第17話 悶々と
どうにもできず立ち尽くす。
玄関ドアを開けたら姉貴が待っていた。ちょっとドキッとする。
「ごめん。心配だったから」
「うん」
聞こえたかな。どこまで聞こえたかな。俺、まずいこと言わなかったかな。聞こえてまずいこと。
ははは。まずいことなんて、何一つないよ。
2秒くらいでサッとそんなことを考えた。
「お仕事のこと?」
「…いや、まあ」
言葉を濁す。腹をくくったつもりだったのに、『良かった、特に何も聞かれていないみたいだ』なんて思ってしまう自分が小さくて嫌だ。
「佐々木さん?」
「うん」
「なんか…仲良いね」
「いや」
違う。仲が良いわけじゃ無い。
普通に仲の良い先輩後輩でいたいと、思っていたことは確かだけど、今日はね、あの人俺に文句言いに来たんだ。
本当に、文句だけ言って帰った。
痛いところを突かれたし、嫌なことばかり言われてさ。
佐々木さんは、ずっと悪い顔をしていた。怒っていて、暗くて、皮肉っぽい表情ばかり。ああいのは珍しい。
なのにね。俺、佐々木さんを追いかけて優しくしたいという衝動にかられたんだ。
何故だろう。
嫌なことを言うだけ言って、去っていった後ろ姿。ホント、何しに来たんだろ。嫌われに来たようなもんじゃん。なんて思う。いつも優しいけど、今日のが本当の佐々木さんかも知れないよって、俺、思うじゃん。
なのに、嫌いになれない。嫌いになれないどころか、いつも以上の感情が発生するなんて。
俺が、佐々木さんの気持ちを無視して石原さんの味方をしていることに対して、佐々木さんは怒っている。
いや、違うか。
俺が勝手に佐々木さんの攻略方法を石原さんに言ったことに対して、かな。
勝手なことを言うなと。
人のことは放っておけと。
いや、実はそれも違うのか。
「バカだなぁ」
「え?なんて言ったの?」
姉貴の不思議そうな表情を見て、なんとなく落ち着く。
「ううん、なんでもない」
そんなことを言いながら自分の部屋に戻った。佐々木さんをバカだなって思ったり、俺ってバカだなって思ったり。
石原さんからメールが入っていた。珍しくて驚く。
『前回黙って出国したこと、めっちゃ怒られたから、次は連絡する。でも見送りがめんどくさいから、空港とかに来ないって約束しろ』
なんで命令されてんだ、俺。従っちゃうけどさ。
『了解です。約束します』
メールが来ることは、進展なのだろうか。
でも『めっちゃ怒った』のは佐々木さんだもんな。
自分じゃ距離を詰められない。佐々木さんが仲介しないと進展しない。いや、多分進展しているわけでもない。
やっぱりバカは俺か。俺一人がバカなのか。
ベッドに寝っ転がった。この一年のことを思い出した。石原さんに迫られて好きになったこと。佐々木さんと遊びに出掛けたりして、好きだと言われてしまったこと。俺の性志向、男性じゃなかったよね。何があってこんな風になっちゃったんだろう。姉貴が、俺は人と付き合ったりして、成長しろと言う。石原さんが、佐々木さんが女の子だったら、俺はどうしていただろう。
佐々木さんが俺を好きになったのは、俺が石原さんに片思いしているのに気付いたからだと確信している。ああいう、告白されたから付き合いました、みたいな人ってだいたいそう。自主的に恋愛しないよな。ムカつくことに。学生の時にもそういう奴がいて、次々付き合って、タイプはその時付き合っている人だとか言う。
知らねえよ。
真面目に人を好きになりやがれ。
そう思ってた。
佐々木さんだってそうだ。受け身の恋愛をしてきたから、追いかけ方が分からないし、石原さんとのことも6年間、ずっとフラフラとその身をかわしてきただけだった。
でも…。
でも佐々木さんは石原さんをずっと守っていた。
自分は石原さんの想いに応えない、という芯をハッキリ持ったうえで、脱ぎ始める石原さんをセーブしたり、ちゃんと帰らせたり、道でうずくまっていたら助けに行く。
佐々木さんにとって、石原さんは友だちで、それは…多分、言葉以上に『友だち』なんだろう。
ああ、もう本当に、付き合ってくれよ、2人。
あの人たちのことを考えていると、最終的にはそんなことを考え始めてしまう。もういいよ、俺退散するから、2人で付き合ってくださいまし、って、そういう気持ち。
俺、石原さんが受け入れてくれないと分かった上で追いかけてるのかな。受け入れられることなど無い安心感で好き勝手に追いかけているのか。佐々木さんのことをとやかく言える立場ではなく、俺は、アイドルに憧れるみたいに、俺を好きになることが無いとハッキリしている人を選んで好きになっていただけなのか。
石原さんが、本当に俺を好きになって、俺を選ぶという未来はあるか。
その可能性は完全なゼロとは言えない。
けれども心のどこかで、佐々木さんとの決着がつかなければ石原さんは振り向かないと分かっている。
決着なんて、つくわけないのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます