栞の道しるべ

藍葉詩依

栞の道しるべ

 誰もいない家にただいまと伝え靴を脱ぎ、玄関すぐ横の扉をあけるとペールアクア色のカーテンが風になびいていた。白を基調とし家具がおかれてるこの部屋は私の部屋だ。

 スクールバッグを机の横に起き、そのままベッドに座る。


 ブレザーのポケットに手を入れ中を探り、先ほど見つけたばかりのものをだした。


 水色の薄い布を2枚重ねハートの形を作り尖っている部分を縫い合わせたもの。ハートの両端には背中合わせのようにイルカがいて、イルカの上とイルカの内側に水しぶきがあり真ん中にはpourと刺繍されている。



 ベットに座るのをやめうつ伏せになりながらハートとにらめっこをし、数時間前のことを思い出す。




 興味持った本を手に取り、数ページだけみては本棚に戻すということを何度か繰り返していた。


 普段小説を読まない私にはタイトルに惹かれても内容が合わなければ最後まで読むのが難しい。


 それでも今回は最後まで読まなければいけなかった。


「なんで読書感想文が高校生にもなってあるの……」

「宿題を全否定するなよ」

 独り言のつもりだったがいつのまにか幼馴染が隣にきていた。


「佑輔は本決まったの?」

「もちろん、お前は?」

「まだー、どうしよう……」

「水族館の小説あっちにあったぜ?」

「え!みてみたい!」


 水族館は好きだ。水族館に行くのと本を読むのが違うというのはもちろん知ってるけど、どうせなら好きなところを舞台にしてる本を読みたい、そう思いはしゃいだ声を出してしまった。


「バッカ、お前声抑えろ!」


 佑輔に怒られ、慌てて周りをみるとはしゃいだ声を聞き司書の人がこちらを見ていた。


「す、すみません……」



 放課後の図書室、それも夏休み前の解放が今日で最後となると人は私と佑輔、司書の人しかいなかった。本来であれば読書感想文の本は自分で買ってもいいことになってるけど今月は金欠。できる限り買いたくない。それでも普段行かない図書室に1人で、というのは難易度が高いと思い佑輔を道連れにした。


「おい、あったぞ」

「あ、うん!」


 佑輔が指を指していたのは水族館のお仕事という本で、中身を見てみようと手に取ろうとしたけど……うぐぅ……届かない……


 ちらっと横をみると佑輔が可笑しそうに声をおさえながら笑っていた。


「笑ってないでとってよ!」

「わりぃ、ほら」


 佑輔から渡され、表紙をみるとかわいい女の子とペンギンの絵が描かれていた。


 先ほどと同じように内容を少し読んでみようと1ページ目を開くとぽとりと音がし、床を見る。佑輔も気付いたようで床をみやった。


「落ちたぜ?ハート」

「え、ハート?」

「だろ?」


 佑輔が床に落ちたものを拾い私に見せてきた。

 確かにハートだがなぜ本に挟まっていたんだろう…… しかし祐介は別のことがきになったようでハートに書かれてるpourの意味について聞いてきた。



「わたしが知ってるわけないでしょ」

「お前もこの栞持ってただろ?」

「え?それ栞なの?てゆうか持ってた……?」

「忘れたのかよ、中学生の朝の読書の時いつもどこまでよんだかわからなくなるっていって皐月さんからいくつか栞もらってただろ?その中にあったぜ?」


 皐月さんというのは私の母だ。たしかに栞をいくつかもらった記憶はあるけど……ハートの栞は記憶にない。


 どっちみち本に挟まっていたのであれば誰かが使い、外すのを忘れていたのだろう。

 そう思い司書に渡そうと思ったが渡し忘れたままマンションの集合玄関まで帰ってきてしまった。


 今日渡さないと次渡せるのは夏休み明けになるがさすがにもう一度学校まで戻るのはめんどくさいため諦めて帰宅し、なにか思い出せないかとハートとにらめっこを始めた訳だが……全く思い出せない……


「仕方がない、ありそうなところ探すかぁ」


 自分のやる気を出そうと声に出し体に力をいれ、立ち上がる。

 あるとすれば小物入れ、クローゼット、なにかの本に挟まってるのどれかだろうと思い小物入れから手を伸ばしたのだが捜し物はあっけなく見つかった。


 図書室で見つけたものと比べると色は少し青よりだが、佑輔が言っていたのはこれだろう。

 手に取りマジマジと見るとやはりこれにもイルカが刺繍されていたが、水しぶきの場所が変わっていて、書かれてるローマ字も違った。


「「place?」」


 1人だったはずの部屋に2人の声が綺麗に重なった。誰なのかというのは声でわかるのだが顔を向けるとやはり佑輔がいた。


「いつも思うんだけど異性の幼馴染が家の鍵持ってるのおかしいと思うんだよね」

「今更だな」


 佑輔は家が2つ隣で同い年というのもあり親子共に仲がよかった。私の父が小学1年生に上がる少し前に他界し、私のお母さんは働きに出た。シングルマザーとなると収入が厳しいという理由でかけもちをしたりして夜は遅くなることが多かった。今は掛け持ちをやめたが出張が多く1人になる日々が日常だった。そんな状況でも寂しくないように、と何かあった時のために、と佑輔のお母さんに合鍵を渡したらしい。


 しかしいつからか佑輔のお母さんではなく、佑輔自身が合鍵を使い来るようになった。

 何も用事がなければ来ないけど年頃の乙女が1人でいるというのに躊躇するということは無いのかな?


「で?なんの用よ」

「マンガ返しに、あとお前進路決めた?」

「サンキュー、進学にしたよ」

「進学にしたのか?フォトグラファーは?」

「趣味でもできるでしょ?私は安定が欲しいし!」


 私の言葉を聞くと佑輔は困ったような顔をした。きっと踏み入っていいのかどうか悩んでいるんだろうなと思う。


 佑輔が聞きたいことはわかっていたけど知らないふりをしわざと栞の話に戻した。


「このハートの栞、placeはわかるけどpourがわからないんだよなぁ」


 佑輔もこれ以上聞かれたくなくわざと話を変えたことを察してくれたのか栞の話に乗ってくれた。


「検索して見れば即わかると思うぞ?」

「それだ!」


 なんで思いつかなかったんだろう!私には強い味方スマートフォンがあるじゃん!


 さっそく私はスカートのポケットからスマートフォンを取り出しpourと調べた。


 主な意味


 注ぐ,つぐ,流す,(…に)注ぐ,ついでやる,(…を)(…に)かける,(…に)大量に送り出す,吐き出す,放射する,(…に)浴びせる


 この栞のpourはどの意味が正しいんだろう……?横にいる佑輔を見てみたけと祐介も顎に手を当て考えているそぶりを見せているところ意味がわからなかったんだと思う。


「なんだろうね、この栞」


 スマートフォンから手を外しハートの栞を代わりに持ち再度見てみるがそんなことをしたところで意味なんてわかるはずもなく……


「なぁ、その栞少し刺繍違うんだな」

「本当に少しね」


 貸してくれとでもいうように佑輔が手を伸ばしてきたためその手にハートを2つ乗せる。


 私からハートを受け取ると佑輔は座り込みハートを床に並べ見比べるように見始めた。


「なぁ、もしかしてこのハート繋がるんじゃねーか?」

「どういうこと?」


 私が聞くのが早いか遅いか佑輔はハート同士がぴったりとくっつくように動かし、水しぶきの部分を指さす。


「こうやってくっつけると水しぶきがハートみたいじゃねーか?」


 見てみるとたしかにplaceの栞に刺繍されているイルカの内側の水しぶきとpourの栞に刺繍されているイルカの内側の水しぶきは綺麗にハートを作り上げていた。


「本当だ……偶然?」

「んなわけねーだろ、やっぱりこの栞なんかあんだって」

「水しぶきが繋がるってことは言葉を繋げて読めってことかな?placepour?」

「繋げた文でもう一度検索してみるか」


 スマートフォンをまた手に取ろうとしたが今回は佑輔の方が早かったため、私は隣から覗き込んだ。


 1番上に表示された検索結果は


 placepourー日本語への翻訳ーフランス語の例文、だった。


「英語じゃないのか」

「え、これフランス語?」


 英文だと思っていたためこの検索結果は考えてもいなかった。


「なんでフランス語なんだろ……?」


「さぁな、フランス語にしないといけない理由があったのかなかったのかはわかんねーが後2つ栞を見つければわかるんじゃねーか?」


「なんであと2つ?」


「それぞれもう1匹イルカがいて水しぶきがあるだろ?同じように繋がってハートになるなら今わかるのはあとふたつだ、もしかしたらもっとあるかもしれないけどな」


 たしかにその考え方でいくと栞はあと2つと考えられるだろうけど……栞を探そうにもどこにあるかなんて検討がつかない。


「探すか?」

「いや、探さない」

「探さないのかよ……俺なら探すけどな」

「途方もないし、そこまで探したいと思わないしねー」

「そうか……なぁどうせ栞使わないだろ?俺もらっていいか?」

「いいよ」


 特に何か思い入れがあった訳でもないし、物だって使われた方が嬉しいだろう。


 進路の話から逸らすことに成功した私はいつも通り佑輔の家にお邪魔し一緒に夕飯を食べた。


 私の母は2ヶ月ほど前から海外に出張中だ。次戻ってくるのは夏休み明けと言っていたような気がする。それまで1人で適当に作って食べてもいいんだけどお母さんが許さなかった。


 夕食後は決まって佑輔とゲームをする。夕食だけいただいて、すぐ帰るのも気が引けるということを相談した時からこの流れが日課になっていた。


 今日も佑輔を打ち負かし、家に戻ると小物入れが出しっぱなしになっていたことに気づいた。


 小物入れにはハートの栞と同じ時にもらったであろう栞が入っていた。押し花の栞、クローバーの栞、可愛いハムスターが描いてある栞。そしてステンドグラスのイルカの栞。


 お母さんはイルカが好きだったのだろうか。

 水族館が好き、それは確かだが私がお母さんと水族館にいったのは1度だけでどんな生物が好きなんて話はしたことがなかった。


 1度、聞いてみようかな。

 そう思い母親にメールをしてみた。


 ―ーー


 いつもお疲れ様。

 日本は真夏日だよ。


 片付けてたら昔にもらった栞が出てきたんだけどお母さんってイルカ好きだったの?


 ―ーー


 たしか今回の出張はイタリアだったはずだから……スマートフォンの国際時計を確認すると時差は8時間だった。


 8時間もあるとすれば返信が来るのはきっと私が寝た頃に来るだろう。起きていたって無駄だと思い、私は眠りについた。



 ❀.*・゚❀.*・゚❀.*・゚❀.*・゚❀.*・゚❀.*・゚❀.*・゚


 2日後の朝メールが届いてることをランプがチカチカと点滅していた。


 ーーー


 菜乃香ありがとう!


