第14話 友だち


 じっと見つめた。石原さんは笑って誤魔化すだろう、本心を出さない人だ。分かっている。

 けど、自分の気持ちは伝えたい。

 案の定、石原さんは少し顔を歪めて俺の頭に手を置いた。

「お前、俺が好きなんだろ?なんで他の奴の話するの」

「…好きだからです」

 そうとしか、言いようがない。

「何、それ」

「石原さんは俺とは付き合ってくれない。付き合ってくれたとしても、真面目に付き合ってくれるわけじゃない。それが分かっているから、もう付き合いたいとか、そういうの、考えるのやめようって思って」

「脈絡無いじゃん」

「俺の中では筋が通っているんです」

 付き合いたいとかは、もう考えないけど、好きな間は好きなままでいたい。好きなままで、石原さんを知って、石原さんの幸せを、もっと願っていたい。

「…お前さぁ…」

 石原さんは更に顔を歪めた。

「バカなんじゃない?」 

「…俺といても、石原さんは幸せだと思えないって、分かっただけです」

 ねえ、そういうことなんでしょ?

 俺がじっと見つめたら、石原さんは不機嫌な顔をした。

「俺の幸せ、勝手に決めるなよ」

 そこまで言って、でもその声がブレた。


 あ、と思ったときには、石原さんの目から涙がこぼれていた。

 え?

 なんで?

「びっくりすんなよ。俺が一番びっくりしてるよ」

 涙をぽろぽろ零しながら、石原さんは俺の頭をぐしゃぐしゃ揉んで、手放した。

「俺も落ちぶれた」

「いや、そんな」

「お前に何か言われて泣くとかありえないし」

 そんなこと言われても。

「好きかって聞かれたら、そりゃ好きだよ」

「……」

「でも、あれは友だちだから」

「…どうしてそういう…」

 言い方で誤魔化すの。

 そう言いたい俺に、石原さんは言い含めるように囁いた。

「あれはね、俺の友だち」

「でも」

「あれは、友だち」

「けど」

 意見が受け入れられず抵抗していたら、石原さんがため息をついた。

「あのね、お前。友だちになる人間と、好きになる人間の違い、分かる?」

「え?」

「俺、よく分かんないの。分かんないから、今まで友だちが居ないの」

 ん?

 理屈、分かるような分からないような。

「俺は性別にこだわりがない。だからかな、良いやつだな、イコール好きになる。俺が迫ると、なんだか大体相手も応えてくれる。そうやって好きになったり、うまくいかなかったり。そんなんだからか、友だちの距離ってよく分からない」

「……」

「でも、あいつは友だちのスタンスを崩さない」


 ああ。


「友だちってこれかなって、俺も思う。踏み込みすぎないけど、助けてくれる。俺も助ける。関係性が続いてく。ちょっとカマかけてキスしてみても、あいつはこの状態を絶対に守ろうとする。俺はそのことに安心する。恋愛関係が無くていいんだ、ずっと俺のことも、この距離も、守ってくれる」


 石原さんの表情。穏やかで、あまり見たことのない表情。

 佐々木さんのあの態度が、石原さんの信頼と愛情を勝ち取ったんだ。

 でも…。

 可哀そうな石原さん。

 初めてできた気がしている友だち。



 俺は石原さんから視線を落とした。目線の先に、石原さんの革靴が見えた。

「…なんで、転勤の話、OKしたんです」

 そばにもいられない。

「自分が煮詰まってきたのが分かったから」

 好きだけど、友だちのままでいたかったってこと?

「…バカなんじゃない?」

 さっきの言葉を、まんま言い返してやった。

「お前に言われたくない」

 そりゃそうでしょうけど。

「離れて、その後どうするんです」

「どうもしない。ダメだと思ったら、もっと距離を置けばいい。大丈夫だと思ったら、近くに居ればいい」


 いつから好きなんだろう。

 孤独な人。

「石原さん、バカですね」

 そっと抱きしめる。

 抵抗、されなかった。

「腹、括ったんですね」

 友だちであることを、選んだということだ。

「うん」

 小さい声。

「後藤、俺と寝る?」

 すごいこと言う。

「いいえ」

 俺も腹を括ったので。

「そういう、遊んでるふうな態度、やめたほうがいいですよ」

 結果めちゃくちゃ純じゃないですか。

「うるせ」

 俺の腕の中の小さな石原さん。

「帰りますか」

「…うん」

 大好きだった。

 ふわっとギュッと抱きしめて、顔を上げた。

 車道を挟んで向こうに佐々木さんがいた。

 距離があるから表情が分からない。でも、ずっとこちらを伺っていたのが伝わってきた。

 あの人は、誰を待っていたんだろう。


「大丈夫ですか?」

「うん」

「俺、もう行きますね」

「うん」

 数年後にまた石原さんは帰ってきて、俺に絡んでくるのだろう。

 背中を軽く叩いて身体を離した。

「じゃあ」

 お元気で。


 一人で歩きだす。随分離れたと思ったところで振り返った。

 酔ってうずくまっている石原さんを、佐々木さんが抱き起しているのが見えた。



 このタイミングで佐々木さんは、俺を追いかけてきたりしない。あの人は、うずくまっている石原さんを助けに行く。


 困っている人を、助けに行く。

 困っている友だちを。


 佐々木さんには分かっているのだろうか。手を出さないことが最も石原さんの気持ちを安定させていること。

 最も不安定にしていること。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る