ユーカリ
【夢を見ました】
霧が深い。
家を囲む小さな庭が、見知らぬ森の奥のように見える。
常に私は息苦しい。
物心ついたときにはすでに息も絶え絶えだった。
「深呼吸してごらん」と、私を診た人は言う。
深呼吸とは?
試しに大きく息を吸うと胸の横辺りに激痛がはしり、しばらく治らない。
大きな息がだめならスーハーを繰り返せばよいのか?
スーハースーハー・・・眼の前が暗くなってひっくり返ってしまった。
「横隔膜で」というので、横隔膜を意識する。途端、咳が止まらなくなりそれこそ息ができなかった。
いや、そういう問題ではない。
たとえ、教科書通りの呼吸ができても、この息苦しさはなくならないだろう。
庭に畳半分くらいの穴が空いている。いつからこんな状態なのかは家族のうちでも知らない。ずっと昔からこうだったのだ。
穴は正方形で、枠組みしてある木は朽ちて苔もついている。中は暗く霞んていて様子がわからない。闇が穴からはみ出して辺りを覆っているので、木枠だけが宙に浮いているように見える。
誰もが知りたかった秘密がそこにあるという。秘密を知りたい人は木枠を乗り越えて沈み込むように穴に入る。
私にはそんな勇気などないので、ちょっと離れて見ているだけだ。
本心では入って秘密を知りたいのだが、穴を見ると怖すぎる。
どうしようもないので、周囲に咲いている花を摘み取ったり、庭木を剪定してみたりする。
カラーとユーカリで花束を作った。むせるような香りに包まれていると、無理やり自分に活を入れて枠の中に入って秘密を知ったほうがいいような気がしてきて、焦りが湧きあがり、花束を力いっぱい抱きしめた。
そこへ、隣家の女性が娘さんを連れて通りすがりに話しかけてきた。
見ると、一人しかいないはずの娘と同じ姿の娘がそばにいて、もうひとりの娘の方はサイズがとても小さい。
私は花束を抱えたまま金縛りにあったように立ちつくした。
「でもね、小さい子は死んでしまったのよ」と女性がぼそっと言った瞬間に、サイズの小さい方の娘さんが煙のようになって消えた。
そして、何事もなかったかのように私の前を通り過ぎてどこかへ行ってしまった。
カラーとユーカリの花束は、ずっしり重く、いつの間にか暗い蔵の中に立っている。
蔵の中ほどで、大きな台にたくさんの花が積上げられ、大勢の人が忙しく立ち働いている。
巨大な水車の車輪が蔵の中をゆっくり行ったり来たりして、水に濡れて黒く光っている。昔はどこでもこうやって水の上を走っていたそうだ。
蔵の中では流れ作業で花の選別が行われている。私も大勢の人の中で慣れた手つきで働いている。
私はやっと納得した。すべての答えはここにあったのだ。
現実だと思いこんでいた場所は、実は存在していなかった。
蔵の中ではユーカリが永遠に切り揃えられている。
むせ返るような香りに包まれていたのに、空気が水のように透明になってよくわからなくなってきた。
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