 イルカの栞はお父さんからもらったのよ。

 お父さんイルカ大好きだったから


 ーーー


 何でもないかのように書かれていたが私は失敗したと思った。


 お母さんはいまだにお父さんの話になると悲しそうな顔をし、少し話続けると泣いてしまう。


 そのためできる限りお父さんの話を避けようと今まで気をつけてきた。


 進路の話に関しても本当は佑輔が言っていた通りカメラマンの仕事をしたいし専門学校にだっていきたい。


 だけどこの話をするとお父さんのことを思い出させてしまうだろうと思いお母さんには言えてない。


 私のお父さんは全国を回るフォトグラファーだった。風景を中心とし、人物は数える程しか撮っていなかったらしい。亡くなった日は海をとっていて、波に攫われたと聞いた。


 日常の話でも泣かせてしまう時があるのに、亡くなった人と同じ道を辿りたいと言った時にはどうなるんだろう。その先も怖くてお母さんにフォトグラファーになりたいとはいえてない。


 佑輔はきっと、まだお母さんに言えてないのか聞きたかったんだろうな……


 これ以上お母さんにお父さんのことを思い出させるわけにはいかないと思い、そうだったんだ。可愛いねとだけ返信をし少し大きめのTシャツワンピから制服に着替える。


 夏休みとはいえ部活はある。私が入ってる部活は手芸部だとお母さんには言ってある。いや、実際手芸部にも入ってはいるけど。掛け持ちをしていいと言われたから手芸部と写真部のかけもちをしている。写真部では一眼レフカメラを使わせてくれるが数が限られている。そのため一眼レフは早いもの順でその日使えるかが決まる。


 だから私は長期休みになっても朝早くから行動することが多い。


 靴を履き、玄関を出るといつも見かける姿が前にあった。


「佑輔ー!」


 少し大きめの声で呼んでみるとこちらを振り返ってくれた。中学生の時はなんだか気恥しくなってしまって呼びかけることがなくなってしまったけど高校に上がる少し前から気恥しさはどこかへ行き、呼びかけるようになっていた。


「よー、菜乃佳」

「おはよ!今日も朝練?」

「ああ、そうだぜー」

「お疲れ様!そういえばあの栞お父さんがお母さんに渡したものだったんだって」


 見つけた時に一緒にいたからには一応報告しておくべきだよね。そう思い何気なく伝えたが佑輔は立ち止まりスラックスのポケットの中を探り始めた。


「どうしたの?」

「いや、あの栞多分手作りだと思うんだよな、

 それで拓也さんが皐月さんに渡したっていうんなら探した方がいいんじゃねーか?」


 探っていたのは昨日の栞だったようで2つを取り出し、私に見せた。


「なんで?」


「拓也さんが皐月さんに渡したって言ってたけど皐月さんが持っていたのは今のところ一つだけだろ?でもほかのところにあったこの栞は文字が繋がる。もしこの他の栞にも文字があって、ひとつの意味を表すならそれを拓也さんは皐月さんに伝えたかったんじゃねーの?」


「それはそうかもしれないけど、伝えたってまたお母さんがお父さんのこと思い出して辛いだけでしょ」


「辛いって決めつけんなよ、最愛の人が伝えたかったことを知らずに生きて、拓也さんのこと避けて生きて皐月さんが幸せだとお前本当にそう思うのか?」


「それは……」

 何も言えなくなり、私は地面を見つめる。


「じゃあ賭けようぜ」


 佑輔がいきなりそんなことを言い出した。


「え?」


「夏休み中俺は栞を探す。夏休み中に俺が栞を探し出せたら俺の勝ち。探し出せなかったら俺の負け。俺がかったらお前は栞の意味を皐月さんに伝えて、カメラマンになりたいことも伝える。俺が負けたらなんか好きなの奢ってやるよ」


「なんでそんな賭け……私の将来とかお母さんのこととか佑輔には関係ないでしょう?」


「関係ねーな。だけど俺は小さい頃から菜乃佳を知っていて兄みたいなもので、菜乃佳の幸せが俺の幸せになるんだよ。十分幸せだって言うかもしれねーが……写真を撮る時のキラキラした顔も知ってるし悩んでたのも知ってるからどうせならちゃんと話してから決めてほしいんだよ」


「でもその賭けきっと無謀だよ?」


「だろーな。知ってるか?中学の図書室の平均蔵書は約23,000冊、高校となると約26,000冊が平均らしーぜ? つまり、図書室に2つあったとしても夏休み中に探すっていうのはかなり困難だ。ましてや今なんて図書室を開けてくれるかすらわかんねーしな。それでもこの賭けで少しでもお前が皐月さんと向き合えるなら俺はこの賭けをしたいと思う」


 賭けをするには条件が最悪で、奇跡でも起きなければこの賭けで佑輔が勝つことはないと思う。でも……


「わかった」


 無謀だと言い続けてもきっと佑輔は受けるというまで粘り続けるだろうから、諦めた。私を理解してくれてる佑輔のように譲らないと決めた時の頑固さを私も理解してる。


「そうこなくっちゃ」


 いたずらを思いついたような顔で笑う佑輔は幼馴染の私から見てもかっこいい。そういえば佑輔ってモテるんだよな。


「あ、やば!朝練遅刻する!菜乃佳また後でな!」

「あ、うん」


 全力疾走していく姿を見ていたけど私も急がなければ!一眼レフが使えなくなってしまう!


「菜乃佳先輩お疲れ様でしたー」

「うん、お疲れー」


 佑輔のあとを追いかけるように全力疾走した私は無事に一眼レフの使用権限を得ることが出来た。後輩に譲るべきかなって考えたりもするけどまだいいよね?


