第5話 夢、覚めるといいね

2020/5/15

「何やってんの?そろそろ帰ろ」

 河原で蹲るボクをねーちゃんが呼びにくる。

「熊って喋るものなの?」

 手を差し出されたから腕を掴む。そうすると引っ張って立たせる。

「アタシが知ってる熊は喋らないかな」

 二人で手を繋いで土手の上を歩く。短い影が足から伸びる。

 事務所まで帰った。

「おかえり。どこまで行ってたん?」

 椅子に座るカザネさんが背もたれを思いっきり倒してコピー機の横から顔を出す。

「すぐそこ。蒼兎川の土手」

「ふーん。何があったかは、後で聞けばいいか。昼飯なんか食べた?適当に作るよ」

「あ、お願い。ワタル君も何か食べる?」

「うん」

 お盆にどんぶりを3つ載せてきた。親子丼か、料理が出来るって良いなぁ。

「なんだか、家族みたいだね」

「そうだね。クラナドみたい」

 ご飯を食べ終えたら昼寝をした。


 昼過ぎに起きて仕事をするとあっという間に夜になる。そして何もする事がなくなったらいつもここに来るのが日課だ。

 事務所の屋上の端にねーちゃんと座って向こうの高架駅のホームを眺める。ただそれだけ。

「こんな夢を見た。ある日川に行くと河原に熊の死骸を見つけたんだ。頭から血を流した熊にハエがたかってて、ああ死んでるな。って思って近付いたら地面に釣竿が生えていた。

 ああ〜違うな。刺さってた。それじゃ魚が釣れても逃すなと思って。その釣竿で僕は釣りをしていたら今度は生きてる熊が現れて『何やってんの?そろそろ帰ろ』って言うんだ。

 勿論始めは怖かったけどそんな事言われちゃ死んだ熊と勘違いしてるって思って何も言わずに付いてった。…ごめん、嘘ついた。確か『熊って喋れるの?』って言ったら『喋らないかな』って。

 そしたら森にあるロッジに連れられてご飯をくれたんだ。でもそれが今思えば一番怖くてね。皿の上にシワだらけの肉塊が置いてあって、まるで脳味噌みたいなんだ。でも結局は悪いかなと思って食べちゃうんだけどね。うん、ヒトの脳だよあれ。

 美味しかったよ。でも断った方が良かったね。カニバリズムって言う人肉が大好きなイカれたやつなんだけどさ。人間って人肉を食うと脳が食べた物の情報が足りなくて暴走するらしいんだ。情報を集めるには同じ物を食うのが手取り早いからね。だから必然的に人肉を食いたくなるらしいよ」

「熊って鮭咥えてる置物みたいなやつ?」

 駅のホームに列車が止まる。死んだ目の下ばかり向く人達がぞろぞろと溢れて出ている。

「そうだね。ツキノワグマって言うのかな。でっかいと思ったけど自分が小さいのかな大きさはよく分かんない」

「悪夢ってやつじゃないの?半強制的に共食いさせられてるし。大丈夫?疲れてたりしない?」

 深夜に寝て昼に起きる。かなり長く睡眠をとって居るんだけどな。

「ううん、疲れる様な事はしてないんだけどね。まぁ、今日は早く寝るよ」

 眠い。欠伸を一つする。

「夢、覚めるといいね」

 ねーちゃんはよくそんな事を言う。なんでだろう。


解説

 前後に話が分かれておりますが前文は初めに起きた時に思い出した夢。後文は二度寝した時に見た夢になります。

 どちらも語り手は同じで『ねーちゃん』は前後文で同一人物ですが、語り手自身の人格は変わっています。恐らく後文の語り手は前文、つまり昼寝する前の記憶を消失し、尚且つ全て夢であると記憶したのでしょう。それを知っていた『ねーちゃん』は強かな言葉を残します。

 後味が大変悪い話になりますが私としては楽しめました。なにせ夢の終わりの言葉が印象的ですから。

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