異世界へようこそ①

 ………………?!

 目覚めた私は、ガバッと飛び起きた。

 私は、あの後どうなったの?!


 イケメン王子が指パッチンした後からの記憶が無い…。

 キョロキョロと辺りを見回すと、温室の様な開放的な空間の一角にベッドが置いてあり、そのベッドの上に私が寝ている状態だった。周りを取り囲む様に大量の花々が咲き乱れている。

『メルヘンな世界に放り出された』…私の語彙力ではこんな表現が限界だ。


 ベッドの背もたれに寄りかかり、ぼんやりと咲き乱れる花を見ていると心が潤っていく様な気がした。

 こんなにゆっくりと花を見ている時間なんて…両親が亡くなって以来、初めてかもしれない…。


 …そうだ。

 私はこんな所でゆっくりしている場合ではない。

 私に残された、たった一人の弟の為に働かなければならないのだ…!


 さっとベッドを降りようとすると…。

「痛っ…!」

 床に着けた右の足首がズキンと痛み、立ち上がる事が出来なかった。


 …そうだ。私は怪我をしていたんだった。


 バランスを失った私の身体はベッドの下へ崩れ落ちて行く…。

 身体を打ち付ける衝撃を想像して思わず、ギュッと目を瞑った。


 …しかし、幾ら待っても想像していた衝撃はやって来なかった。

 変わりに「無理をしないで」と言う、困った様な声音と共に身体を包み込む温もりを感じた。


 …え?

 瞑っていた目を開けると、サファイアブルーの瞳が間近にあった。

 宝石の様な綺麗な瞳に魅入られてしまいそうになる。

 子供の頃。『瞳の色の違う人はどんな風に世界が見えているのだろうか?茶色い目の私よりもカラフルなのだろうか。』と思っていた事を唐突に思い出した。


「大丈夫?」

 瞳を細めながらイケメン王子がにこやかに笑う。

 大丈夫か、大丈夫じゃないかと言われれば…大丈夫ではない!

「ここはどこですか?!家に帰りたいんですけど!」

 イケメン王子の胸元を掴みながら睨み付けると、一瞬だけ驚いた様に丸くなった目が直ぐに弧を描いた。


「ここは異世界だから、直ぐには帰れないよ。」

「…もう一度良いですか?」

 自分の耳がおかしくなったのかと思った。

だよ。」

 クスクスと笑うイケメン王子。


 …聞き間違えじゃなかった。

 って、いやいやいやいや!そんな、マンガじゃないんだから!


「…冗談ですよね?」

「冗談じゃないよ。」

 疑いの眼差しを向けている私に、イケメン王子はニッコリ笑顔を返してくる。


「証拠は…?!」

「証拠?そうだな…。」

 イケメン王子は部屋の隅にある花の内のまだ蕾の花を一輪だけ摘んで来て、それを私に持たせた。

 …まさか咲かせられるとか…?


 疑いの眼差しを向けている私の前で、イケメン王子が指をパチンと鳴らした。


 すると、蕾は大きく広がり………。


 椰子の実みたいな物が手元に残った。

 ……。


「美味しいよ。」

 ニッコリ笑うイケメン王子。

 これは飲める物なのか…。


 花が咲いただけだったら、そういうタイミングだったのだと突っ込めたが…。

 こんな椰子の実みたいに変わってしまったら、そんな事言えないじゃないか。


 実をひっくり返したりして仕掛けを探そうとするが特に怪しい所は無かったし、マジックというには出来すぎていた。

 …取り敢えず、ベッドの上に置いておこう。


 …異世界。

 その言葉がふいにストンと心に落ちた。


「異世界なのは分かりました…。でもどうして私をここに連れて来たのですか?」

「それは私が君を怪我させてしまったからです。」

「ここまでして頂かなくても大丈夫です!」

 …謝罪の為に異世界に連れて来られたなんて聞いた事ない。

「右足が折れているのに?」

 …やっぱり折れていたのか。

 右足首を見れば、ギブスの様な物で固定されているのが見えた。


「それに、仕事無くなってしまったんだよね?」

「そ、それは…」

「それも私のせいだ。」

「いえ!これはお互い様です。私の運が悪かっただけです!だから、私を家に帰して下さい!!…弟が待っているんです!」

 この際、ここが異世界でも何でも良い。私は弟の待つ家に帰りたいのだ…!

 身体が小刻みに震え出す。


 すると、イケメン王子が少し困った様な顔で封筒の様な物を手渡して来た。

 …これは?

 封筒を開けると、中に手紙の様な物が入っている事に気が付いた。

 入ってあった紙を取り出すと、そこには見慣れた少し角ばった癖のある文字…。

 これは……。


『前略。姉さん。』

 こんな文脈から始まった手紙…。

 これは間違いなく弟が…悠翔ゆうとが書いた物だ。


『怪我をした事と、派遣が切られた事を聞きました。折角だから怪我が治るまで、そっちの世界でゆっくりしたら?僕の為に頑張ってくれている事は分かっているけど…は姉さんの身体が心配です。もう直ぐ夏休みになるし、自分の事は自分でやれるから大丈夫だよ。リオンさんも助けてくれるって言ってたから安心して。だから、姉さんは怪我が治るまで絶対に帰って来ないでね? 悠翔』


 絶対帰って来るなって言われた…。

 悠翔には色々な生活の知識を教えてあるから大丈夫なのは分かっている。

 ただ…私が弟に依存しているだけなのも…。

 …ていうか『リオン』って誰?

 そんなカタカナの知り合いはいない。


「リオン…。」

「はい。」

 何も考えずに呟くと、目の前のイケメン王子が返事をした。


「…リオン?」

「はい。遅くなりましたが、僕はリオン…リオン・ダーレンと言います。」

 ……色々と突っ込みたい事がいっぱいだ。でも、取り敢えずは…。


「私は木野 葵です…。」

 ペコリと頭を下げた。名乗られたらきちんと名乗り返さねばならない。

「それで…リオンさんはどうして私の弟と繋がっているのでしょうか?」

 それから怒濤の質問攻めにするのだ。

「悠翔は素直で可愛い少年だったよ。」

 弟を褒められるのは純粋に嬉しい。つい、頬が緩みそうになる。

 しかし、私が聞きたいのはそれではない…。


「それに、リオンさんが助けてくれるってどういう事ですか?」

「ああ。君達二人は僕が面倒見るから心配しないで。」

「心配しないで…って言われても。あ、そうだ。リオンさんは魔法?が使えるんですよね?」

「うん。使えるよ。」

「それなら…この骨折も治せるんじゃ…」

「ごめん。僕は怪我は治せないんだ。」

 食い気味に否定されてしまった。


 …それでもただぶつかった人だけのお世話になる事は出来ない。

 頑なに首を縦に振らない私に、リオンは業を煮やしたのか何なのか…。

「それなら結婚しようか。」

 ニッコリ笑顔で私の手を取った。


 いやいやいやいやいや!!これこそ有り得ない!

 …これはきっと脅迫だ。

 これ以上、暴走される前に頷くしかないのだろう。

 弟には怪我が治るまで帰って来るなと言われたし…。

 それに、私には異世界から自宅に帰る方法なんて知らないのだ…。


 このままお世話になるのはとても心苦しいのだが……。

「…よろしくお願いします。」

 素直に頭を下げた。


 …なのに、何でそんなに面白くなさそうな顔をするのかな?

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