「菜乃佳先輩」

「あれ?忘れ物?」

 部活を終え先程帰るところを見送ったはずの後輩が戻ってきた。

「違いますー、平澤先輩きてますよ?」

「え、佑輔?」

「はい、廊下にいますよー、それだけです!」


 写真部の部室は部員以外立ち入り禁止だけど来てるのなら連絡くれればいいのに……


 扉から顔を覗かせると佑輔と目が合い、手招きされた。


「どうしたの?」

「ちょっと付き合ってほしくて」


 申し訳なさそうな顔をしながら両手をあわせつつ、私の顔を覗き込んでくる。こういう時はバツが悪い時だ。


「宿題ならまだ時間あるし急がなくてもよくない?」

「ちっげーよ!図書室!」

「図書室?」


 図書室は夏休み期間空いてないはずだけど……


「そう、司書の人が図書室開けてくれたんだけどノーヒントだと流石に見つけられる気しねーからお前拓也さんの思い出話とかどんな本が好きとか教えてくれねー?」

「賭けなのでは……」

「このとおり!」


 先ほどと同じく両手をあわせながらお願いしてくる佑輔。まぁ、元々は私のことだもんね


「わかった」

「まじで!?サンキュー!じゃあ早速行こうぜ!もう部活終わりだろ!」


 返事をしていないにもかかわらず手首を掴まれ、歩きだされた。


 連れ出されついた図書室は夏休みに入る前と同じメンバーで、司書さんは奥で作業をしてるから好きなように見ていいとの事だった。


「よく開けてもらえたね」


 探さなくていいと言われた私は暇で、ハートの栞を弄びながら椅子に座った。足をブラブラさせながら早速身近にある本に手を伸ばしてる祐輔に声をかける。


「まぁなー、拓也さんってどんな本好きだったんだ?」


 パラパラと開き栞がないことを確認し元に戻す。あと何回繰り返すつもりなんだろう。


「正確にはわからないけど……家にはローファンタジー系がおおいよ」

「大雑把すぎるだろ……じゃあ好きなものは?」

「写真と……なんだろうね?あー、イルカは好きらしいよ」

「覚えてないのかよ」

「曖昧にしか覚えてない」


 亡くなったばかりの時はいつもお父さんのことを想ってお母さんと一緒に泣いてた気がするけど思い出したって私も周りの人も辛くなるとわかってからは蓋をしてきたから、聞かれてすぐに回答出来ることなんてそんなにない。


「お母さんとお父さんの出会いは?」


「ここだって聞いてる。佑輔のお母さんとお父さんもこの学校でしょ?」

「え、まじかよ!?」

「知らないの?」

「親とそんな話しねーよ」

「そうなんだ」


 私の場合この手の話は何回も聞いた。どんなにドキドキしたか、どんなに幸せだったかという話でその時はとても幸せそうに笑うから嬉しかった。


「で、皐月さんと拓也さんの出会いは?」

「普通に同じクラスだったっていうだけ」

「へー、告白どっちから?」

「お父さんだったらしいよ?学校祭の劇でロミオとジュリエットやったんだって。その後後夜祭でって言ってた」

「ロミジュリか……」


 パタンと本を閉じる音がし、佑輔は今までいた場所から離れ窓際の本棚まで歩いていった。


「どうしたの?」

「ロミジュリの翻訳されたのがあったはずと思ってよ」


 そういいながら本の背表紙とにらめっこしてる佑輔の背中は必死のようにみえて、自分のことのように考えてくれる佑輔は優しいなと改めて感じた。


「お、あった」

「え!?あったの!?」


 こんなにあっさり見つかるもの!?


「ロミジュリの本が、だぞ?」

「あ、そっちか」


 栞が見つかったのかと思ったけどそんなにあっさり見つかるならほかの人が持っていってるよね。


 すぐ本を戻したあたり、どうやらハズレのようだ。


「珍しいですねぇ、この時期の図書室に生徒がいるなんて」


 のんびりとした声が聞こえて、身体が飛び上がった。


 え、え!?という声を出しながら振り返ると優しそうな年配の男性がいた。こんな先生いた?


「校長先生」

 佑輔も状況に気づき驚いた声になりながらも先生の名前を呼んだ。そうか校長先生か、て、え、校長先生!?


「こんばんは、図書室は閉められてなかったかい?」

「閉められていたんですけど僕が無理言って開けてもらいました」


 すぐに答えられずどもっていると佑輔が変わりに答えてくれた。


「そうかい、なにか調べ物かい?」

「あ、いいえ、探しものです」

「なにか失くしたのかい?もし良かったら私も一緒に探そう」

「だ、大丈夫です!ここにあるかも分からないので!」


 流石に一緒に探すことには佑輔も驚いたみたいだ。


「そうなのか、ちなみにどんなものを探してるのかな?」

「ハートの栞です、そこの机の上に置いてあるものと、同じようなものがあるはずなんです」


 私が弄ぶのをやめ、テーブルの上に置いたハートを指差ししながら応えると、校長先生がまじまじとみはじめた。


「あれ?これなら僕が持ってるよ」

「「え!?」」


 その言葉は予想外で。私と佑輔の言葉が重なり、そのあとの言葉は佑輔の方が早かった。


「それ今ありますか!?」

「今読んでる本に使ってるよ、でもこの栞を見つけたのは何十年も前だ。君たちが探してるものと別物なんじゃないかな?」

「1度見せてください!お願いします!」

「仕方が無いね、少しここで待ってなさい」

「ありがとうございます!」


 深く頭を下げる佑輔をみて、慌てて私も頭を下げる。校長先生はそんな様子を見て笑ってたけど、栞をとりに図書室をでた。


 その様子を2人で見届けて、顔がふとあわさった。


「こんなことってあるんだな」

「偶然ってすごいよね」

「もしかしたら偶然じゃないかもしれねーぜ?出会いは必然っていうだろ?」


 まるでいいこと言っただろ?と言いたげにウインクをしてくる佑輔。


「どうだろうね、まぁそう考えた方がなんだか素敵だけど」

「素敵だと思うならそれでいいだろ、でもまさかこんな早く見つかるなんてなー!」

「本当に同じものかわからないけどね」

「菜乃佳はつめてーよな」


 そんなやりとりを数分してると校長先生が戻ってきた。


「君たちの捜し物はこれかい?」


 差し出されたものは今までと同じようにイルカがいて、真ん中には「se」の文字が刺繍されていた。


「これ少し借りてもいいですか?」

「いいよ、元々は僕のものではないしね」


 祐輔は栞を受け取ると机の上に並べ始めたけど私は校長先生の言葉がきになった。


「これ、元々別の人のだったんですか?」

「生徒の忘れ物だよ、この図書室のロミオとジュリエットの本に挟まってたんだ」


 ロミオとジュリエット……お母さんとお父さんの思い出の本……


「ロミオとジュリエットは私にとって思い出深くてね、初めて担任を持ったときに文化祭でこの話の劇をしたんだ」

「え……、この学校で、ですか?」

「そうだよ?以前は私も担任だった、そのあといろんなところに行ったけどまたここに戻ってこれたのが嬉しくいよ」

「あの、ちなみにそれって何年前のお話ですか?」


 ロミオとジュリエットを劇としてやるなんてきっと何回かあることだろう、それでももしかしたらという思いがある。


「えっとね、今から25年前かな」


 25年前、となるとお母さんが今42歳のはずだから……ちょうど17歳?


