第5話 肉を食べる
佐々木さんとは、よく飯を食うことになるなと思う。
全然望んでいないのに、そういうことになっちゃう。
思えば、告白される前から、よく食べに誘われたり、勝手に付いてきたりしていた。邪魔だなあと思ったことも多々あった。こういうのは、俺の拒否の度合いよりも、佐々木さんの誘いの強さが上回っているからだと思っている。
先輩だし。…つまりパワハラ?
…って訳でもないな。マジで嫌な時は絶対に逃げるし。
肉ウマー!って、モグモグやってたら、佐々木さんの視線に気が付いた。
「…なんですか?」
よく見たら、佐々木さんはあまり食べてない。
「いや、お前が食べているの見てた」
…聞くんじゃ無かった。ため息しか出ない。
「見ないでください」
「金は全部払うから」
肉が喉に詰まりそうになる。バカじゃねぇの?
「…それ、ヘンタイのセリフですよ。分かってます?」
「多少は変かも知れないと思う」
「じゃあ言うな。それと、俺を見るな」
言うこととやることがいちいち変態っぽい。普通に片思いされている感じがしない。俺は、俺を好きだと言う佐々木さんは好きになれないし、冷たくするって決めている。先輩扱いはしない。
「後藤を見ないとしたら、何を見よう」
知らねえよ。
「肉でも見ていようか」
なんだこの人。
「店員の女子高生でも見てりゃ良いでしょ」
「ミキちゃん…ミキちゃんをじっと見てたらヤバイだろう」
いやいやいやいや!
「俺のこともじっと見てたら、ヤバイでしょ」
強めに説得。
「じゃあ職場でめちゃくちゃ後藤を観察しているのも、ヤバイのか」
何!!!
おおおおおお!!!!!
マジでゾッとして睨みつける。
「嘘だよ」
目の前の佐々木さんが笑っている。
笑えないよ。
「仕事中は、ちゃんと仕事しているよ。知っているだろ」
…知ってますよ。知ってますし、尊敬もしていますよ。
「でもたまにチラ見してる。ごめん」
…それも知ってます。
だって、時々目が合うから。
「またジム行こう」
「…はい」
駅付近まで、2人で歩いた。
「あいつ帰ってくるまでに」
佐々木さんはそこで言葉を切った。見上げたら、こっちを見てにっこり笑ってた。
「…少しは体力、つけておけばいい」
寂しい顔。
「体力つけたって、あの人には歯が立ちません」
「まあ…そうだな」
俺が、男好きとかだったら良かったのかな。石原さんだけ特別に好きになるとかじゃなくて。ちょっといい雰囲気になったら好きになるような人間だったら。
「でも、体力も筋力もつけたいから行きます」
「うん」
「姉貴に、ちゃんと行かないと筋肉腐るって言われたし」
そう言ったら、佐々木さんは声を出して笑った。
「ははは。キツいこと言うね」
「あいつSなんですよ」
「後藤もなかなかだけどな」
「俺はフツーです」
…好きになれたら良かったのかな。
この人を、素直に好きになれたら良かったのかな。
ねえ、石原さんが抜けてしまって、俺の中でバランスがおかしくなっている気がするよ。
そんなことを考えてみても、石原さんは海の向こうだ。
……。
駅の明かりが見えてきた。
佐々木さんとは、別々の方向へ向かう電車に乗ることになる。さよならをした。
向こうのホームに、佐々木さんが立っている。ハッキリ言って遠目にカッコ良いと思った。内ポケットからスマホを取り出し、何か見ている。
あ…。
…ごちそうさまでしたって、言うの忘れてた。
電話、しようか。
わざわざ電話は無いか。
『今日はごちそうさまでした。うまかったです。ありがとうございました』
メールを送った。
向こうのホームの佐々木さんが、おや?という様子で顔を上げる。俺に気付いて、片手を上げた。
俺も、ぺこりと頭を下げる。
顔を上げたら、どこを見よう。佐々木さんをもう一度見ればいいのかな。どんな顔をしよう。
どんな顔を。
電車が…ホームに入ってきた。
「石原の送迎会、できるかなあ」
同じ係の吉田さんが呟いた。
そっか、そういうの、あるんだ。
「石原さんって、もうアメリカ行ってるんですよね」
声をかけてみる。
「らしいけど、辞令とかあるから一回帰ってくるんじゃないか?課長に確認しとくわ」
……。
そっか、一度戻ってくる可能性あるんだ。佐々木さんはそういうことは言ってなかったけど、普通あるよな。
ああ、でもなんだか緊張する。
嬉しいんだけど。とりあえずもうすぐ会えるんだろうなってことが嬉しいんだけど。
会って、どんな顔で接したらいいのか、何を話せばいいのか。
「課長より、佐々木に聞いた方が早いかな…。ま、もし石原の帰国日とか抑えられたら、後藤が送別会の幹事ね」
急にお仕事を振られてドキッとする。
「えっ、あ、はい。分かりました」
…ああ。
そう言えば、こういう会の幹事とかも、なんだかんだで石原さんがサポートしてくれてたり、やってくれてたようなところがある。俺があんまり得意じゃなかったから。
…ダメだな、俺。一人じゃなんにもできないや。そりゃあモテないし、石原さんにも選ばれないよな。
ちぇっ。
見るともなく佐々木さんのデスクを見る。今日は研修会で席を外している。
佐々木さんのデスクは割と整然としている。机の上にあるのはモニターアームで支えられているパソコンモニター2台と電話、変な形の黒いペン立て。書類が山積みの石原さんの席とは対照的だった。
「本当に真逆」
思わず、そんな言葉が口からこぼれ出た。言葉にすることで、2人の関係性を認めているみたいで癪だった。
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