第2話


正午の少し前、慈悲のない太陽と湿った空気がとめどなく続く二車線道路。車に揺られ見慣れた街並みを眺めていて。幸い窓を開ければ風がくる為にあまり暑くはない。

しばらくして後部座席でうたた寝をしそうになる。眼下には隣の車道と赤い空。前の方を見ると白い乗用車が車線の真上を走っている。

前方の席では流石に迷惑だからか聞こえるはずもない文句をずらずら並べている。どうせ高齢者ドライバーなのだろうとそれ以上の事は感じずにいたがそれは急にスリップしてガードレールにぶつかった。そんな気違いな行動を尻目に追い抜かそうとすると意地悪くこちらに向かって突っ込んで来る。

「そんな内容がいつもだ。夢を見る時は決まってそんな悪夢を見る」

手で顎を支えて江須賀は聞いていた。

「死んじゃうんだね。それ」

「うん。でも後味が悪いのは死ぬのが自分だけなんだ。何故かそう直感出来る」

彼女は数年前からゲーム友達として親交があり、最も最近はサバイバルゲームで背中を預ける事も多い。そして幸運にも互いの住居が同じアパートである為によくこうやって毎日の様に居酒屋にて話し込むのだ。

「怖いね~。予知夢とかそういうやつなんじゃない?てか、どの位見るの?その夢」

「ああ、ここ最近毎日の様に」

「それ結構きてるね」

何がきてるのかと言ったら死期だろう。しかし予知夢でない事は明白だった。

「俺、車乗らないからな」

「フフッ。甘いね。運命、いや、自分の本心とは逆らえないものだよ~あかは君」

意味ありげな言葉を吐くとそれきりで黙り込んだ。俯いた顔を覗くと予想通り眠り込んでいた。


江須賀を担いでアパートに帰り、彼女を私の部屋のベットに寝かせた。他に布団などある筈もないので座布団を適当に敷いて寝ることにした。

そして翌朝目覚めると机に「昨夜は感謝する」とのメモ用紙の書き置き。それだけならまだ良いのだが感謝と共に「午後6時にあまそばで」と妙に雑な書き方で記されている。『あまそば』は工場区画の近くにある蕎麦屋。行った事はないが良い機会かもしれない。


「夢と言うのは不思議なものでね。時に一度も来たことの無い場所で既視感を抱いたりするのも『夢で見たから』らしいんだ」

店には江須賀の姿は無かった。変わりに自称超超能力者のレッドさんがカウンターに座っていた。彼の左側に先客がいたので右に案内された。

「君を待っていたよ、あかは君。興味深い夢を見たそうだね。エスカ君から聞いている」

「はぁ、疲れてるせいだと思いますがね」

「じゃあ仕事疲れで死にたいだとか無意識に考えちゃってるんすか?」

隣の席の男が口を出てきた。多分この人、レッドさんに捕まって毎日無駄話を聞かされているんだ。可哀想に。

「ハハッ、死にたいなんて物騒なもの無意識には浮かばないよ。仕事疲れなら無理にでも休みを欲する筈だ。」

「まず注目すべきは他殺だ。何故かな?」

「怖いんだと思います。死ぬのが」

リスカも興味はあったが怖くて出来なかった。

「そうかもね。でも死んでいる。そう死を望んでいるのさ。不思議だねぇ、さっき私は死は浮かばないと言った。しかし、それは『死』そのものを望むと言う意味だよ。言いたいとこが分かるかな?」

「死の先が望み、否、ゴール」

「フフッ、いいね。そこでだ。君は死んだらどうなると思う?」

「…生まれ変わって、また新しい人生。転生。するのかなって思いますけど」

「そうだね。そうだと良いね」

かなり他人事の様に言う

「夢は正直だ。死を『意識』しなくても『無意識』ならそれを見る。確信に迫る発言をしよう。君は死にたいんだ」

「いや、まだまだ生きますよ。これから出世して給料をどんどん増やしていって」

「ハハハッ、貯金を一切考えないのは笑いものだね。またオモチャを買うのだろ、消費で経済を回してくれるのは有り難い事だ。でも分かるよ。君はまだ生きるさ」

サバゲー用の武器は一部、自腹の物がある。いい値段するがそれも一つの楽しみなのだ。サバゲー自体はいくつになっても辞めないだろう。

それにしてもこのままではしばらく話に終わりが見えない。何だかもどかしくくなった。

「もう、結論を教えてくれませんか?」

「大丈夫、そろそろ言おうとしたんだ」

本当かよと文句が口から出そうになる。

「さて、勿体ぶって悪かったね。君に諭す様にしようとしたんだけど難しいね。でも難しくない理屈だよ。結論を言うと君は今の状況から一新したい。つまり生まれ変わりたいという無意識があの夢を作り出したんだ」

「一新、ですか。それが無意識の『死』の正体。現状に満足出来ない自分がいるからだったんですね」

「今の日本は資本主義の呪いにどっぷりと浸かっている。ルートにはまるとそこから出るのは容易でない。今の仕事を辞めたところでまた同様の仕事をせざるを得ない事になるだろう。それを心得てくれ。でも満足しなくとも一新すればいいんだよ。住む場所を変えたりしたらいいんじゃないかな?」

「なるほど。ありがとう」

それだけ言い残して帰る事にした。すっかり暗くなった外は肌寒い風が吹いていた。


「そっかー、そんな理由だったんだ。なんか良く考えれば私にも分かる感じだね」

「うん。まぁ解決してよかったんだけど。その、レッドさんに言っといてくれて」

「情けは人の為ならずだからね。ってあの人そういうの専門でしょ。料金発生しなかったから今度合ったらちゃんとお礼するんだよ」

「分かったよ。でも、引越し考えなきゃ」

「そうだね。シェアハウスみたいのでいいんじゃない?ほら、望月君の住んでるところとか。そうすりゃもう悪夢なんて見ないでしょ」

「ははっ、いいかもなそれ。でも、悪夢なんてもう…ただの夢だからな心配しなくていいんぜ」

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