第22話 二度目の嘘
耳の後ろ腫れてるって言われて薬もらって家で寝て、なんだか首とか肩とか痛くなってきて痛み止めを飲んでまたベッドに横になる。
ああ…。
怠い。
なんか痛いし。
でも、ただ腫れてるだけで済んで良かったな。
良くないや。
痛いし。
ああ、痛い。身体が痛くなるタイプの熱だ。
それにしても…。
耳の後ろあたり腫れてるってさ、おたふくかぜみたいなやつかな。
顔、まるくなってんじゃない?
でも鏡見に行くどころか、顔を触ってみる気もしない。そもそも全体が怠い。
あと、時計を何度見ても同じ時間のような気がする。時間が進まない。
気絶できたらいいのにと思って目を閉じる。
そう。
妙に身体がぐらりと揺れて、ずるずると落ちていく時に、佐々木さんの声がしたんだ。
後藤!って聞こえた。なんだか声すら久しぶりに聞いた気がして、気のせいだと思った。吉田さんの話と合わせると、少し状況が分かった気がする。
気にかけてくれている。
直接、話すことはないけど、佐々木さんは今でも俺のことを気にかけてくれている。
そのことに安堵する自分がいる。
そしてそれが何故なのかを考える。
熱でぐるぐるする、ふわふわした頭で。
多分、悪いことしたって、どこかで思ってた。
罪悪感。
ちょっとでも石原さんの役に立った気分になりたくて、俺、佐々木さんのことを石原さんに売り飛ばそうとした。佐々木さんのことを憶測で勝手にべらべら喋って、石原さんとくっつけようとしてみせた。佐々木さんが俺のことを好きだって分かっていながら。かなり本気で想ってくれていたのを知っていながら。
俺も、石原さんに本気で必死だったから、言い訳にはならないけど、他人の感情なんて構っていられなかった。
日が経つにつれ、罪悪感が湧いてきていた。
日が経つにつれ、俺の中の石原さんへの想いが整理されて冷静になれたから、だから。
マジで酷い。悪いことだった。
許されない。
めちゃくちゃ傷付けた。
意図的といえば意図的だった気がする。前にも後ろにも進めない閉塞感から、自分が傷付いてでも、佐々木さんが傷付いてでも…状況を変えたいと思ったのだろうと今では分かる。
佐々木さんは抗議しに来た。怒ってた。でも、あの状況の中で最大限に譲歩して、俺を諫めて…俺の嫌な問いかけにも返事をくれた。
石原は同僚だ。
後藤は後藤だ。
他に言いようも無かっただろう。
以来口をきいていなかった。
春から、俺が一方的に佐々木さんを観察する日々が始まった。毎日勝手に席を確認して、勝手に体調を心配して、でも『観察』だから何もしなかった。
佐々木さんがこちらに声をかけて来ないことや、以前のように目が合わなくなったことから、何かを感じ取るだけの毎日だった。
許されていないと、ずっと思っていた。
そう思っていた。
『後藤!』
耳の奥に声がする。俺は机に突っ伏していて、誰かが肩に触れたタイミングでバランスを崩した。
ずるずると落ちていこうとした時に、確かに佐々木さんの声が聞こえた。
そこから、他の人の呼びかける声と支える腕。人が、わらわらと集まってきて取り囲む。
そっか。
佐々木さんは態度に出すのをやめただけで、俺のこと見ていたんだ。
すげぇな、あの人。
俺こそずっと見てたのに、全然気付かなかった。
気付かせずに見てるとか、変態だな。
変人。変態。ドМ。
佐々木さんのこと、石原さんを好きになった頃は本当に嫌だと思ってた。でも、妙に距離を詰めてくるから嫌とも思えなくなっていって、変な人だなって思い始めて、それから良い人だなって思い始めて、良い人だから、恨みにくくなって、そのうち先輩としては好きな感じだと思うようになって、それから…。
そっか、打ち明けられたの、この部屋だ。
確かに佐々木さんが俺のこと、好きなんじゃないかなんて思ったことがあったけど、それを言ったら否定されて、それで馬鹿正直に信じていた。
それまでの付き合いの中で、佐々木さんは良い意味でも悪い意味でも嘘のつけない人だと思い込んでしまっていた。
この人、変な人だけど嘘はつかない…って、勝手にめちゃくちゃ信じていたのだ。
あの日、この部屋に来た佐々木さんに俺は訊いた。
「…なんで今朝俺に『会えないか?』って言ったんだろうって、ずっと考えてて」
俺の質問に佐々木さんは急に真顔になった。
「…なんだったんですか?」
佐々木さんは、一度何かを言おうとして、やめて、そして意を決したように呟いた。
「…会いたかったから」
え?
それまでも、会いたい会いたいと言われていたけど、その時は一気に空気が変わる何かがあった。
「石原のいないとこで会いたかった」
言っている佐々木さんの表情が、とても辛そうで、ああ、嘘だった、今までずっと嘘だったんだと気付いた。
「俺、後藤が」
びっくりしすぎて軽くパニックになったが、それ以上に佐々木さんが緊張しているのが伝わってきた。
今まで、全部嘘だった。
そんな…。
佐々木さんが立ち上がってこちらに歩み寄る。こんなに苦しい表情の人、見たことが無いんじゃないかと俺は考えていた。俺が嘘をつかせた。俺がこの人を追い詰めて嘘をつかせて、そして今こんな表情をさせている。
「ごめん」
佐々木さんの、掠れた声。
ベッドに座っていた俺を、佐々木さんは少しかがんでゆるく抱きしめた。
「後藤が好きで」
ああ、言われてしまった。
「一緒に居たい」
ああ…!
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