第13話 待ち伏せと分析結果


 本当は酔っていたんでしょ。

 いや、酔ったふりをして都合よく寝たふりをしたってことで良いですか。

 あの量では酔わないって言ってたし。

 でも…。

 やっぱり酔っていたんでしょ。

 酔ってないって言う酔っ払い、履いて捨てるほどいる。


 二回目送っていった石原さんは更に大胆になり、自らほぼ全裸の状態まで脱ぎながら俺に付き合うかどうか聞き、俺の気持ちが揺らいだ隙に眠りについた。

 俺はといえば、同性に対してこんな気持ちになるなんて考えたことも無かったのに、石原さんに対して思う「この人とだったら付き合える」という気持ちが生じてしまう自分に驚き、そして目の前で眠ってしまう石原さんに対する切ない気持ちで、かなりグチャグチャになってになって、人生最大とも言えるほどの混乱に陥った。

 職場でもスーツを着崩している石原さんにドキリとし、ゲスい下ネタで笑う石原さんにハラハラし、営業先の受付のお姉さんにちょっかいを出す石原さんに不安と嫉妬心が芽生えた。もう完全に落ちてしまっていた。

 次に「付き合うか?」と聞かれたら、即答しよう。

 俺は、石原さんと付き合いたい。

 ちゃらんぽらんに見えてめっちゃ仕事できてカッコいいのに綺麗だし、新人の俺のフォローが的確だし、人付き合いがテキトーで上司さえもあしらいながら呆れられ、可愛がられていて、つまんないタイプの俺からしたら憧れオブ憧れ。酔って脱いだ時の色気が酷い。

 もう、酷い。

 俺、石原さんを他の人に渡したくない。

 そう心に決めて迎えた3回目の「石原さん自宅送り」の日。

 俺は酔っている…と思われる石原さんに、手を出しかけ、みぞおちに一発決められて気絶させられた。



 幹事の俺は、出入り口に近い席でみんなのオーダーを聞いては店に追加のコールをして時間を潰した。

 石原さんと佐々木さんも適度に距離を置いて座っている。近づく様子もない。


 一年間の付き合いの中で知った、石原さんの、佐々木さんへの信頼具合が半端ない。なんかあったら、絶対助けてくれるのが佐々木さんだと認識している様子に嫉妬していた。嫉妬するけど、その関係は俺が就職する6年前から培われたもので追いつけない。

 それに、佐々木さん、酔った石原さんに迫られながら、それを6年間もの間、淡々とあしらってきた…ことが、会話で分かった。


 俺は、石原さんの信頼を勝ち取るというオーディションに落ちてしまったのだ。


 とにかく。

 諦めると決めたので、その日は距離を置き続けた。

 歓送迎会を課長の一言で締めくくってもらい、お開きになる。

 一応、忘れ物が無いか確認してから最後に店を出た。他の人より遅く出たので、もう誰もいないと思っていたら、店の外で石原さんが待っていた。

「あ…」

 間抜けな声が出た以外、何も思いつかない。

「お疲れ」

 労いの言葉。あんまり頭まで届かない。

「こないだ、ごめんな」

 え?何?

 意味さえ分からなくて目をぱちぱちさせた。

「焼き鳥屋。邪魔した」

 あ、ああ。

「いえ、邪魔では」

「そっか、俺は佐々木の邪魔をしたんだっけ」

「…いや、そういうことじゃなくて。…佐々木さんは、俺があんまり食べてないなって思って、心配して連れってくれた感じです」

 あの日言いたかったことを、なんとか告げる。石原さんが手を伸ばして、俺の頭をぐしゃっと撫でた。

「お前も複雑だね」

 どういう意味だろう。

「お前が俺にああいう言い方するのは初めてだったから、珍しいなと思った」

 それは、自分でも思いました。


 駅に向かって歩き始めた。

「石原さんは、どこへ」

「会社の近くのホテル」

「じゃあ、方向、逆じゃないですか」

「ちょっと後藤と話したかったんだよ」

 そういうことを言うのも珍しい。

「去年お前が配属されてきた時から、俺は今のタイミングで異動するって分かってた」

「え?」

「うちの課、一名増だったし。前から海外転勤は何回か言われていたから、ああ、この新人を育てろってことかって思ってて。あいつら呑気だから気付いてなかったよな」

 ここで石原さんが言う「あいつら」っていうのは、多分係長と課長のことだと思う。時々こういう言い方をする。

「お前のこと、からかって過ごすのは楽しかったよ。…ごめんな」

 最初から、一年の付き合いと思っていたんだ。

 ごめんと謝られて、本当に望みが無いんだなと知る。

 変なの。

 諦めようと決めたのに、望みが無いと分かるのは辛い。


 辛いと同時に、やっと頭が回りだす。

「石原さんは…」

「ん?」

「石原さんは、佐々木さんが好きですか?」

「ん?」

 俺が石原さんから聞いておきたいのは、多分これだけだ。

「どういう意味?」

 最初、石原さんはニヤニヤした。それはどういう感情からきた表情なのか。俺はもう一度聞いた。

「石原さんは、佐々木さんが、好きですか?」

「あいつは同期でしょ」

 間髪入れない答え。そう言うと思ってた。否定もしない、この感じ。

「石原さんに、言いたかったんですよ。佐々木さん、片思いしている人に弱いですよ」

「は?」

 突然の話題変換に、石原さんがびっくりした顔をする。

「石原さんは、アプローチの仕方を変えたほうが良いと思います」

「お前、何言ってんの」

 石原さんの表情から、ニヤニヤが完全に消えた。

「佐々木さん、自分から告白したことが無いって言ってたんですよ。それって多分、告白されて付き合うパターンだろうと思うんです。プラス、俺がめちゃくちゃ石原さんにドはまりしてるの見てから非常に親切になったんです。あの人、片思いしてる人に弱いんですよ」

「お前…」

 石原さんの、顔。綺麗ですよ。こんな時でも。

「俺、石原さんみたいに機転利かないし、勘も悪いし、佐々木さんみたいにセンスあるわけでも無いし。…でも、人の発言とか行動とか、その起点とかをじっくり分析するのが好きなんです。間違いないと思ってます。石原さんは一度、佐々木さんに本気出したほうが良いです。絶対後悔がないはずだと思います」



 


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