第3話『アンタが総理』の全国大会
●3.『アンタが総理』の全国大会
『アンタが総理』の全国大会の関東地区会場は、東京・新橋にあるハイクラス個室ネットカフェであった。桐島と美優のチームは3畳程の個室を割り振られた。個室内には不正防止の監視カメラ、40型の画面、デスクトップPC一式、ゲーム用チェアと仮眠用のソファが置かれていた。
美優は個室に置かれた、飲食メニューをペラペラとめくっていた。
「これ全部、ただで食べられるの。酒類もあるわ」
「おいおい、飲み食いに来たわけじゃないから。やたらに注文するなよ」
「でも今日の午前9時から明日の午後9時までがゲーム期間でしょう。全く頼まないわけには行かないでしょう」
「まあな」
桐島は個室内のデジタル掛け時計を見ていた。
「まもなくだな」
8:57、8:58、8:59、9:00。
「これより『アンタが総理大臣』全国大会を開始します」
室内放送が流れた。
個室のゲーム画面には総理官邸の総理執務室が映っていた。官房長官の顔がアップになる。
「総理、南鮮民国が人道支援と称して一方的に軍事境界線を解放しました。北鮮人民国の難民がどんどん流れ込んでいます」
「その数はわかるのか」
桐島はヘッドセットのマイクで応えていた。
「把握できる範囲では、10万人規模の移動が確認されています」
「バカなことをしたものだ。その難民の中に工作員は多数含まれているだろう」
「はい、大使館からの連絡によると、既に南鮮民国各地で暴動が起きているようです」
「関釜フェリーの入港を禁止にしよう」
「総理、それは良いのですが、南鮮民国にいる邦人はどう保護するのですか」
「そうか、それがあったか」
桐島は、隣に座っている美優を見ながら、少し考えていた。美優もすぐには、対応策が浮かばないようだった。
「北米合衆国の滞在者たちの保護はどうなっている」
「駐留米軍基地に押し寄せているようです」
「自衛隊は邦人保護には動けないから、米軍に頼るしかないか」
「海外派兵となるっていったって、助けられないの」
美優が横から口をはさんでいた。桐島はヘッドセットのマイクをオフにする。
「憲法の制約と南鮮民国の自衛隊拒絶反応があるから無理なんだよ」
「しかたないわね」
桐島はマイクをオンにする。
「ある程度の犠牲はやむをえないな。これで国内世論を反南鮮民国、反北鮮人民国に導くしか手はないのか…」
「総理、ご指示をお願いいたします」
「わかった。北米合衆国と協力して早急に現在の南鮮民国政府とは別の親米親日寄りの南鮮人を集めて新たな政権を樹立させよう」
「どこに樹立させるのですか」
「まずはロサンゼルスあたりに」
「承知いたしました」
官房長官は、小走りに総理執務室を出て行った。
桐島は、ゲームの時間を1ヶ月後に進めた。
「もう進めちゃうの。ゲーム上の時間設定は10年でしょう。すぐ終わっちゃうわ」
「しかし早く結果を見ないと次の手が打てないから」
桐島はヘッドセットをオンにした。
画面が切り替わり、総理執務室になった。官房長官がノックをして入ってくる。
「総理、釜山民国部隊と米軍が釜山奪取作戦を実行し、自衛隊はその後方支援を行っています」
「うまく、行くかな」
「しかし、野党とマスコミ、左翼勢力が、邦人救出の怠り、集団的自衛権の行使、憲法違反を声高に叫んでいます。その上、国会は空転したままになっています」
「内閣の世論支持率はどうだ」
「54.5%となっています。毎朝新聞の世論調査でも50.9%です」
「自衛隊が動いても、思ったよりも下がっていないな」
桐島は、ゲームを一時停止させた。官房長官の表情は止まった状態になる。
「美優、この支持率をどう見る」
「微妙な所ね、でも内閣総辞職させられたらゲームオーバーよね。慎重にしないと」
「世論形成の下準備もなしに、この状況だからな。さすがに全国大会は、難しいな」
「どうするの」
「もしかすると、左翼系マスコミの世論操作が上手く行ってないのかもしれない」
桐島は、ゲームを再開させた。
「総理、いかがいたしますか」
官房長官が言った後、桐島は、国会パラメーターを呼び出す。連立与党が過半数を占めていた。パラメーターは自動的な画面から消える。
「内閣不信任案も通らない。このまま進める。実際に今回の国境開放で、南鮮民国在住の日の本人が何人も犠牲になっている。心苦しいことだが、これが現実だし、周辺国に配慮することや憲法をバカ正直に守ることがどういうことかわかったと思う。それが支持率に現われているかもしれない」
「しかし国会は、空転していますが」
「ボイコットしている野党が職務放棄をしていると、大々的にマスコミに発表させよう」
「そのマスコミですが、毎朝系列とTHS(東京放送システム)系列はどうしますか」
