葦は歌う

要領の悪い

第1話

ここらの終業時刻は6時。あと10分程時間はあるのだが、混む前にあの店で必ず席をとって起きたい。

最近、週末は必ずといってもいい程あのそば屋に行っている。目的は飯が安いというのもある。しかし本当はあそこで働いているバイトの娘が見たいだけなのだ。

外の空気は昼の暑さが残っている。日が建物に遮られるせいで日没が早く感じられ、生暖かい風が人を縫うように通り抜ける。

石畳とコンクリの地面を交互に見ながら進む。アメ横みたいな(秋葉原でも間違いでないと思う)混沌の一文字で表せる商店街が連なる美しくない街並みが広がる。私の行きたい店はもう手の届く範囲にある。

外観こそ赤錆が目立つものの、店内はリフォーム仕立てで今にもホルムアルデヒドの匂いがしそうな程綺麗に見える。

店には顔見知りが4、5人来ていた。テーブルであれらと話すのもいいのだがやはりカウンターに座らざるを得ない。つけっぱなしのテレビは18時からの番組を映した。

席に座り例の看板娘にざるそばを頼んだ時に突然横から「じゃあ、それもう1つ」と便乗された。見るといつもの陽キャ顔だ。

「何だ?あんたは」

「フフッ、何だっていいじゃないか」

人を馬鹿にするように笑った。

「それよりお話ししよう。無駄話がしたくて来たんだよ」

ああ、また高等な無駄話をされるのか。


「今日は歳と空間について話をしよう」

「学歴アピールはするなよ」

「私が幼い頃、目線はもっと下でとても世界は広く見えたんだ。それは誰でも頷ける事だけどその頃私は市内の公園に遊びに行くのが楽しみだった。そこは引退した蒸気機関車があってね、毎週のように行ったものさ。さて、今回の主題はこの公園に行くまでの距離さ。当時私の自宅からは『とても歩く』との認識しかなかったのだけどだいたい2マイルと言ったところかな?そこに行くまで長い距離を長い時間車に乗っていた事を覚えている」

「車に乗ってんじゃねえか」

「おお、済まない。歩いて行ったとは言わなかったよ。まあ、幼児に2マイルだから多少は許してくれ。で、話はそこからなんだけどね。ある程度成長すると…だいたい中学生辺りに久々に足を運んだんだ」

「車でか?」

「ハハッ、勿論だよ。それで向かうと不思議な感覚に陥った」

「案外近いって思ったんだな」

「それもあるがね。着くまでの時間も短く感じられたんだよ。不思議ではないかい?昔の記憶と現実が食い違うのだよ?」

「いや、それはお前の身体がでかくなって、街が小さく感じたんだろうよ。それが理屈と思えば終わりじゃねえか」

「確かにその意見は肯定の余地がある。フフッ、言いたい事が分かるかい?」

「あー、あれか?年取ると『時が過ぎるのは早いのぁ』ってやつか?」

「そうその答えを望んでいた!ありがとう。話しやすくて嬉しいよ」

「そりゃどーも」

「もう、おわかりだと思うがこの話の味噌は、歳と共に時間は勿論のこと距離すら短くなる事さ。私がこの事を知った時の高揚は暫く続いた。何せ…」

「大人の気分を知った気になった…そうだろ?」

「おお、そうさ。そういう事だよ」


人間の一生の体感時間は瞬く間に速まり続ける。80歳まで生きるとすると20歳で既に半生分の体感時間らしい。おれに実感はあまり無い。しかし考えるとやはり日本は狭いなとは大人になってから思えたのか。

彼は少しばかり早くにこの奇妙な体験をした。何だか羨ましいとは思えないものだ。

さて、君はどう思う?

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