第10話 姉弟会議

 ふふ。そうだね。

「特に文昭はさ、さっきみたいに泣くんでしょ」

 …うん。

 そんなつもりは、無かったけど。

「文昭、バカだもんね」

 軽く言うけど。

 その通りだけど。

「バカじゃねえし」

 言い返した。姉貴はちょっと笑った。

「…バカだもんねぇ」

 泣くほどバカって、自分でも分かっている。


「俺のこと、好きって知ってたけど、はっきり断ったし、それでも話しかけてくるのって、もう俺のせいじゃないって思ってた」

 思ってた。

「それって、しつこく来る感じじゃなくて?」

「…うん。俺が調子悪そうにしてたら、結構助けてくれて」

「あ~、そういう感じ」

「うん。全然ヤな感じじゃなくて」

 なんか、姉貴とこういう話を初めてしたのに、違和感が無い。恋愛の話を姉弟で普通に話せてる。それがちょっと面白いなって思いながら。

「良い人なんじゃない?本気であんたのこと助けたいんでしょ。きっと」

「うん。そんな感じ。マジで下心感じない」

 手が触れたら慌ててたし、しがみつかれた時もセクシャルな感じが全く無く。

「ちょっとはイイかもって思ったりする?」

 イイかもって、どういう感情だろう。少し、考えてみた。

「…ないない」

 うん。佐々木さんは、先輩だ。

「良い人だなって思うだけ」

「文昭、鬼だ」

 そっかな。

「姉貴って、そういうことある?」

「あるよ。そんなのばっかり」

 なにそれ。

「モテるから」

「いや、女なんてそんなもんよ。相手の『あわよくば』を捌く能力が大事」

「はいはい。あんたモテるから」 

「いや、ほんとだって。友達とかに聞いてみてよ…って、あんた女子の友達いないか」

「うるせぇ」

 いねえわ。

「っていうか、男の友達も…いる?友達」

 痛いところ刺してくるね。

「…いない」

「ああやだやだ」

 ほっとけよ。

「あんたさ、女の友達も、男の友達もいないんでしょ。そんなんなのに、その人はあんたのこと好きになってくれて、断ったのに気にして助けてくれるんでしょ。めっちゃ良い人じゃん。その人と付き合ってみたら?」

「…付き合えないよ」

 恋愛対象として見てないもん。付き合っているところが想像できないし、それなのに、どうしてだろう、俺…。佐々木さんのことをめちゃくちゃ悲しませる気がする。

 それはやっぱり、石原さんのことが好きだから、心底佐々木さんを好きになれる気がしないから…なのかな。

 今の俺は、佐々木さんが悲しいのが嫌なんだ。

「付き合ってみたら案外、めっちゃ好きになるかも知れないじゃん」

「いや…」 

 もう人として十分、めっちゃ好きだと思ってるよ。それでも付き合えないから、どうしていいか分かんないから、だから。

 …だから、泣いてたんだってば。

 佐々木さんのことを考えると、言葉に詰まるよ。

「ま、文昭にもいろいろあるってことか」

「…うん」

「それにしてもさ」

「…?」

「やってもみないで泣くとか、無駄な時間」

「お前さ」

 相手、佐々木さんなんだってば、って言いそうになる。なんとか言葉を飲み込んだ。

「…だから、…いろいろ…あるんだよ」

 何か言い返されると思ったが、

「ごめん」

 姉貴が引き下がった。


 自分の家が、見えてきた。

「文昭を好きになってくれた人って、どんな人だろう」

 こないだ会ってるよ。

「文昭の彼女はさ…、あんた引きこもりみたいなところがあるから、外に連れ出してくれる人だといいね」

「そうかな。一緒に引きこもってくれる人がいいけど」

「世間が狭くなるじゃん」

 架空の恋人話が出てきて、空気が和んだ。

「世話してくれる人がいいんじゃない?」

「俺は、世話されたくない」

「いまだに『ママのご飯』から離れられないくせに」

 …うっ。図星。


 でも、俺は…人の世話ができる自分でいたかった。

 石原さんは俺の面倒を見ながら、俺に世話する隙を与えてくれた。本当は何も困っていなかったのに。そういう風に、あの人は人のコンプレックスを見抜きながら上手く人を使っていく。細やかに観察し、気遣い、時に空気をぶち壊しながら、お互いの居場所を作っていく。

 そういう、人間関係の器用さ。その危うさと繊細さ。

 あんな人には出会ったことが無かった。

 

 そして、対照的な佐々木さんの不器用。

 不器用だね、あの人は。だから、傷付けちゃいけないと思うんだ。


 部屋に戻って、もう一度スマホを開いた。

『調整ありがとうございます。すぐに店押さえます』

 できるだけ事務的に、文面を考えて送信した。


『石原が抜けて大変だと思うけどよろしく。困ったら言って』

 ほどなく、佐々木さんからそんな返事が返ってきた。

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