「それもそのままにしておこう。明確な偏向報道が目に付くはずだ。但しネット系のメディアには強く訴えかけてみよう」
「わかりました」
官房長官は行きかけた。
「それから会見を開く。準備をしてくれ」
桐島は『会見』を選択するだけだが、気持ちが入ってしまい、ゲーム上の官房長官につい言ってしまった。
画面が切り替わり総理記者会見場になった。
「私は国会が空転しているこの非常事態に対して、憲法を一時休止させ、邦人救出、国民の安全確保に向けた行動を取るつもりです。この責は、非常事態が解消した際に国民投票で受けようと思います」
「戒厳令のようなものですか」
男性記者が言ってきた。
「そんなことではありません。独立国として必要な措置を講じるだけです」
「総理、憲法を冒涜する背信行為をするつもりですか」
女性記者の一人が口をはさんできた。
「別に憲法は宗教の教義ではない。現実に即していなければ、変える必要があります。しかし民主主義的な手続きを踏んでいたのでは、遅すぎるのです」
「それで一時休止の期間は、どれくらいなのですか」
別の男性記者。
「非常事態が解消するまでです」
桐島の発言の後、自動的に翌日の新聞の見出しの画面になった。
『桐島独裁国家』『軍事大国・軍国化の決意』『憲法冒涜の極悪人』『邦人救出名目の侵略』『救国の英断』『憲法休止もやむなし』などが表示されていた。
その後のシミュレーション画面を眺めている桐島と美優。
「あの自衛隊基地の前で座り込みをしている人たちって、日本人いや、日の本人なのかしら」
「怪しいものだな」
「桐島さん、これは一種の賭けね」
「こんな手を講じるプレーヤーはいないと思う」
「奇策ってわけね」
「奴らのやり口が段々露骨になって来るから、国民の支持はこちらに向かってくるはずなんだ」
「そろそろ昼時じゃない」
美優は、嬉しそうに飲食メニューを手にしていた。
「そうだなぁ、ゲームの時間を進めずに昼飯でも食うか」
桐島は、ゲームを自動シミュレーションモードに切り替えておいた。
注文したローストビーフやクラブハウスサンドなどは、カラオケ店のように係員が個室に運んできてくれた。ひとまず、小休止した桐島と美優は、昼食を取り始めていた。
「ゲームの賞金を獲得したら、何に使うの」
「300万円だからな、二人で分けたら150万円だぜ。しかし、俺がメインで君が補佐役だから200万、100万でもよくないか」
「ええ、、エントリー手続きとか、面倒くさいことをあたしがやったんだから、ここは均等に2分割よ」
「ま、どっちにしても少ないよ。君の兄さんみたいに、プロゲーマーにならないとな」
「んー、だけどうちの兄貴、どうしたんだろう」
「今は、それを考えずにゲーム大会に専念しよう」
一時間後、桐島はゲームを再開させた。総理執務室のシーンになり、官房長官の顔がアップになった。
「総理、我が自政党と連立与党の創明党が不信任にまわり、内閣不信任案が成立しました」
「ええ、そんなことが」
桐島は、ヘッドセットのマイクを慌てて、オンにしながら言っていた。
「憲法一時休止の暴挙は見過ごせないのが理由とのことですが、野党の働きかけがあったことは明白です」
桐島はヘッドセットをオフにする。
「聞いたか、やられたよ。これでゲームオーバーか」
「でも、まだゲームオーバーの表示は出ていないわよね」
「時間の問題だろう。これで賞金もパァーだな。憲法の一時休止なんてしなきゃ良かったか。昼飯ももっと注文しておくんだった」
「やっぱり全国大会は、難しいわね」
「他に『アンタが総理』の大会はやっていないかな」
桐島は、ゲームを自動シミュレーションにしていた。
「桐島さん、もしかしてだけど、憲法を休止しているなら不信任案は無効じゃないの」
「そうかな、そんな都合の良いことがあるかな」
「だって実際にゲームオーバーになっていないじゃない。この先も続けて見たら」
「続けられたらな」
桐島は腕組をしてゲームのシミュレーション画像を眺めていた。
国会が紛糾し、野党議員たちが中心に暴れまわり出した。国会議事堂の外の光景に切り替わり、機動隊に左翼の暴徒たちが、石や火炎びんを投げたり、レーザーポインターで、警官の目に照射させたりしていた。国会周辺は騒乱状態になっていた。マスコミや警察のヘリコプターが飛び交っていた。
「なんか、凄いことになっているが、総理はまだ総理官邸にいるようだぞ」
「やっぱり、そうよ。内閣不信任は無効なのよ」
「でも、そんなの守るかな」
桐島は、恐る恐るゲーム上の総理官邸シーンに切り替えてみた。
官房長官の顔がアップになる。
「総理、釜山民国は米・英・仏・独・日が承認し、中・露・南北鮮が非承認を表明しています」
