第26話 部外者

 佐々木さんと、目が合った。

 佐々木さんは諦めているような怒っているような、笑っているような不思議な表情で俺を見ていた。

 

 その表情、どういう感情?


 何も感じ取れない。


 よく考えたら、佐々木さんから何かを感じ取れたことなんて無い。ずっと良く分からなかった。

 そんなふうに俺なりに考えをめぐらしてみるけれど、佐々木さん本人は、俺と目が合っていることさえもどうでも良いやという様子で、ふっと視線を逸らした。ネクタイを緩めて、息をついた。


「馬鹿か、お前は」

 そう言って、外したネクタイで石原さんを力無く叩いた。

「後藤、石原の言うことは聞かなくていい」

 そして、つまらなさそうな顔でそのネクタイを丸めて、胸のポケットに入れた。

「妄想だ」

 立ち上がってスーツについた砂を払う。

「石原の妄想に付き合う必要は無い」

 そう言って、地面に座ったままの石原さんを見下ろした。

「石原、お前は本気でバカだな」

 そういう佐々木さんの声は、なんとなく優しい。

「佐々木みたいなバカに言われたくないね」

 返す石原さんの声も、笑っている。


「後藤をお前の妄想で洗脳しようとするのはやめろ」

「洗脳なんかしない。妄想かどうかは後藤が決めることだ」

 石原さんがそう言って俺を見上げる。ここへ来て、部外者だったはずの俺が物語の中心に据えられた。2人が俺の返事を待つ。

「妄想です」

 俺は言った。

「俺が佐々木さんを好きっていうのは、石原さんの妄想です」

 断言した。

 断言、し過ぎだ。

 この件に関しては、何故か石原さんに反発してしまう俺がいる。

 本心がもはや自分でも分からない。

 今言ったことは、嘘かも知れない。

 嘘かも、知れない。


 石原さんはじっと俺を見ている。

 石原さんは知っている。

 佐々木さんが石原さんを受け入れないと、俺が確信していたことを。


 でも俺は、2人が付き合うことを望んでいた。

 …望んでいると思っていた?


 石原さんが仕掛けたキスで、気が付いた。

 いつしか自分の中に矛盾が生じていた。




 石原さんという人は、そういうのを相手に思い知らせるのが得意だ。



 俺の目の前でキス。

『後藤、お前、今どっちに嫉妬した?』

『佐々木から俺にキスしたらどう思う?』

 全て気が付いた。

 俺、石原さんが佐々木さんを好きでもいい。

 石原さんが佐々木さんと付き合ってもいい。

 でも佐々木さんが石原さんを好きになるのは嫌だ。

 佐々木さんは『後藤が好き』であるはずだ。

 この前提を覆されるのは不愉快だと思っている。

 そして、そのことに気付いて今、酷く動揺している。

 石原さんの言葉を素直を受け止められない。 



「俺…」

 考える時間が欲しい。

「俺、自分のことはずっと、どこか部外者だと思ってて」

 佐々木さんが、小さく『うん』と返事をくれた。

 聞いてくれている。

「本気で、2人がくっつけって思ってて」

 言ってから、まずいと思って、

「ごめんなさい」

 佐々木さんに謝った。

「…いいよ」

 佐々木さんの声も、心なしか震えているような気がした。

「俺はずっと石原さんが好きで」

 ああ、これも佐々木さんに『ごめんなさい』だ。

「自分が、佐々木さんのこと好きとか、そういう発想も無いまま」

 あ、これもまた。

 俺って佐々木さんを傷付けることしか言わないな。

「でも俺、佐々木さんのこと悲しませる自分は、嫌いで」

 ホントにイヤだ。

「今もだけど。すごいムカつくし」

 苦々しい思いで佐々木さんを見上げた。


 佐々木さんは苦笑している。

「いいよ。そういうの込みで好きなんだと思うよ」

 どうしようもない人だ。

 相変わらずМだなと思った。

「あと、佐々木さんに嫌なことを言う石原さんも、ちょっと嫌で」

 チラッと石原さんを見る。

 石原さんも、真面目な顔をして俺の言葉を聞いてくれている。

「佐々木さんは一生懸命なのに、なんでこんなに貧乏くじ引いてんだろうなって思うし」

「勝手に俺が貧乏くじ引いてることにするなよ」

「それをどうにもしてあげられないし」

「俺、後藤に助けを求めてないよ」

「これって佐々木さんのことが好きってことでしょって言われたら、そうかも知れないけど」


 人を好きになるってそもそも。


 何。


「だから石原さんの言い分もわかるけど」

『けど』しか出てこない。

「だから、石原の言っていることは無視しろって」

と、佐々木さんが俺に言う。

「…そうかも知れないけど…」

 咀嚼できてない情報は、かといって無視もできず。

「俺みたいなのが、なんで2人の間に入っちゃってるのかも分からないし、起こること起こること、全部時々他人事みたいに思えてくるし、なんか、なんか苦しいし」

 今自分が何言ってるかも分からない。

 一度帰って頭整理したい。


「2人のことを知らなければ良かった。石原さんにも、佐々木さんにも出会わなければ良かった」

 出会わなければ、苦しくなかったのに。

 絞りだすように告げた言葉に沈黙が広がる。

「だって俺、冷静に考えたら無関係じゃないですか」

「それはさ」

 石原さんが何か言いかけて黙った。


「あのさ」


 佐々木さんが言った。

 

「後藤が出会いたくなくても、俺はいつか絶対に出会ったと思ってる」

 悲しい顔。

「でも、出会い方は他にあったのにって思うことがある」

 微笑んだ。


「帰るよ」








 

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る