第3話 魔力0の大賢者、問題に取り掛かる

 あれからまた2年が過ぎて、僕は7歳になった。


「見てみろよ~ほら俺の指~もう火が点くんだぜ~」

「おお、すっげー!」

「はん、そんなことたいしたことないぜ。俺なんて、火元の燃、赤き紅、熱し礫――ファイヤーボルト!」

「わ! 枝に火が! すげー!」


 僕たちの目の前では変わらない年頃の子どもたちが覚えたての魔法を披露しあっていた。


 今日は5歳になった妹を連れて町に繰り出している。ここは伯爵である父様の領地内にある町で丘の上にある屋敷からも一望できる。


 父様はこの町を僕が生まれた瞬間からマゼルの町に改名してしまった。恥ずかしいからやめてほしいんだけどね。


 人口は5000人程度でわりかしのどかで落ち着いた町だ。都と呼ばれるような大きな街みたいに道路全体が石畳みたいなこともないけど、平和で過ごしやすい町だ。

  

 子供の数が多く昼間ははしゃぐ子どもの声が響き渡る明るい町でもある。


 父様はこの町の他に領内に村を5つ抱えている。農業が盛んでわりと重要な穀倉地帯でもある。何よりイナ麦を唯一生産しているというのも大きい。


 尤も父はそれでも他の伯爵家に比べたら大したことはないんだ、なんて事を言ってたりするけどね。でも領主としてはかなり愛されてるようで、領民の評判も上々だったりする。

 

 僕や妹のラーサがこうやって町で他の子と遊べるのは父の方針によるところも大きい。

 父は僕が将来この世界を背負って立つ大賢者になると信じて疑ってないようだけど、だからこそ色々な人々と触れ合っておくべきだとそう信じている。


 これは先代、つまり僕のお爺ちゃんの時代から変わらない方針で何も僕だけが特別ってわけじゃないようだけど、その理由がかつての大賢者がどんな人間とでも分け隔てなく接していたからという理由からなようだ。


 うん、つまり僕のやっていたことがそのままローラン家の指針になってしまってるってことだ。正直そこまで大層なことしてきたつもりがないんだけどな……。


 でも、おかげでこうやって町にでて自由に動き回れるんだから良しとしようかな。


「みんな甘いよ! ほらほら、ラーサちゃんなんてもっと凄いんだから~」

 

 すると、子どもたちの魔法を見ていた三つ編みの女の子がラーサを名指しながら得意気に言った。


「吠える緑、閉じる大気、ざわめく風、弾けよ衝撃、ウィンドブレイク!」


 それに答えるようにラーサが詠唱し、2年の間に更に増えたレパートリーの一部を披露する。。

 

 狙いはさっきのガキ大将っぽい少年が火を付けた枝だったようで、ラーサの行使した魔法で突風が起きて火が消えた。


「わ、火が風で! すげー」

「こんな魔法が使えるなんて……負けた! 俺と結婚してくれ!」

「絶対ゆるさん!」

「な、なんでマゼルが出てくるんだよ……」


 当然だ。まだ5歳の妹を嫁になどくれてやってたまるか!


「私からもごめんなさい」

「振られた~」


 がび~んって感じに慄いたな。当然だまだ早いしお兄ちゃんの目の黒いうちは絶対に許さん!


「でもラーサちゃん、もういろんな魔法が使えて凄いよね~」

「ううん。そんなことないよ。私なんて風魔法だけだし、もっとすごい魔法使える人はいるもん」


 チラチラと僕を覗いつつラーサが答えた。あれから時折妹は僕に魔法を見せてと頼んでくる。

 

 だから妹にだけ見せてあげてるけど、魔法じゃないからな~少し心苦しい。


 それにしても、少しずつだけど妹も大人びてきてる気がする。以前は自分のこと名前で読んでたのにいつの間にか私になってたし。


「そういえばマゼルは魔法使えるようになったのか~?」

「いや、僕はまだ使えないんだ」

「そうなのか? ふ~ん……」


 マジマジと僕を見ながらガキ大将っぽい少年が言った。

 

 あぁ、何かちょっと思い出すな。前世では魔力0だったからそれで良くバカにされたものだ。


「父さんから聞いたとおりだな」

「聞いたとおり?」

「おう、マゼルは大器晩成なんだって父さんが言ってたんだ。だから今は魔法が使えなくても後から凄い大賢者になるんだろ? 俺、応援してるぜ!」

「え? あ、ありがとう」


 なんてこった。思ったのと違った反応でびっくりした。どうやら父さんが良く僕に言ってることは町でも知れ渡ってるらしい。

 

