4.輪郭をなぞる
もし、彼女が言う通り、カィザマニャラフがグネンドリンであるのだとしたら、当然のことながらいろいろと前提が覆ることになってしまう。そうなればこの話は振り出しだ。それはやっぱり、困るなぁと僕は思った。
それで僕は、カィザマニャラフについて一度、調べなおしてみることにした。何事も、煮詰まったときには基礎に戻るのが鉄則だ。それで僕は、広尾の東京都立図書館まで出かけ、文献にあたることにした。
とはいえ――カィザマニャラフにしてもオーパステオテオにしても、まとまった論考がないというのはこれまでに述べた通り。ならどうするかと言えば、その周辺の資料をあたっていくしかない。そうやって輪郭を浮かび上がらせ、徐々に解像度をあげていく――こんな作業は大学で論文を書いていたとき以来のことだった。嫌いではないのだが、手間のかかる仕事だ。
ともあれ、僕は図書館の中に陣取り、左右に資料を積み上げて壁としその中に立てこもる構えだった。もちろん、ここだけで十分な情報が得られるとは思っていない。ある程度調べたら、関係者に取材にいったり、大学の蔵書をあたってみたりもする必要があるだろう。
しかし、これには予想以上に手間取った。
それも当然だ。なにしろ、本を一冊ひも解いても、カィザマニャラフに言及されている箇所はせいぜい1~2箇所。それを拾い上げるというだけで、文字通り日が暮れてしまう。
――これは通いになるかな。
僕はそんな風に思いながら、いくつかの本を棚に返そうと席を立った。
「……きゃっ!?」
と、背後から女性の声。振り向けば、そこには小柄な眼鏡の女性が立っていた。僕が急に立ち上がったので、椅子にぶつかったのだ。
「あ、すいません……」
僕は慌てて謝り、女性の落とした本を拾い上げて手渡した。
「あ……こっちこそ、すいません」
女性はか細い声でそう言いながら、ぺこぺこと何度も頭を下げる――と、女性が僕の持っている本、そして机の上に重ねていた資料に目を止め、首を傾げた。
「あの……失礼ですけど」
女性が僕の顔を覗き込む。
「……もしかして、カィザマニャラフについて調べてます?」
「えっ!?」
僕は心底驚いて、その女性の顔を見返した。小動物のような眼をくりくりと動かし、興味深げにするさまは、最初のはかなげな印象と少し違っているようだ。
「知ってるんですか? カィザマニャラフ」
「ええ、少し。実は私、やってたこともあるんです」
「え……!? だって、随分若いのに……」
「中学くらいのときかな」
女性は少し照れて笑った。地獄の仏とはこのことか――僕はそのとき、孤独から救われたような思いがして心底ほっとしたのだ。それで、僕はその女性にインタビューを試みることにした。
「実は……カィザマニャラフがグネンドリンだ、っていう話を聞いたんですけど、その辺ってなにかご存知です?」
「グネンドリン、ですか……?」
女性は小首をかしげた。それは、僕がこれまで見た中でいちばん見事な「小首傾げ」だったことを付け加えておく。
「うーん、でもそうなると、オーパステオテオは?」
「そう、話が変わっちゃうんですよ」
「そうですよね……」
そう言って女性が少し考え込む仕草を見せ――
「あ、でも」
女性が思い出したように、スマートフォンを取り出す。
「……これ、わかります?」
女性は何事かスマートフォンで検索して、その画面を僕に見せる。それは、新聞のWEB版記事だった。
僕はその記事に目を通す。それは、ある企業の特許技術に関するものだったが、その中でカィザマニャラフについて、担当者が言及している箇所があった。
「つまり、カィザマニャラフがグネンドリンなんじゃなくて、グネンドリンの一部をカィザマニャラフと見ることもできる、と……」
なるほど。だとすれば、オーパステオテオとの関係も破綻はしない。情報が伝わるうちに若干雑になっていたものだろうか。
女性はにっこりと笑って、言葉を付け加える。
「普通に考えれば、カィザマニャラフってグネンドリンよりはナバハハンだと思うから……でも、こういう角度で見れば、新しい見方ができるかもしれませんね」
「……確かに」
そう、普通に考えればナバハハンだろう。グネンドリンだというのには無理がある。しかし――グネンドリンの要素を抑えて見れば、なるほど、カィザマニャラフはその輪郭をより鮮明に見せるように思われた。
「お姉さん、ナバハハンについては詳しいですか?」
「うーん、人から聞いた程度の話です」
「オーパステオテオも、元々はナバハハンの中で言及されていたこともありましたけど」
「そうなんですか? それは知らなかったけど……でもそれは偶然の一致じゃないかなぁ」
女性は片方の手を軽く顎にあて言う。その意見には僕も同意だった。この女性は信用できそうだ、と僕は思う。
「……もしよかったら、この記事の企業、訪ねてみたらどうですか? この担当者さん、確かまだいると思いますよ」
「へぇ、どうしてそんなこと知ってるんです?」
「だって、この記事書いたの、私だから」
そう言って女性は笑った。
僕はもう一度記事を見る――そこには「呉沼日出美」という署名があった。
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