実験的な断片
実験的な断片
<引用ここから 微分言語システム 2312.10.23.11.23.32~2312.10.23.11.27.12>
<システムを開始します>
蛍光灯にハエが幾度もぶつかっている。上に回り込んでしまった。そのままそこで死ぬだろう。それにしてもこの光は目にやさしくない。虹の色の、束。眼球の奥底に刺さる。千枚通しを押し当てられているようだ。刺さるといえば注射。あれはひどい。はなはだ不快だ。身体に異物を挿入されて気持ちいわけがない。いや、本当か? セックスは? チエはあんなに気持ちいことはないと言っていた。男にはわからない?
……いけない。システムに振り回されている。自分の名前を呼び続け、手を結んで、開いて。人から聞いたやり方だ。こんなことをしながら連想を広げられるやつはそう多くない。僕は生命線が短いな。結んで開いてが幼い子供の声で頭に張り付く。雲が太陽を覆うように世界の輝度が落ちる。
僕の意識はやっと目の前の女性を捉える。美しい長い髪。艶やか。ほのかに赤い。目。僕はこの目が好きだ。凍った沼に足を突っ込んだような、目尻の鋭さ。唇に触れたい。不安だ。こんなことを考えるだけでもセクハラじゃあるまいか。しかもシステムを使って。幻滅される? 怖い。
<システムを停止します>
<引用ここまで>
<日記 陣ライ 2312.10.23.22.12.31>
日記にシステムの履歴をペーストすることにした。本当に言語で思考している。当たり前かもしれないけれど、不思議。読んでみると、どうにも僕らしくない。いいや。確かに僕なのだ。この頼りないふわふわした感じは、間違いない。けれど、僕は突然セックスがどうだなんてことは恥ずかしくて言えないし、まして女性をこんなふうにじろじろ見るようなこと。
サヤカさん曰く、ぼくは名前を唱えながら手をグーパーしたあとサヤカさんを見つめて固まってしまったらしい。そして胸に手を当てて過呼吸になってばたん。かっこ悪い。目を覚ましたのはベッドの上。サヤカさんにどんなわけで倒れてしまったのか尋ねられた。僕は答えた。「あなたが美しすぎたんです」これははっきり覚えてる。システムは終了してからもしばらくの間人をおかしくするらしい。サヤカさんは笑った。本気にしてないだろうな。そこが好きなんだけども。
システムは認知能力を飛躍的に向上させるという。しかし修練が足りないとただの雑念発生器だ。それも強烈な。鼠の駆除にこんな怪しい技術を使うだなんてどうかしてる。そもそも駆除の仕事に二か月も研修が必要だというのもおかしい。いかにも現代だ。何をするにも訓練、訓練。身一つでできる仕事なんて無いのだ。
ところでサヤカさんは本当に美しい。それに聡明だ。あれほどの人がどうしてここに、小さな害獣駆除の会社にいるのだろう。システムの扱いにも長じている。なにせシステムは言語能力を拡張する仕組みなのだ。サヤカさんのように普段から理路整然と、しかも五感を刺激する話しぶりをする人には相性がいい。認知機能、というものが向上して蜂を同時に何機も操作できるらしい。ちょいと念じただけで建物中に蜂が飛んでいく。鼠を見つけたら光線でばきゅん。その場で燃え尽きてしまって灰が残るだけ。素敵だ。
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