「これで、取りあえず、対馬の向こうに友好国があるから、直接対峙はなくなったか」
「釜山民国には、駐留米軍の港湾が確保されています」
「その領域は、どれくらいなのだ」
「ほぼ旧釜山広域市内となっています」
「香港やシンガポールみたいな感じだな」
「その上、当初、国境を開放させて、大量に工作員を展開させようとした北鮮人民国ですが、思った以上に難民が南鮮民国に流出したため、人口の激減が懸念され、国境を封鎖しています」
「南鮮民国を混乱させただけか」
「さらに取り残された邦人、今まで抑圧されてきた親日南鮮人たちが、こぞって釜山民国に集結しています」
「極東半島に、取りあえず真の友好国が出来たわけか。でも浮かれて、彼らの事を全面的に信用してはいけないだろう」
「総理、非常事態が解消した際の国民投票は行いますか」
「考えさせたくれ」
桐島は、ゲームを一時停止させた。
「美優、どう思う」
「ここで国民投票やって、審判を仰ぐわけよね。でもノーを突きつけられたら、多分ゲームオーバーよね。ギリギリまで引き延ばしたら」
「それも一理あるが、引き伸ばすよりもすぐに国民投票をやった方が国民の印象が良くないかな」
桐島は、ゲームを再開した。
総理執務室のシーンになる。
「国民投票をすぐにやろう」
「承知いたしました」
官房長官が言った後、桐島は、ゲーム上の時間を進めた。
総理執務室にいる官房長官の顔がアップになる。
「総理、残念ながら国民投票の結果、支持が47.3%、不支持が51.7%、その他1%となりました。野党は内閣不信任を突きつけるようです」
「やっぱ、ダメか」
桐島はため息をもらしてから、自動シミュレーションににしていた。画面をじっと見ている美優。
「でも、すぐにはゲームオーバーにはならないみたいね」
「内閣不信任案が可決してからだろう」
「国民投票は引き伸ばした方が良かったかも」
「今さら、しょうがないよ。今度は憲法は一時休止してないし、内閣不信任案が可決するまでに、飲食メニュー
全部を制覇するか」
「どうせダメなら、その手しかないわね」
「たらふく食べ終わったら、時間の無駄だから『ゲーム辞退』のボタンを押すか」
ほとんどの飲食メニューを平らげた二人。ゲーム大会初日の終了時間の1時間前になっていた。
「まだ生殺しみたいなシミュレーションをやっているが、もう思い残すことはないから、辞退するか」
桐島の手は、カーソルを『ゲーム辞退』に移動させていた。
「ちょっと待って、なんか変ね。内閣不信任案は可決しているのに、どうして、まだゲームオーバーにならないのかしら」
「開催側のプログラムの手違いじゃないか」
「もしかすると…、あたしの直感というか、モノに宿る…この場合、プログラムに宿る思念かもしれないけど、国民投票に不正があった気がしてならないのよ」
「そうかぁ、不正ね。一種の隠しキャラみたいなものか。あれば嬉しいけどな」
「そうよ。だからゲームオーバーにならないのよ。不正を暴けば、優勝も夢じゃないかも」
「やってみるか」
ゲーム画面上のカーソルは『ゲーム辞退』から遠ざかっていった。
総理執務室。官房長官が目の前に立っていた。
「先日の国民投票だが、野党や左翼勢力の不正がないか調べてくれ」
「総理、そのお言葉を待っていました」
官房長官が言った瞬間、画面の端に表示されていたポイントが15000ポイントも増えた。
「美優、やったぞ。君の言った通りらしい」
「あたしも、ただの補佐役じゃないでしょう」
「賞金はもちろん山分けだよ」
画面上の官房長官が首をかしげていた。
「あぁ、官房長官、今のは関係ない」
「総理、適切な指示をお願いします」
「国民投票管理委員会から洗い出してくれ」
「わかりました」
桐島は個室のデジタル時計を見ながら、ゲーム上の時間を進めた。
総理執務室。官房長官の顔がアップになる。
「総理、調査の結果、開票の際に、支持、不支持どちらも記入していないものを不支持にカウントしていたことが判明しました。その他、実際の有権者の1.19倍の票が集計されたことがわかりました」
「それじゃ、正確な投票結果はどうなったのだ」
「支持54.5%、不支持43.1%、その他2.4%に修正されました」
「そうか。しかしこの不正の首謀者は誰かわかるか」
「管理委員の中に野党3党の4つの支援組織が関わっていた複数の人物がいたようです」
「いずれにしても、この事実はマスコミを通して公表しよう」
桐島は、ヘッドセットのマイクをオフにした。
ちょうどその日の終了の5分前になっていた。各チームとも4時間の仮眠時間が義務付けられていた。
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