーンウルフを狩る場合の依頼料の相場は1匹あたり銀貨1枚に銅貨5枚といったところだ。金貨1枚が銀貨10枚であることを考えればどれだけ破格かが判るというものだろう。


 勿論うちに所属する冒険者も張り切ったものだが、何せ数が数だ。うちのギルドに所属する冒険者数は30名程度だが、西の森から出てきたグリーンウルフは3倍を超えるとの知らせも受けている。


 なので単純に手が足りないのだ。尤も何の対応策も打たなかったわけではない。


 そもそも森からグリーンウルフが一斉に出てくるのがおかしいのだ。だから私はすぐに気がついた。このグリーンウルフ共は何かを恐れて逃げ出してきたのではないかと。


 すぐに西の森へ調査部隊を出した。感知能力に長けた冒険者達だった。そして案の定原因は森のなかにいた。


 しかし、それがまた私の頭を悩ませた。なぜなら森を縄張りにするグリーンウルフを震え上がらせたのはあのデススパイダーだったからだ。


 デススパイダーと言えば夜の狩人としても有名だ。闇夜に紛れて気配を消して忍び寄り、その毒でもって相手を仕留める。


 報告によると1匹だけのようだが、獰猛かつ食欲旺盛な魔物だ。1匹だけとはいえ活動を始めれば一晩でグリーンウルフ程度数十匹は食らってしまう。


 デススパイダーとはそれほどの相手だ。討伐に必要な推奨ランクもAランクの冒険者を含むパーティーとされている。

 

 だが、このギルドに所属する冒険者のランクは最大でもBランク。しかも数も数名しかいない。


 デススパイダーで尤も恐ろしいのはその毒だ。牙による毒攻撃は勿論、毒液を吹き出してきたりもする。体液にも毒があり、剣で切りつけたりすると体液によって腐食するから接近戦が挑めない。


 なのである程度の魔法が使いこなせる魔術士や遠距離から攻撃できる弓使いなどが必須。それにいざという時の為に、毒に対処できる神官も必要だ。


 だが、あの毒に対処できるような神官はこの町にはいない。魔術士にしても火力不足だ。


 つまりうちのギルドだけでは厳しいということであり、故に他の町のギルドに応援要請を出させてもらったわけだが――残念ながら良い返事をもらうことが出来なかった。


 こういうときに限って他の町でも厄介な案件を抱えていたりするものだ。本当にタイミングが悪い。


 はぁ、しかしこのままというわけにはいかないだろうな……なんとかしないと……。


「た、大変ですマスター! 大変です!」


 私が一人頭を悩ませていると、受付嬢が息せき切って部屋に飛び込んできた。


 全く、この大変なときに騒々しいな。


「何だい? また冒険者同士で喧嘩でもしてるのか?」


 冒険者には荒くれ者も多いからな。喧嘩なんてものは日常茶飯事だ。


「悪いんだが、西の森の件で私も忙しいんだ。ギルドの揉め事は適当に……」

「ち、違うんです! いえ、ちがうというか、その西の森のデススパイダーが討伐されたんですよ!」

「はいはい。デススパイダーの討伐ね。わかったわかった。そんなことよりも今は西の森のデススパイダーの問題が、問題が、はぁあああああ!?」


 私は受付嬢の知らせを受けすぐに解体所へ向かった。そこには確かにデススパイダーの遺骸が寝かされている。


「ほ、本当にデススパイダーだ……一体誰がこれを!?」

「それが不明なんです。街道の脇に放置されていたのを通りがかりの冒険者が見つけたみたいで……」


 なんてことだ。ちなみに見つけた冒険者は自分ではないと断言したそうだ。何より見つけたのはDランクの冒険者パーティーであり実力的にこれを倒すのは不可能だ。そのパーティーが違うと正直に言ったのも下手にデススパイダーを倒したと噂が立って、似たような魔物が出た時に頼りにされるのを懸念したのかもしれない。賢い判断だ。


「しっかしこんなのが西の森に出てくるとはなぁ。体重が1500kgだぜ? 牛よりもデカいこれをよく倒したもんだな」


 確かにデススパイダーの中でもこれは相当大きい。こんなのに襲われたらと思うとゾッとする。


「しかし、見たところ外傷がない気がするんだけど、死因はなんなんだい?」

「ま、魔法だろうな」


 その答えはある程度予想できた。デススパイダーを倒すとしたらやはり魔法が無難だろう。


「やはり魔法か……にしても、一体どんな魔法を?」

「それなんだけどよ、驚いたことに多分これは毒魔法なんだよ」


 解体師の職人が言う。私はそれに戸惑いを覚えた。なぜならデススパイダーは自身が強力な毒を有する魔物だからだ。その分毒への抵抗も強くデススパイダーが毒にやられるなどにわかには信じがたい。


「その根拠は?」

「それはこのデススパイダーが見事に毒に侵されて死亡してるからだが、重要なのはその毒が明らかに自然のものではないということだ」


 なんということだ。解体師は仕事柄毒への知識もそれ相応にある。毒を素材として取り出すこともあるからだ。


 その彼がここまではっきり言うのだからきっと間違いないのだろう。そして自然にない毒となれば考えられるのは当然魔法によるものということになる。


 しかしデススパイダーほどの相手を逆に毒で倒すとは……一体どれほどの魔法の使い手による所為なのか……。


 ふと、私の脳裏にゼロの大賢者という名前が浮かび上がった。そもそも毒魔法という概念が広まったのはゼロの大賢者の偉業によるところが大きい。 


 伝承ではかつて大賢者はデススパイダーよりも更に凶悪な毒を有するアナンシを逆に毒を生み出す魔法であるデスアダーを行使し打倒したとされている。


 そしてその魔法をきっかけとして毒魔法の研究が始まり、今では一つの属性と認知されるまでになった。だが、それであってもかつて時の大賢者マゼルが行使した超毒魔法デスアダーを再現することは叶わなかったという。


 そんな事を考えていた私だが、ふと、伯爵がゼロの大賢者の再来とまで喜んだ子がいる事を思い出した。


 その子はかの大賢者と同じく魔力が0のままこの世に生を受けた。故に後の大賢者と期待されているわけだが――しかし確かまだ今年で7歳になったばかりの子どもだ。


 そんな子どもがデススパイダーを倒せるわけがないし、一説では大賢者は大器晩成型とも言われている。


 そう考えると、しかし、だが、ならば一体誰がこれをやったというのだろうか――

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