「あの!生徒に小林っていました!?」

「小林は何人かいたよ?」


 しまった、これじゃわからない……


「あ、じゃあ桜見!桜見皐月っていましたか!?」

「ああ、いたよ?」


 いたという言葉が聞きたかったはずなのに実際に聞くとそのあと何をいえばいいのかわからなくなって、固まってしまった。


「その皐月さんの娘が今そこにいる小林菜乃佳で、この栞は皐月さんと菜乃佳のお父さん、拓也さんとの思い出のものかもしれないんです、僕達もこの前偶然見つけたばかりなんですけどこの栞の文字が繋がりそうなのですべて探したいと思い探していたんです」


 固まってしまった私の代わりにずっと聞いてるだけだった佑輔が説明してくれた。


 説明を聞き、校長先生は目を丸くさせて驚いていたけどすぐに言葉を続けた。


「世界は狭いね、拓也というのは小林拓也かな?結婚し、娘ができたのは知っていたがもうこんなに成長していたのか……私も歳をとるはずだ。2人の思い出のものだと言うならその栞は返すよ、家族3人で話の話題にするといい」


 この言葉を聞いて父の他界は校長先生の耳にははいっていないことを知った。言うべきか、言わないべきか悩むけど……


「父は、10年ほど前に他界しました」


 佑輔が言ったように出会いが必然ならきっと伝えるべきなんだろう。そう思った。


「そうだったのか……まだ見たかった光景が沢山あっただろうに……いかんね、歳をとっても誰かの死というのは辛いものだ……。しかし君がここまで立派に成長してくれてることをお父さんも喜んでいると思うよ。お父さんが見たかった光景をちゃんと見ていくんだよ?」


「はい」


 もう今日は日が沈んできたから帰りなさいと言われ私たちは図書室を出た。


 校門を出るまで会話をせず歩いていたが校門をでた所でいきなり引っ張られ何事かと思うと視界は真っ暗になった。


「え……?」


 私は佑輔に抱きしめられながら頭を撫でられているようだ。


「拓也さんが他界したって言った時泣きそうだっただろ」

 バレてないと思ったけど気づかれていたらしい。

「泣いてもいいぞ」

「大丈夫。でももう少しだけこのままでもいい?」

「おう」


 ハグをされるとストレスが解消するとか、安心するとか聞いたことがあるけど案外本当かもしれない。


 て、あれ?今気づいたけどこの状況周りの人がみたら確実に誤解するよね?


 変な噂が経つのは勘弁だ。そう思い佑輔の腕から離れ帰ろうと伝えた。


 帰り道。佑輔は校長先生からもらった栞が「pour」のあとに続くものだと教えてくれた。

 ただ残念なことに「place pour se」と調べると女の子のスカートが出てきて、文字のあとにフランス語と付けて調べたら今度は「一致する情報は見つかりませんでした」とでてくるらしい。


 どうやら最後の言葉を予想で埋めるというのは難しそうだ。


「まぁ、3つ目もこんなに早く見つかったんだし案外簡単にみつかるかもしれねーよな!」


「そうだね」


 私としては見つかってほしいような、見つかって欲しくないような複雑な気分だけど。


「まぁ、また明日もよろしくな!」

「はーい」


 ❀.*・゚❀.*・゚❀.*・゚❀.*・゚❀.*・゚❀.*・゚❀.*・゚


 セミのミーンミーンという声が鳴り響き雨もなく猛暑が続く日々。案外簡単に見つかるかもという予想は大いに外れ夏休みがあと3日で終わろうとしてる。


 もう無理だろうと諦め始めてもいい頃だと思うけど佑輔はそんな気配を感じさせず図書室に通いつづけてる。


 私はというと呼ばれたら行くくらいでそれ以外は写真部にいたり、手芸部にいたりと点々としてる。そして今日はどちらも部活がない日!

 ということで私は今日1日をゴロゴロして過ごすと決めている。


 今日のために買っておいたアイスを食べようとベッドからおりリビングのドアを開けるとコンビニ等でついてくる木のスプーンを咥えちょうどカップの蓋を開けようとしてる佑輔がいた。


