第4話 佐々木さんになりたい

 ちぇっ。


 佐々木さんになりたい。


 佐々木さんになって、石原さんと付き合いたい。

 それでもって、本物の佐々木さんには、姉貴と付き合ってもらいたい。

 世界が丸く収まるよね。


 そんな他力本願じゃダメで、しかも、本来であればムカつくべきライバル男に、全てを解決させる方法しか思いつけないなんて、情けないったらない。


 佐々木さんの背中を遠目に眺めている。


 がっしりした背中。みんなが頼っちゃう安心感。

 佐々木さんの業務はオンライン広報にかかるシステムの管理がメインだが、オンライン以外にもシステム関係全般詳しいので、パソコン系のトラブルがあると他の部署の人も相談に来る。今の部署でもうすぐ7年目になるという。

 今、本社で一番、最新のPC情報詳しいんだろうなと思う。

 6年間のうちに、独壇場を作ったんだろうな。

 俺は営業だけど、あと6年であんなふうに頼られる大人になれるか分かんない。正直今だって、これまでサポートしてくれてた石原さんがいなくなって、めちゃくちゃ心細い。

 石原さんは、すっごくテキトーに見えていたけど、仕事の人づきあいがちゃんとしていたし、取引先にマメに連絡入れて、相手さんの絶妙な情報を仕入れてくれて、俺の分もサポートしてくれていた。

 海外転勤が決まったのも、会社がちゃんとそういう石原さんの能力を評価してのことだと思う。

 ま、それ以外に実は3カ国語話せるらしいんだけど。

 1年間一緒にいて、知らないことがたくさんあって、それらを周りから聞かされるたびに凹む。石原さんは帰ってこない。いつ帰ってくるか分からない。もう忘れようと思ったりする。

 もういいや。

 もういいや。

 男の人を好きになったのは初めてだった。これまで、クラスメイトの女子とかにドキッとしたことは多々あって、大学の時はゼミの後輩と付き合ったこともあった。けど、それがサラッとした付き合いだったのは、実は自分の恋愛対象を正確に把握しきれていなかったからではないかと反省したりしている。

 かといって、次々と男性に目がいくわけでもない。佐々木さんに告白されたときは『とんでもない!』と思った程だ。

 やっぱり、石原さんは、特別なんだ。


「後藤、メシ行かないか」

 翌日夕方、佐々木さんに誘われた。

「え?…いや、いいです」

 断った。

「ちゃんと、食ってるか」

 …え?

 言われて、思わず自分の頬に手を当てた。頬から、あごの辺り。いつも気になっている柔らかい肉。

 ある。

 まだ、ある。

「俺…痩せました?」

 恐る恐る、聞いてみる。

「…いや…」

 佐々木さんが、少し困ったような顔をした。


「…少し」


 ああ。


 だから姉貴も昨日あんなことを言ったのか。

「食べてますよ」

 ちゃんと。

 だって、食事を抜いたりはしない。こないだも一緒に牛丼屋行ったじゃん。…でも、確かに、あまり量が食べられなくなっていたかも知れない。

「肉、奢るから。行こう」

 佐々木さんが、俺の手首のあたりを掴んだ。

「いいですよ」

 振り払った。

「変なこと考えてないから」

 もう一度捕まる。

「当たり前でしょ!」

 また振り払おうとして、失敗して、睨みつけた。そうして、ものすごく心配そうな佐々木さんと目が合った。

「後藤に元気でいて欲しい」

 わあ、この人、天然だ。何そのセリフ。何その表情。

 …そういう表情、石原さんにも見せたんだろ。それで石原さんは、あんたのことを好きになってしまったんだ。きっとそうだ。

 くそっ。

 腹立つ。


 どうしてだろう。


 …泣きそうになる。


 自分の目が、充血していってるのが分かって焦る。それが怒りと思われたい。

「分かった。行く。行くから」

 手、離せよ。

 充血し始めた目で、そう伝えた。


 佐々木さんの手が離れた。


 俺は、石原さんが好きすぎて、時々同調しているのかな、と思うことがある。

 佐々木さんの心配が全身に伝わって、その瞬間に、石原さんが佐々木さんを好きだったこと、でも言えなかった長い時間のことを考えた。


 胸が詰まる。


 石原さんはどうして。

 佐々木さんは、どうして。


 それでも、海外転勤を受け入れたのだから、石原さんの中で何か整理はついているんだろうな。

 何も聞かされていなかった俺だけが、気持ちの整理をつけられない。

 なんか、めっちゃ傷付けられている気分だけど、石原さんの意図なら全身で浴びたいと思う。傷付けられても石原さんのことを知りたい。

 初めて来るボロい見た目の焼き肉屋で、佐々木さんと対面で座っている。

「後藤はもっとお洒落っぽいところがいいかもしれないけど、ここ旨いから」

 高校生くらいに見える若い女の子が、肉とサンチュを運んできた。

「ミキちゃんありがと」

 佐々木さんは常連なのか、その子に礼を言った。

「石原さんは?」

「あいつは異動で海外」

「うそ、まじ?英語とか喋れるの?」

「うん。大丈夫」

「うそ、教えてもらっといたら良かった」

「ああ、ダメダメ、あいつのはお勉強のと違うから」

「うそ、何それ」

 高校生くらいに見えたけど、どうやら本当に高校生らしい。

 石原さんの話題が出たことに恐縮したのか、佐々木さんはこっちを見てスマンって顔をした。

 いいですよ、別に。

 佐々木さんといるだけで、十分思い出しちゃってます。


 佐々木さんが、慣れた手つきで肉を網に運ぶ。こうやって、石原さんと来ていたんだ。

 石原さんが、ここに座ったんだ。

 ちょっと顔が歪む。苦い気持ち。

「ま、食べろよ」

 小皿にタレと焼いた肉を入れて、佐々木さんが俺に寄越した。

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