第5話 魔力0の大賢者、狩りに挑む

 デススパイダーをこっそり倒してから3ヶ月が過ぎた。今日僕と妹は父様に連れられて西の森まで来ている。


 一時期は危険だからと町の住人にも森へ近づくのを禁止とされていたけど、森の脅威がなくなったのでそれも解除された。


 グリーンウルフもデススパイダーが消えてからは森に戻っていって畑の被害も減ったし良かった良かった。


 あれは結局誰がやったかは判ってないって話で、僕がやっただなんて夢にも思われていないようだ。


「この森にはちょっと前に危険な魔物がいついていたんだけどな。どうやら何者かによって討伐されたようなんだ」

「うわぁ~凄いね~」


 子どもらしく驚いたフリをしておく。

 父さんはこう言ってるけど所詮はデススパイダーだし、冒険者がちょっと本気を出せば余裕で倒せる程度の魔物だ。


 だから誰が倒していたとしてもおかしくはないよね。


「お兄様がやったのですよね? 凄いです!」


 ……妹のラーサが耳打ちしてきた。凄いって目で僕を見てくれている。

 相変わらずラーサは可愛いし、妹に尊敬されるのは兄として誇らしいけど、それでもここは曖昧な笑いで答えておいた。

 

 デススパイダーは冒険者が倒してる分には何の自慢にもならない魔物だと思うけど、流石に7歳の子どもが相手するのは不自然が過ぎるだろうし。


「ちなみに私は後の大賢者マゼルが問題の魔物、デススパイダーを倒したと思ってるんだがどうだ?」

「え? な、何を言ってるのですか父様。そ、そそそそ、そんなわけないじゃありませんか~イヤダナー」


 びっくりした! 父様も何気なくそういう事言うのやめてほしい。冗談で言ってるとは思うけど少し慌ててしまったよ。


「流石はお父様。お兄様の可能性に気づかれてます!」

「いや、勘違いだし、買いかぶり過ぎだからね」


 妹が純粋すぎて参ってしまう。とは言え、父様は僕が魔法を使える日が来るのを今か今かと待ちわびてるようだ。


 大器晩成だからと言ってはいたけど、どうしても気になるみたいだね。

 だけど、本当は魔法なんて使えないし、なんとも申し訳ない気持ちになる。魔法が使えるか使えないかで言えば今後も使えない可能性が高いし。


「おぉ、これはちょうど良い獲物がいたぞ。ふたりとも試してみるか?」


 父が指さした方向には野うさぎの姿。もしゃもしゃと下草を貪っている。


「僕はまだ魔法がつかえませんし、弓も苦手なので」


 遠慮しておく。別に兎を狩ることにためらいはない。前世でも食べるために狩ることはよくあった。ただ、前世から弓は苦手だった。それに必要もなかったしね。弓を扱うぐらいなら拳で殴ったり手刀で切ったほうが早いし、射程も弓より遥かに長い。


 尤も、そんなことをこの場で話すわけにもいかないけどね。


「ふむ、後の大賢者マゼルがどの程度出来るか見てみたかったかものだが」


 父様……いい加減その枕詞をやめてほしいのだけど……。


「ならばラーサはどうだ?」

「やってみます」

 

 妹がうなずき、一歩前に出た。意外かも。兎なんかは女の子は狩るのに忌避感があるかとおもった。


 でも、将来魔術士や魔導師としてやっていくつもりならたしかに可愛そうとかいってられないもんね。ラーサには僕と違ってその才能があるし。


「兄様、私、がんばりますね!」

「はは、ラーサは本当に後の大賢者マゼルの前だと張り切るな」


 また言ってる……もう諦める他ないのか。魔法も使えないのに大賢者扱いされるのはこそばゆい気がしてならない。


「緑の凪、刻みの空、風の傷、追い立てよ刃――エアロカッター!」


 ラーサが魔法を唱えると風の刃が飛んでいき、スパンっと野うさぎを切りつけ見事仕留めた。


「やった! やりましたよお兄様!」

「うん、凄いよラーサ。魔法の腕も確実に上昇してるよね」


 精度も高いし、飛んでいくスピードも早い。野うさぎはきっと何が起きたかも痛みすら感じることがなかったはずだ。


「す、凄いですか?」

「うん、凄いよ」

「……褒めてくれますか?」

「え? あ、うん! 本当に凄いよ!」

「……むぅ~」


 なんだろ? これでも一生懸命褒めてるつもりなのに何故かラーサが不満そうだ。


「――凄いじゃないかラーサ」

「ありがとうございますお父様」


 すると、父様もラーサを褒め、頭をなでた。親子で仲がいいというのはいいものだよね。凄く微笑ましく思うよ。


「じーーーー」


 そして父様が撫で終えると、ラーサが僕の方を見つめてきた。何かを期待しているような、そんな目だ。


 ……もしかして、いやでも、そうなんだろうか?