「……」


 状況が理解出来ずに目の前の光景をみつづけてみた。


 佑輔は蓋を開ける作業に戻り、1くち口に入れた。口に運ばれたアイスは私が楽しみにしていたアイスで。うん、やっと状況理解出来た。


「私のアイスなんで勝手に食べてるの!?」

「おう、おはよう」


 挨拶を返しながらもアイスは次から次へと佑輔の口の中へと入っていく。


「おはようじゃないわ!栞諦めたの!?てゆうかアイス食べ続けるな!」

「朝から元気だな」

「朝からツッコミ満載なことしかされてないの!」

「栞は諦めてねーんだけど、図書室以外のところも探すべきかなと思ってさ」

「以外のところ?」

「そう、この家。このアイス美味しいな、気に入った」

「この家にありそうなところなんてないよ?私まだ食べてないのに!!」

「食べたいなら口開ければいれてやるよ」

「いいですー」


 後で新しいものを買ってもらおう、ついでにチョコもねだろう。


 佑輔はアイスを食べおわるとたちあがり、じゃあ探すかー!と言いながら動き出した。


「どこ探すつもり?」

「そうだなぁ……本棚から探すのが定石ではあるが……」

「お母さんが読む本ならリビングにしかないよ」


 部屋をぐるりと見渡すと佑輔はあれも本?と聞きながら指を指した。


 同じ方向を見るとそこには写真が並べられていて佑輔が本か?と聞いてきたのはミニサイズのアルバムだった。


「毎年お母さんがアルバム作ってるんだよ、思い出は大切にしないと!って言いながら。古いのが開き戸の中にあるはずだけど最近は開いてない」

「みてもいいか?」

「どうぞ?結構量あると思うけど」


 少なくとも私が生まれてから毎年作ってたみたいだから17冊は必ずあるだろう。せっかくだし私も見てみようかな。


 開き戸を開けてみるとアルバムは予想していたよりたくさんあって。


「こんなにあったんだ……」


 いつからアルバムを作っていたのだろうか……


「とりあえず1番古いのから見ようぜ」


 前の方にあるアルバムをどけ後ろの方に追いやられていたアルバムを取り出し開くと私達が普段着ている制服を身にまとった女の子と男の子が並んでいた。


「これ、初めて見た……お母さんとお父さんかな?」

「だろうな」


 パラパラとめくると激の途中であろう写真もあって、集合写真もあった。もしこの時から一年ごとにアルバムを作っていたなら、この集合写真にいる先生は校長先生かな。


 写真に見入りそうな自分を抑えながら、次々とアルバムを開いていく。いくつかのアルバムを開き、そろそろ休憩しないかと言おうとしたタイミングで佑輔も口を開いた。


「あ、あった」

「嘘!どこに!?」

「きっとお前が生まれた年のアルバム。お前の赤ちゃんの頃の写真があるところに挟まってた」


 佑輔の考えではこの栞が最後の栞で、この栞にも刺繍があるはずだ。


「この栞の文字は……blottirだな、今までのを繋げるとPlace pour se blottir。意味は……」


 ピンポーン。佑輔が調べ終わるより先にインターフォンがなった。


「ちょっと見てくるね」


 本当は私も意味書きになっていたけどもう一度インターフォンがなったため玄関に急ぎ扉を開けた。


「菜乃佳ちゃん、こんにちは。佑輔がお邪魔してるでしょう?お昼にサンドイッチ作ったから持ってきちゃったわ。」


 扉を開けるなり、のほほんと言葉を続けたのは佑輔のお母さんだった。


「あ、こんにちは。春さんもお昼まだですよね?あがってください、一緒に食べましょう?」


 春さんをお昼に誘い、リビングに案内すると先程広げたアルバムがそのままになっていて少し失敗したと思った。が、春さんはアルバムを見つけるなり懐かしいわ!と楽しそうに声を上げ、佑輔は思ってもいなかった人が来たからか飛び上がっていた。


「びっくりしたぁ!てかなに、母さんこの時から皐月さんと知り合い?」

「何言ってるのよ。私もお父さんも写ってるわよ」

 ちゃんと見なさいとでも言うかのようにアルバムの写真を指さしていた。


「嘘、マジで!?」

「あ、じゃあ校長先生のことも知ってますか?お母さんの担任の先生だったらしいんですけど……」

「あら!若林先生のことかしら?噂には聞いていたけど本当に校長先生になってたのね!それにしても2人して懐かしいアルバム引っ張り出してきたわねぇ」

「栞を探してたんだよ」

「栞?」

「ああ、この栞」


 春さんにハートの栞を見せながら佑輔は私に顔を向けてきた


「そうだ菜乃佳、文字の意味わかったぞPlace pour se blottirは寄り添う場所だ」

「寄り添う場所……」

「あら?花屋さんがどうかしたの?」


 春さんが目をきょとんとした顔をしながらそんなことを言い出したけど……なんで花屋?


「なんで花屋?」

 佑輔もなんで花屋に繋がったのかわからなかったみたい。


「place pour se blottirって今言わなかった?沙織さんが働いてる花屋もその名前よ?」

「確かに言ったけど……沙織さんって誰?」

「小林くんのお姉さんよ?」

「お父さんの?」


 佑輔と春さんが話していたけどつい間に入ってしまった。


「ええ、そうよ?」

「なぁ、その花屋って昔からあんの?」

「もちろん、皐月ちゃんと私たちが仲良くなったのもその花屋さんだし……もしかして菜乃佳ちゃん、行ったことないのかしら?」

「はい、ないです」


 ないということをいうと春さんは目を丸くして両手をほっぺたにあてはじめた。


「それはもったいないわ!!サンドイッチ食べたらすぐに行きましょ!ね?」


 何がもったいないのかわからなかったが春さんの勢いに負けてしまいはい、と答えてしまい、私たちは春さんの車で花屋へ向かうこととなった。


 私と佑輔は後部座席に座りながら春さんに沙織さんのことを少し聞き、わかったことはお父さんとは5つ年が離れていること。その花屋ではお父さん達が高校の時からアルバイトをしていて、よく集合場所になっていたこと。お母さんとはお父さんが亡くなった後も会っていること。


 だから春さんはてっきり私と沙織さんも既にあっていて、花屋にも行ったことがあると思っていたみたいだ。


 ちなみにもったいないの意味は何度聞いてもはぐらかされ、着いてからのお楽しみとの事だった。


 車で30分ほど走ったところで春さんが到着!と声をあげ、駐車した。


「ほらほら、2人とも早くおりて」

 春さんに急かされ私達も車からおり、店を眺めた。


 外壁は白のタイルで一面がガラス戸で覆われている。ガラス戸の縁とアーケードが黒で揃えられていて、アーケードには確かにplace pour se blottirと白文字で書かれている。


 その店の前には植え鉢に入った小さな花がガラス戸の向こう側の花を隠さないように色鮮やかに並べられていた。


「かわいい……」

「あら、菜乃佳ちゃん感想それだけ?ポスターの感想は?」

「ポスター?」


 春さんにいわれ、指さす所をみると確かにポスターがあった。


 ウェディングドレスを来た女性がブーケを顔の近くで持ちながらこちらをみ、髪にも綺麗な花を飾っていて、書かれている文字はブーケお作り承りますだった。その女性はとても綺麗で。