 それはそれで今は助かるけど、将来に過度な期待されるのは弱りものかも。


「うぅ、兄様は本当は凄いのに……」


 するといつの間にか僕の隣に立っていたラーサが悔しそうに呟いた。


 別にバカにされたわけではないから気にしなくていいんだけど、魔法が使えないと思われていることに妹は納得できてない様子だ。


 でも、実際に魔法は使えてないからね。


「うん、お~いネガメ~! お前もこっち来て遊ばないか~?」


 ガキ大将っぽい彼が手を上げて道行く少年を読んだ。メガネを掛けた少年はこっちに気づいたけど、どこか浮かない顔をしていた。


「ゴメン……今日はいいやぁ」


 そう言ってトボトボと去っていく。


「ネガメの奴、何か元気ないな」

「多分畑のことじゃないかな?」

「畑? あ、そういえば魔物に狙われたんだっけ?」

「そうそう。グリーンウルフに畑が食い荒らされてあいつの家も相当被害が出たらしいよ」

「畑仕事よく手伝ってたし、それでショックが大きいのかもね」

「そういえば私の家もやられたって言ってたよ……」

「本当どうにかなんないのかな?」


 グリーンウルフか……父様も頭を悩ませていた案件だったなそういえば。


 しかし、妙な話かも。グリーンウルフは元々は森のなかで暮らす魔物で縄張りも森にある。勿論中にはひょっこり森の外に出てきて畑を荒らしたり人に危害を加える場合もあるけど、そういったはぐれはあまり多くないし、その場合は単体で出てくる事が殆どだからそこまで被害が拡大する前に冒険者などに撃退されるのが殆どなんだけど。


「マゼルは領主様に何か聞いてるか~?」

「う~ん、父様も被害を聞いて対策には乗り出してるみたいなんだけど解決には至ってないみたいで、ごめんね」

「別にマゼルが謝ることじゃないぜ。それに父さんが言っていたよ。領主様はよくやってくれてるって」

「冒険者ギルドにも領主様自らお金を出してくれてるって聞いたしね」


 ウンウン、と子どもたちが頷いてくれた。どうやら父様に対する不満は今の所でていないようだ。


 実際父様はグリーンウルフの被害が出てからは、すぐ町の冒険者ギルドに顔を出して早期解決に向けて動いて欲しいと資金も提供したようだ。


 実際それを元手に冒険者が見回りをしてかなりのグリーンウルフが狩られているんだけど、狩っても狩っても現れるからきりがないんだとか。


 う~ん、この件は僕も気になってはいたんだけどね。何せ被害にあっているのはローラン伯爵領の名産品でもあるイナ麦だ。


 イナ麦は実は前世の僕が大好きだった米を生み出せる唯一の麦だ。大抵の麦は種子を粉にした後パンに加工されて食すんだけど、イナ麦は採取した種子を蒸したり炊いたりしてそのまま食す。まぁ正確には脱穀や精白は必要なんだけど……元々これは小さな島国でしか育たない作物だったんだけど、僕が好きだと知った当時のナイスが生産地の島に出張して栽培方法を習得してきてくれたんだよね。


 その影響もあってかイナ麦は現在でもローラン家の大事な資金源となっている。現在このイナ麦を生産しているのはローラン伯爵領だけなのだ。

 

 しかしその僕が大好きな米の元であるイナ麦が狙われている……これは由々しき事態とも言えるかもしれない。


 それにしても森を拠点に活動するグリーンウルフが大量に出てくるなんてよっぽどのことがないと考えられないんだけどな。


 グリーンウルフ自体はそこまで強い魔物じゃないけど、数でこられると面倒だろうしなぁ。


 どうやらここにいる皆も困ってるようだし……ちょっと夜にでも様子を見てくるかな――






◇◆◇


 夜も更けてきた頃、僕はこっそり町を抜け出して件の森までやってきた。勿論家族にも内緒だし、壁を飛び越えてきたから門番にも見られていない。


 たどり着いたここは町の西側にある森で大人の足で徒歩30分ぐらいの位置に存在する。三方を小高い丘に囲まれていて、規模は町より一回り大きいぐらいだ。


 夜なので当然視界は狭いけど、僕は夜目が効くから全く問題はない。

 それに前世で師匠に鍛えられたから気配もよくわかる。


 さてと……一体ここで何があったのか、しっかり確認しないとね。

 とりあえず森に入ってすぐ周囲の気配を探ってみた。


 うん? 早速妙な気配が感じられたな。2匹、間違いなく魔物だろうけどそれがここから200歩分ぐらい向かった先にいる、んだけど、1匹はもう虫の息ってところかな……


 とりあえずダッシュで向かったけど、そこには僕が察したとおり2匹の魔物の姿。


 1匹はグリーンウルフ。だけど、既に口から泡を吐いて虫の息だ。


 そしてグリーンウルフに牙を突き刺して、今正に食事中なのは。


「こいつ、デススパイダーか……」

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