006


バササササっ!!


「ぬ…ぁ…アッ!?朝…だと?」



鳥が羽ばたく音と共に一人の男が目を覚ました。



「おいッ!!ビリッシュッ!!なんでお前が寝てんだ!?」


「ん…交代か?」


「バカ言ってんじゃねーよ!俺がお前から交代を託される筈なんだよッ!!外を見てみろ外をッ!!」


「外…。ぁ、朝だとォォォ!?」


「お前…見張りはどうした、まさか俺を起こさず寝たのか?」


「な訳ねーだろッ!!そもそも俺は…」


シュシュッ!!ガシャンッ!!



――― 起こされて無ぇぇッ!! ―――



ビリッシュと呼ばれた男は被っていた毛布を剥ぐなり、装備を片手に馬車から飛び降りた。

しかしその焦りにも見えた機敏な動きは、焚火の前で欠伸をする少女によって静止する。



「ふぁ~…。あ、おはよう、御座います…」


「…。おは…よう…。嬢ちゃん、まさかずっと起きてたんか?」


「そうなります…ね…交代は限界を感じたら、と聞きましたので」


「何事だッ!!」


「ヒューゴ!?いや…大した事じゃない」


「可愛い少女に見張りを任せ、朝まで全員爆睡だ」


――― バコンッ!! ―――


「何すんだよポトムッ!!」


「みっとも無くてイラだった、それだけだ」


「あ、あの…」


「すまないね、プラムのお嬢ちゃん。限界までとは言ったがまさか朝になるまで起きてようとは…もう休んでくれて構わないからね」


「いえいえ、不思議と眠くは成らなくて。暇で欠伸は出ちゃいましたがね!!」


「あまり無理しちゃいけねーよ。いざって時の体力は必ず必要になるものだからな。だが、助かるぜ」


「さて、折角の気持ちが良い朝だッ嬢ちゃんの分まで働くとしようかッ!!」


「ビリッシュ…お前は少し恥を知れ…」



次から次へと起きて来る見張り番の男達。まさかの徹夜と不甲斐無さを感じ漢の面子を削られたものの、感謝をしつつ朝の準備に取り掛かった。

それからは、連鎖の様に生活時間が進んでいた。男達が叩き起こされ、音に吊られて女性達も起き出す。炊事の音が鳴り響き、それに吊られ子供達が起き始める。住む場所を失ったばかりとは思えない程に、ハキハキと。



「俺達は少し周りを探索しつつ木の実でも集めて来る」


「あぁ、いってらっしゃい。直ぐに戻って来るんじゃよ」


「ばあちゃんッ!!さかなッさかなッ!!」


「アンタらじゃ水遊びにしかならんよッ!!黙って昨日の食器を洗いなさいッ!!ご飯抜きだよッ!!」



司令塔の様な御婆さんを中心に人々が協力し合う中、暇そうに川を見つめるプラムが居た。



「魚かぁ…魚…魚、良いねぇッさかなッ!!」


バサッ!!シュルルッ!!



少女は羽織を脱ぎ捨て、ブラウスの袖をめくると両手を構える様に川へと飛び込んだ。



バシャーンッ!!



加減の分からない跳躍が、自重を知らない水しぶきを上げていた。

そしてしぶきの雨を被る少女はニヤリと口を開き、掴んだ魚を放り投げる。



「流石私の身体力ッ!!イケると思ったッ!!」


そう言って目にも留まらぬ速さにて魚を川岸へと捌いて行く。


バシャンッ!!バシャンッ!!バシャンッ!!バシャンッ!!