「春さん、これ」


 その後の言葉は女性の声でかき消されてしまった。


「春ちゃん!いきなり来るなんて珍しいわね!」

「沙織さん!菜乃佳ちゃんがね、来たことないっていうから連れてきちゃったんですー!」


 沙織さんと呼ばれた人はブラウンの髪をローポニーテールでまとめ、白シャツと黒のスキニーパンツをあわせた上から小さくロゴが入ったエプロンを付けていた。


「あら、そうなの!!もしかしてあなたが菜乃佳ちゃん?会いに行けなくてごめんなさいね」


「あ、いいえ!むしろ今日会えて嬉しいです!ちなみにこのポスターって……」

「えぇ、あなたのお母さん皐月ちゃんよ、綺麗でしょう?」

「はい、綺麗です」

「拓也がね、せっかくのウェディングドレスを俺が撮れないのも誰か別の人が先にとるのも嫌だっていって撮ったものなの、そしたら拓也これ以上素敵な人物の写真はないだろうって言い出してね?人を撮るのをやめたのよ」


 人を撮らない、というのは知っていたけどそんな理由があったんだ……。


「皐月ちゃんと、そういう話はしたことないのかな?」

「話すと、辛そうなので……」


 口ごもった私をみ、春さんと沙織さんは顔を見合わせ不思議そうな顔をした。


「菜乃佳ちゃん、辛いって皐月ちゃんが言っていた?」

「言ってはいないですけど……」

「じゃあ1度聞いてみたら?本人は辛いと思ってないかもしれないわ」

「え?」

「話をしないと本心はわからないものよ」

「でも……」


 自分からお父さんの話をするなんて


「俺との賭けもあるだろ」


 ここぞとばかりに追い討ちをかけてくる佑輔を恨む。


「話すきっかけは作ってあげるわ!」


 任せなさいというように胸をトンっとたたく沙織さんをみ、これ以上何を言っても無理だなと観念した。


 ❀.*・゚❀.*・゚❀.*・゚❀.*・゚❀.*・゚❀.*・゚❀.*・゚


「ただいまー」


 この言葉でさえ約3ヶ月ぶりで、なんだか嬉しくなる。夏休み明け、とは聞いていたけど始業式の日に帰ってくるとは思ってもいなかった。


 自室をでて、玄関で靴を脱ごうとしているお母さんのキャリーバッグをあずかりリビングへ持っていきお母さんも、私のあとを追いかけるようにリビングに来た。


「日本が恋しかったぁ」


 などと言いながら椅子に座り、テーブルに突っ伏し始める姿を見るのも久しぶりだが私は今気づくか気づかないかどちらだろうというドキドキで胸がいっぱいだ。


 気づいたら、話さないといけない。気づかなければ話さなくてもいいかもしれない。


 私がどちらを望んでるのかわからないけど。


「ん?菜乃佳あの花どうしたの?」

「えと……沙織さんに、貰った」


 どうしよう、覚悟はしてたはずなのに声が震えてる気がする。


「沙織さん?いつあったの!?」

「よ、4日前に栞の話したら春さんが花屋さんに連れてってくれて……」

「栞?」

「あ、うん。ハートでイルカが刺繍されてる栞。」

「なんでその栞が沙織さんに繋がるの?」


 ああ、やっぱりお母さんは全部見つけていなかったのかな。それとも繋がることを知らなかったのかな。


「栞が、全部で4つあって。繋げたらplace pour se blottirで花屋の名前だったから……」

「もしかして菜乃佳、全部見つけたの?」


 どんどんお母さんの声が小さくなってるような気がする。もうこの話はやめるべきかな。でも佑輔との賭けもあるし……。

 逃げたらダメだと自分に言い聞かせ俯きかけていた顔をあげるとお母さんはすでに目が潤んでいた。


 言わなければ。という気持ちとまた泣かせてしまうのか。という気持ちが入り交じり、いうことは一言なのにうまく言えない……。それでも、せっかく佑輔と沙織さんがきっかけを作ってくれたんだからいわなくちゃ。


「みつけた……」


 その言葉を言ったあと沈黙が訪れた。

 何を言うべきかも分からずお母さんの目をただただ見ていた。数秒後。お母さんの潤んでいた目から光の筋が、涙が落ちやはりお父さんの話はすべきではないことを悟った。


「お母さん、ごめんね」

 泣いているお母さんは弱々してくて、私が支えなければといつも思う。そう思うと自然に抱きしめようとするのは母性本能だろうか。


 抱きしめようと近づくとお母さんから抱きしめられた。


「え?お母さん……?」


 泣いてる時に抱きしめることは今まで沢山あったがお母さんから抱きしめられるのはなく、どうすればいいのか分からなくなってしまった。聞こえてくるのはぐす、ぐす。とういう泣き声だけだ。


「お母さん……?」

「ありがとう、菜乃佳」


 泣きじゃくりながらもお母さんが伝えてくれた言葉はありがとう、で。泣かせてしまったのは私なのに。


 しばらく抱きしめあっていたけど、落ち着いたらしく腕の力が弱まったため大丈夫?と聞いてみた。


「大丈夫、本当に見つけてくれてありがとう」

「ん?」


 聞き間違いかと、思った。初めのありがとうは慰めてくれてありがとうとか、そういう意味だと思っていたから栞を見つけたことに感謝されるなんて思ってもいなくて。


「見つけたのは祐輔だよ」

「あらそうなの?祐輔君凄いわね。拓也さんも見つけられなかったのに」


 お母さんの目からはまだ涙のつぶが流れ落ちてるがその顔は少し笑ってるように見えた。


「お父さんが、隠したんじゃないの?」


 この先を聞き続けていいのかわからなくて言葉がひっかかって上手く話せない。


「確かに隠したのは拓也さんよ。長くなりそうだし座りましょうか」


 そう提案され向かい合わせに座るとお母さんはぽつぽつと栞のことを話し出した。


 隠したのはお母さんたちが高校生の時でその時はまだスマートフォンや携帯なんてなかったため、お父さんとお母さんはそれぞれ好きな言葉を4つにわけ、校内に隠し見つけられるかどうかという遊びをしていたらしい。


