第一話
鳴りをひそめたセミを思い、私はため息をついた。セミのコーラスがないせいで、ため息の音がやけに大きく耳に届く。そうすると憂鬱感は助長され、追加でもう一つため息をついた。
私は一体、何をしているのだろう。
夏休みが終わり、季節はすでに九月。秋の訪れに際してか、カンカン照りだった太陽は少しだけ自己主張を控え、今や季節の風物詩は冷風となっていた。時おり冷気を孕んだ風が吹いて首や太ももといった露出部を撫でていくと、身体が発する熱が冷やされて心地いい。今もちょうどそんな風が吹いて、私の身体から熱と無力感を奪っていく。心の中のわだかまりがほんの少しだけ無くなって、気持ちいいなと思いそっと目を瞑った。顔を上げると、穏やかな陽光が瞼を通して飛び込んでくる。私とは、相容れないものだ。直接見るには眩しすぎる。
三時間目の授業が終わり、昼休みになったのでトイレに行った。戻ってきたら、私の席に知らない他のクラスの子が座っていた。楽し気に、クラスの子と話していた。
「山田さん、もしかしてここ座る?」
そう問いかけた顔も名前も知らない女子の声は、私には言外の拒絶に聞こえた。あなたに居場所なんてないよと、そう告げられた気がした。……ただの被害妄想だけど。
「大丈夫…だよ」
それだけ返すのが精一杯で、私は机に掛けてあった弁当箱と近くの筆箱をもってすぐに教室を離れた。行き先は特に決めていなかったけど、とにかくあの場所を離れたいと思った。好奇の視線と嘲笑の視線の差は曖昧で、私はその境界を見極められない。だから、あの場にはいられなかった。
以前まではこういう時、自習室に逃げ込んで適当に時間を潰すのが常だったけど、最近は夏休みが終わったことで受験モードが入ったのか、三年生の先輩の利用率が高い。一応席はチラホラ空いていたけど、結局私は足を踏み入れることは出来なかった。私みたいな一年生が何をするでもないのに入っていくのは図々しい気がしたし、後から来る利用予定の三年生の先輩の席を奪ってしまうのは申し訳なかった。
……嘘だ。いや、嘘ではないけど、正解でもない。
罪悪感を理由に入室を躊躇った訳じゃない。
ただ怖かったのだ。悪目立ちして、私が知らないところで他人に噂されるのが。
見えない、感じない、存在しないのかもしれない悪意に私は怯えて、手足に枷を付け、自分自身を束縛している。自意識過剰乙とか思うけど、いくら自分を冷笑しても恐怖は拭えない。幽霊みたいなものだ。「いる」か「いない」かが問題なんじゃなくて、私がそれをどう認識するのかが問題。
私は、私にすらも勝てそうにない。
結果的に、私は校舎と体育館を繋ぐ避難用ルート途中にある階段でお昼ご飯を取った。移動のために外履きに履き替えないといけないのが手間だが、今日に限ってはどうせ午後から体育館で意見文の発表会があるから好都合だ。ここは人が頻繁に来る場所でもないし、段差があるので腰掛けることも出来る。ほどよく日陰が存在するのも個人的には好きだった。どうしたって移動が面倒なのであまり積極的には来たくなかったが、今後はここが私のお昼の拠点となるのかもしれない。
「…なんて、何で教室でみんなと一緒にご飯を食べる可能性を、最初から考慮しないのかな、私は……」
自嘲気味に声が漏れる。寂しがり屋のくせに孤独主義なんて、絵に書いたような思春期の子供だ。
「…こんなんじゃ、「特別」になんかなれないね……」
否定的な考えが横行する暗い思考の中で、燦然と光り輝く一人を想う。
彼はクラスの中心。
彼は部活のエース。
彼はみんなと友達。
そして彼は…………
彼は私の初恋の人。
誰にでも分け隔てなく優しくしてくれて、私だけを特別扱いなんてことはきっとなくて、彼にとって私はクラスメイトAぐらいの価値しかないんだろうけど、それでも、私は彼が好きだ。
独りぼっちは結構チョロいのだ。優しくされたら、簡単に落ちてしまう。
「まあ、だから何だって話だけどね」
告白をする勇気なんてない。結ばれたいと思うことさえない。
「やりたい」なんて、「出来る」人間の台詞だ。
人生確定敗北イベントだらけの私に出来ることなんて、目の前で起こるイベントを無心で消化し続けることだけだ。
私は、空っぽだ。
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