「うわー…」



食器を洗う子供達は、珍しいものを見た様に口をポカンと開けたまま、プラムの掴み取り漁を見つめて居た。



「誰だい!?言った傍から水遊びをしとる子はッ!!」


「ばあちゃんちがうよッ!!プラムおねえちゃんだよッ!!」


「…まぁ!?」


「えッ!?」



御婆さんが気づく頃、既に川岸には川魚の山が形成されていた。

蟹股で水面とにらめっこするプラムが川岸へ向けて首を傾げると、子供達が一斉に走り出す。

それは当然の如く少女を囲み、はしゃぎ声が響き渡った。



「はぁ…やれやれ…。エル、魚を取って来ておくれ、あの調子じゃ何匹か川に逃げちまうよ」


「分かりましたおばさま!!」


「ぷらむおねーちゃんすごーい!」


「ねぇぼくにもおしえて!!」


「あたしもあたしもー!!」


「ええ!?いやこれは…!!」


バチャバチャッ!!バチャバチャッ!!



子供達の中で一番大人びたエルがピチピチと跳ねる魚を回収してる間、プラムが子供達の標的になるのは必然であり、びしょぬれで帰って来る事は当然の結果であった。プラムが焚火の前で鼻を啜る頃、男達も帰って来る。



「何だか焼ける臭いがしますね」


「焼くものなんかあったか?旨そうな匂いがするぜ」



そう言ってゾロゾロと焚火へ集まる男達は、裸同然の子供達と羽織りをかけて温まる少女の姿が目に入る。



「なんだ、朝っぱらから水浴びか!!元気があって宜しいッ!!」


「……」ジー


「な、なんだよお嬢ちゃん…」



ビリッシュが流石は子供だッ!!と言わんばかりの口ぶりにプラムが拗ねる様に睨み倒していた。



「さぁお前達も自分の分を焼いとくれ、数が多くて捌くので手一杯だよ」


「うおお?見ろよバークッ!!魚だぞッ!!」


「コイツは驚いた…通りで臭いに誘われる訳だ」


「御託は良いからさっさと向こうで焼いとくれッ!!ここじゃ狭くなるんだよッ!!」


「へーい…」



御婆さんはそう言って、男達に串枝の突いた魚を持たせて追い払った。



「プラムちゃん、手を出して?」


「はい?」



子供達の母親の一人がプラムの手に焼けた串焼きを持たせた。



「食べごろよ♪」


「有り難う御座います…」


パリッ!!


「これはッ塩ッ!?」


「正解♪お魚を取って来てくれたご褒美よ♪」


「プラムねぇちゃんずるいーっ!!」


「あんた達は駄目だ、のしかかってお嬢ちゃんを水浸しにする悪い子にはねッ」


「あはは…」



御婆さんは躾をするように子供達を黙らせてくれた様だ。子供達は口を膨らませるも、プラムと同じように自分の魚にかぶりついて居た。遅れて焼き始めた男達が魚を食べ終わる頃、プラムは濡れた衣服を乾かす。そのすぐ後ろでは、残り余った生魚達が女性達の手によって綺麗に開き状態にされていた。



「あの、まだ食べるんですか?」


「これかい?違うよ、これは保存用の干物、その前段階ってやつさ」


「あ~…成る程…」


「手伝うかい?」


「あ、いやぁ~…」



料理経験のない少女は悩む。ここで経験するのも手だが、ニート気質な性格が拒んでる様に…



「なんて冗談さッ。お嬢ちゃん全然寝て無いんだろ?男達から聞いたよ…全く情けないねぇ…」


「いえアレは私が…」


「そんなん庇った所で、男達の評価なんぞ変わらんよッ」



そう言って、アホを見る様に鼻で笑って見せた御婆さんはさらに話を続けた。



「落ち着いた場所で休んで来たらどうだい?足場が悪いだけで少し行けば滝があるんだ、お嬢ちゃんの脚なら何も問題ないだろ?濡れた服と一緒に干されて休めば良いさね。この魚の様にね」


「滝ですか…」


「ここじゃまた、子供達の餌食だよッ!!」


――― ハッ!! ―――


「行ってきますッ!!」


「ハッハッハッ!!明るい内に戻って来るのだよ」


「はいッ!!」



水を得た魚の様にすいすいと岩を飛び越えていくプラム。流石は熟年者と言うべきなのか…扱いの旨い御婆さんであった。

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