第11話 石原さんじゃない
「後藤、メシ行く?」
昼休み始まってすぐ、佐々木さんが声をかけてくれた。
行きたいな。
今朝、職場についてすぐ、昨日のメールのお礼をした。
昨日の晩飯に石原さんが居合わせたあのハプニングについては全く触れず、ただ心の底からお礼を言った。
「俺、吉田さんから言われてたのに、すっかり忘れてて」
「うん。なんか送別会やるなら後藤が幹事って聞いてた気がしたから」
そっか。
「助かりました。うっかりしてて」
へへって笑ったら、佐々木さんも『仕方がないなあ』って苦笑いした。
触れられない話題がありながら佐々木さんと話す。
思い返せば、ずっとそうだった。この一年間、石原さんの話題を、出したり出さなかったりしながら過ごしてきた。
石原さんの転勤が決まり、俺の目の前から消え去って初めて、俺と佐々木さんは素直になんでも話せる仲になった。
…気がしていた。
けど、違った。
なんでも話せる仲になったと思っていたのは俺だけだった。佐々木さんは、俺への気持ちを冗談っぽく扱って、日常に馴染ませようとしていた。でもそれには多分、無理があったのだ。
佐々木さんは、そこそこ俺のことを好きなままであって、その気持ちは意外と深かった。
俺は、自分が誰かに好かれることに慣れていなくて、不安になって、その事実を無視しようとしていた。
そんなわけも無いし。
そんな話、聞いたことも無いし。
佐々木さんが俺を好きって、まあ直接聞いたけど、でもそれってよく分からないし。
自分も石原さんに片思いしておきながら、佐々木さんの感情を無視した。
一回断ったし。
もう関係ないし。
勝手に親切にしてくれてるし。
もしかしてこのまま普通の先輩と後輩でいられるんじゃないかっていう期待もあった。それは俺の甘えでもあったし、佐々木さんがほんの少し希望したことでもあったと思う。
なんでもいいからそばに居たいと、俺が思ったように、佐々木さんも、多分そう思ったのだ。
そうやって、お互いにバランスを取りながら。
石原さんが来て、そういうのを秒で暴いた。
昼飯に誘われて、行きたいなって思って、でも俺の返事はノーしか無い。
「今日はちょっと、期限のある仕事溜めちゃってて」
鞄からチラッとコンビニで買ってきたパンを見せる。
「今日はここで済ませます。ありがとうございます」
ペコっとお辞儀して。
「そっか。無理すんなよ」
佐々木さんの手が、背中に一瞬触れた。
「すいません」
離れていく暖かい手が。
ねえ。
俺は石原さんが好きだ。性別を超えて好きになった。同性で、付き合いたいと思うのは石原さんだけ。佐々木さんは俺のこと真面目に好きになってくれたけど、俺は佐々木さんとは付き合おうとか思わない。
だから、もう佐々木さんと二人でメシに行ったりとかしない。
佐々木さんと付き合わないのに、楽しいところだけ受け取ることはできないから、佐々木さんと一緒に何かをしているのが楽しいっていう、そういう様子を見せない。
俺は、俺なりに、俺の一面を殺す。
本当は、佐々木さんと居ると落ち着くし、楽しいけど、それはもう出さない。
そうしようと思う。
それがけじめだと思う。
『めっちゃ良い人じゃん。その人と付き合ってみたら?』
姉貴が言ったことも、全く理解できないわけじゃないけど。
あのさ、俺、とりあえず今日の昼は断ったよ。こういうことを地道に、続けていけば状況は変わっていくのかな。
でも…この断り方は長くは続けられない。
いや、佐々木さんのことだから、何日か続けば何かを察して離れていくかもしれない。
距離を、少しずつ広げていって、人間関係を、フェイドアウトさせる方向へ。
石原さんを介して俺と佐々木さんとは理解し合ってきた。石原さんがいなければ、この関係は築けなかったと思う。それを、振り出しに戻す。
こんな感情になったことを消し去って、無かったことにする。
そして多分、俺は石原さんのことも諦めなければいけない。俺の中であの二人はセットだから。
あ~あ。
俺が石原さんとくっつかないんだったら、せめて石原さんと佐々木さんがくっつかないかな。以前は全く認めたくなかったけど、結局石原さんは佐々木さんのこと好きじゃん。せっかくだから幸せになって欲しい。石原さんが幸せだったら、俺は嬉しいよ。
だから、佐々木さんが石原さんのことを好きになってくれたら、いろいろ気持ちを静めて、俺は次に進める気がする。
なんで、石原さんじゃないのかなぁ。
月末の送別会、俺は敢えて石原さんとも佐々木さんとも離れた場所に座った。というか、幹事なので、出入りのしやすい場所でウロウロしていた。
課のメンバーは二十人程度いて、ごちゃごちゃしており、存在も消しやすい。
離れたところからたまに見る石原さんは美しい。美しいというか、色気がある。怠そうに座っているようで、背筋がスッと伸びている。小さくて痩せてみえるのに、ジャケットの中のTシャツに、うっすら胸の筋肉が張り付くように自己主張している。首筋などの見える部分の皮膚は白く、何故か柔らかそうに見える。
いや…あの人の肌は実際に、吸い付くように柔らかい。
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