「何度かその勝負をしたんだけど拓也くんがつまらなくなってきたから見つけた方は叶えられる範囲でいうことを聞くという条件をつけようっていいだしたの」


「お父さんが?」


「そうよー?遊ぶの大好きな人だったんだから。結局勝者はお父さんで1日デートをしてくれって言われてね?その後の学校祭に繋がるってわけ」


 出会いや告白された日のことはさんざん聞いていたけどその間に勝負があったなんて言うのは初耳だ。


「栞は回収しなかったの?」

「拓也くんはすぐ回収するって言ったんだけど私が卒業式まで探させてくれって頼んだの。でもみつけられなかったのよね、だから卒業式の日拓也くんが回収しにまわったんだけど2つ見つけられなかったのよね。ちなみにどこにあったの?」

「あ、校長先生が持ってたのと本に挟まってた」

「あら!拓也さん見逃したのかしら。ちなみに校長先生って若林先生でしょう?不思議な縁ね!」

「校長先生が元担任って知ってたの?」

「入学式でしってるわ」


 当たり前でしょ。とでもいうかのように言われたけどそんな所まで考えは回ってなかった。というか先程から涙を落とすこともなく笑ってる姿を見て私は驚いた。


「栞はどこに行ったんだろうって結婚記念日の日毎年話題になってたの。もう見つからないと思っていたんだけど……あの人が生きていて愛してくれた証でもあるから見つかって嬉しい。」

「でも、泣いてたよ?」

「嬉しくてつい、ね。歳とると涙腺弱くなるって言うけど本当ねー」


 何気ない顔をしながら言われたけどあれ?もしかして今までも辛くて泣いていたわけじゃないのかな……


「それにしても初めてかもしれないわね。お父さんのことを菜乃佳が聞いてくるの」

「しない方がいいのかなって……避けてた……」

「あら、そうだったの?全然していいのに。むしろ拓也さんとの話なら何日あったって語り続けられるわ!」


 嬉々としていうお母さんを見て、やはり私の思い違いなのかなと思うけど。どうなのか分からなくて率直に聞くことにした。


「辛くないの?」

「拓也さんの話をすることが?」

「うん」

「ないわ。寂しさが伴って泣いてしまうことが多いけど、思い出すことが辛いわけではない。確かにあった幸せを再確認できるから」

「そっか、……あのね?お母さん」


 今なら言えそうだ。私が本当にやりたいこと。


「私フォトグラファーになりたい、お父さんと同じ道をいきたいです。進学も考えたけどやっぱりフォトグラファーを目指したいです」


 自分の思いを伝えた途端なんて言われるかななんていう不安に襲われたがお母さんは優しく微笑みやってみなさいと言ってくれた。


「じゃあ今日は拓也君の作品全部出して語り合おっか!」

「ええ!?」


 その言葉から私たちは夜中になるまでたくさんの写真とよつの栞を並べ夜中まで語り合った。



 ❀.*・゚❀.*・゚❀.*・゚❀.*・゚


 お母さんからお父さんの話を聞き、長年の思い違いはなくなったけど日常はそう変わらない。


 いってきますと声をかけ玄関をでると普段ならなかなかない光景にであった。


「よっ」


 私が出てきたのをみつけ、声をかけてきたのは佑輔で。話さなければとは思っていたけどなんて言えばいいのかわからなくて少しの期間避けようかと思っていたのにこうなってしまうと逃げれない。


「なんでここにいるの?」

「母さんから皐月さん帰ってきたって聞いたから、どうなったかなと思ってよ」


 春さん情報が早すぎます!何からいうべきなんだろう……真っ直ぐな目で見つめてくるのをやめてほしい……


「話せたか?」

「あ、うん……お母さんの表情とか行動を見てすべての気持ちを知っていると思っていたけど心の内は話してみないとわからないんだなって。知ってたつもりだったけど今回思い知った」

「そうか。じゃあ今度から話すをより一層大事にいていかないとだな」

「そうだね!」

「進路は?」

「ちゃんとフォトグラファーになりたいって言った。そしたらお母さんやってみなって言ってくれてお父さんの作品だしてきてくれた」

「そか。よかったな」


 佑輔は私の頭に手を伸ばしまるで子供を扱うようになでてきた。少し嬉しいのが悔しい。


「栞は?」

「あ、栞はね!お父さんが告白するきっかけを作るものだったみたい」

「拓也さんなんだかかわいいな……なぁ、あの栞見つけたの俺だろ?もらったらダメか?」

「え、いいけど……気に入ったの?」

「おう、今もってるか?」

「あ、うん、ちょっと待って」


 4つの栞は手帳に挟み鞄の中に入れてあるため、カバンを漁り佑輔に4つの栞を渡した。


 栞を受け取ると佑輔はぼそっと何か言ったけど聞き取れなかった。


「なんか言った?」

「別に?この先もお前の寄り添う場所になれたらいいなと思っただけだよ」


 そういうなりまた頭に手を置かれ今度は髪をクシャクシャにされた。


「この流れでそういうこと言うと誤解するこがでてくるからやめな?」

「ばーか、菜乃佳にしか言わねーよ」

「え?」

「お前鈍すぎ」

「どういうこと……?」

「気にすんな」


 私をおいて佑輔はスタスタと歩き始め早く行くぞと振り返った。


 私の日常が少しだけ変わり始める予感がする。


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栞の道しるべ 藍葉詩依 @aihashii

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