「す、すごいねラーサ」

「はぅん! えへ、えへへへへへぇ~」


 試しに、父様を見習ってラーサの頭をなでなでして上げると、何やら顔の繊維がほろほろと解けたような、そんな笑顔を見せてくれた。


 どうやらラーサは撫でられるのが好きらしい。


「ふむ、私より後の大賢者マゼルに撫でられる方が嬉しそうだな。流石は後の大賢者だけある」


 それは父様の勘違いだと思う。僕から見ればやっぱり父様に撫でられてるほうが嬉しそうに見えたし。


「さて、そろそろ後の大賢者マゼルの狩りも見てみたいんだが……」

「僕は父様の狩りが見てみたいです!」

「むぅ、そう来たか。ならば――」

 

 父様は僕への期待値が高すぎる。とにかく上手くはぐらかしておきたいところ。


「ならば、あのグリーンウルフを狙うとするか。ラーサは念の為下がっていなさい」

「え~と……僕は?」

「あっはっは! お前は冗談が上手いな。後の大賢者マゼルがグリーンウルフ程度に遅れを取るわけがなかろう」


 すごい自信だ。僕のことなのに。まだ魔法も使えないのに。そもそも今後も使えないと思うけど。


 ま、確かに負ける相手ではないけどね。


「さて、狩るぞ」

「父様がんばって」

「父様ファイトです!」


 僕とラーサが応援し、見守っている中、父様は弓に矢を番え、力いっぽい弦を引き絞っていった。


 全身に魔力も循環している。この流れは自己強化魔法を使っているな。

 魔力もなくて、魔法も使えない僕だけど、見たものの魔力の流れはなんとなく判る。それもこれも師匠の教えがあったからだ。

 

 前世では師匠から氣の扱い方も指導してもらったからね。その影響で魔力の流れも見える。


 そして今まさに矢が放たれると、そう思っていた瞬間、ドスンッ! と何かがグリーンウルフの上に落ちてきた。


 下敷きになったグリーンウルフは一溜まりもなかったようだ。その巨体によって圧死してしまった。

 

 それにしても、これは――


「な! 馬鹿な! へヴィービートルだと!?」

 

 父様が驚きの声を上げた。折角父様が狙いをつけていたグリーンウルフを横取りしてきたのは、大型のカブトムシといった姿の魔物だった。


 それにしてもデススパイダーといい、ここは昆虫系の魔物が多いね。


「くそ! ここは私が食い止めるからお前達は逃げろ!」


 すると、慌てた様子で父様が僕たちに命じる。


「に、兄様! 父様が!」

「うん? あぁそうだね。どうやら父様は狩りのターゲットをあの魔物に変えたようだね」

「……え? あ、でも、何かそういう問題でもないような……」

 

 思案顔でラーサが言う。何かおかしなこと言ったかな僕?


 だって相手はたかが大きなカブトムシだし、父様なら楽勝だと思うんだけどなぁ。慌ててるのは突然降ってきたから驚いたってところかな?


「何をしているお前たち早く遠くへ逃げるんだ!」


 うん? なんだろ? 遠くへ逃げろって?


「近くで狩りのようすを見て無くてよろしいのですか?」

「な、なに? は、はは。なるほど流石我が息子! 後の大賢者マゼルだけある! だが、いくらマゼルでもこの魔物は早い。こんな場所で死んでいいわけがないのだ! だから私には構わず逃げろ!」

「お、お兄様……」


 う~ん……つまりこの程度の相手、父様なら楽勝だけど万が一ということもある。だから僕たちには逃げろってことなんだろうな。


 うん、それなら判るね。じゃあラーサを連れて父様の狩りのじゃまにならないようなところまで。


――バサバサバサ。


「は、しまった! マゼル、ラーサ!」


 だが、そううまく行かず、というよりは父様の心配が当たったと見るべきか。


 そういえば、こいつある程度飛べるもんな。なのでヘヴィービートルが羽を広げて俺たちの頭上まで飛んできた。


 すると奴の胴体が淡く光り、かと思えば僕たち2人に向けて空から突撃を仕掛けてきた。


 ヘヴィービートルは攻撃手段がワンパターンで動きもそんなに早くない。

 だけど、唯一自分の体重を重くする魔法が使える。そして魔法によって重量が増してから突撃してくる。


「キャ~お兄様~!」

 

 すると迫ってくる魔物を見て妹が悲鳴を上げた。恐怖で肩が震えてもいて、それを見たとき、僕の中で何かが弾けた。


「僕の愛妹を――いじめるなァアアァアア!」

「――ッ!?」


 気がついたら、僕は空から突撃してきたヘブィービートルに向けて怒鳴り声を上げていた――すると魔物はあっさりと頭だけを残して粉々に砕け散ってしまった。


 あれれ~? ちょっと大声出しすぎたかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る