第6話 合コンにも行ってみよう(曽、景、阿、三、柊、藤)
「景清、合コン行かね?」
とある晴天の昼休み。僕はいつも通り食堂で三条と昼食をとっていると、明るい目をした彼が唐突なお誘いをしてきた。
合コン?お前が?
「なんで?」
「あれ、乗り気じゃないね。お前、今彼女いないんだろ?」
「うん、三股かけられてて別れたからね」
「どこまで女運悪いの?むしろそういうタイプが好きなの?」
「そんなことないよ。告白されたから付き合ってただけ」
「うっわぁ……一度でいいから言ってみてぇな、それ」
「金ヅルにされたり浮気されたりしてもいいなら、是非どうぞ」
「それはやだなぁ。……あ!そういう話じゃないんだよ!合コンだよ合コン!」
チッ、話が戻ってしまった。僕は、苦い顔をしながら三条の口にごま団子を押し込む。
「お前行く必要ないだろ。大江さんになんて説明するんだ」
「もひもひむー」
「なんで彼女の名前を出すのかって?さあ、なんでだろなー?」
「もぐもぐ」
「美味いか?よーしよーし、もう一個お食べー」
「もぐもぐ」
人懐こい犬に餌付けしている気分である。……合コンに行って、うっかり三条が年上の巨乳美人に持ち帰られた日には、僕は二度と大江さんに顔向けできないだろう。そこんとこわかってんのかな、こいつは。
ようやくごま団子を飲み込んだ三条は、もじもじと気まずそうに言う。
「……やっぱ、オレはやめといた方がいいかな?」
あれ、わかってんじゃん。僕はうんうん頷きながら返す。
「やめといたら?大江さんもいることだし」
「そうだよな。仮にも先生やってる奴が、合コン行くのはまずいよな」
やっぱそこかよ。先生が合コンに行くのは問題ないと思ったが、都合がいいので黙っておくことにした。
三条は、困り顔で僕のごま団子に手を伸ばす。おい、別にお前のじゃねぇぞ。
「でも、相手の女の子はもう揃っちゃってんだよね。今更無しにはできないし……」
「……三条の代わりに合コン行くぐらいならするよ。この間、オレの快気祝いに来てくれたお礼も兼ねて」
「え、いいの?ありがとう!」
「気にするなって。他のメンバーはどんなヤツ?」
三条はあからさまに目を逸らした。……まさか。
「……あと三人、誰も決まってないです……」
「よくもそんな見切り発車な合コン企画したな!?」
「アテにしてたヤツ、全員断られたんだよー!頼む景清!例の事務所の人達でいいからさ、声かけてみてよ!」
「あんなん合コンに連れてったらエライことになるよ!焦土だよ!」
「そうだと思う。知ってて言ってる。何なら真横で見ていたい」
「お前、合コン行かなくていいとなったら途端に余裕だね!?」
すっかり食欲の失せた僕は、長いため息をつきながら三条に残りのごま団子を差し出した。……唯一まともそうな阿蘇さんには確実に声をかけるとして、あとは藤田さんぐらいか。曽根崎さんはどうだろう。柊ちゃんに変身させてもらったら、見た目ぐらいはいけるだろうが……。
「……一度、持ち帰って検討させてください」
あんまりな無茶振りに、つい難題を持ち込まれた営業マンが言うようなセリフが口をついて出た。
「俺、パス」
頼みの阿蘇さんは、こちらの顔も見ずに素気無い返事をした。……いや、予想はしてたけども。
「面倒くせぇ。なんで初対面の人間と無理矢理ノリを合わせて、その上奢らねぇといけねぇんだよ。金と時間の無駄。以上」
「正論ですね」
「こういう時は藤田を使うに限るぞ。俺はいつもそうしてる」
一応僕の悩みを察してくれているようで、阿蘇さんはアドバイスをしてくれた。うん、僕も藤田さんに丸投げしてしまえば、一瞬で解決する気がしてる。
「でも、藤田さんにお願いしたら三条の評価が下がる気がするんですよね。やらしい方向に」
「あー、それ割りきれねぇ?じゃあダメだな」
「むしろ阿蘇さんが割り切れてるのが驚きですよ」
「ずっとこうだから、なんか慣れた」
「一応教師志望で彼を慕ってる女の子もいるんで、経歴は綺麗なままにしといてやりたいんです」
「それを早く言えよ。だったら藤田をそのまま放り出せねぇだろ」
「ねぇ君らさ、よく本人のいる前でそこまでオレの事ボコスカに言えるよね」
僕らの議論に、渋い声の藤田さんが割り込んできた。その顔は、いつも通り整っている。
「オレを一人で行かせるのが不安だってなら、曽根崎さんと行こうか?」
「どうです、曽根崎さん?」
「別に私は構わないよ。金も出すし」
「うわ、お金の問題が解決した。でも意外ですね、曽根崎さんが合コンに肯定的だなんて」
僕の言葉に、曽根崎さんはパソコンから顔を上げてこちらを見た。
「藤田君が行くなら、ずっと黙ってても問題ないだろ?ああいう場所は鬱陶しいが、好きにしててもいいなら今回に限りいいよ。景清君にはいつも世話になってるし」
「あ、ありがとうございます」
「うん。そんじゃ、あとは一人だな」
曽根崎さんは、どこかに電話をかけ始めた。誰か心当たりでもあるのだろうか。
「ああ、柊ちゃん?男装合コン案件なんだけど、いい?」
嫌な予感しかしねぇ!!
驚いたことに、電話の向こうの彼女は了承してくれたようで、かくして合コンメンバーは決定したのであった。
で、当日。
僕は、少し年上のお姉様方四人に囲まれながら途方に暮れていた。
「やだー、かわいい!ねぇ、彼女とかいるの?」
「三条は今日来ないの?ま、でも君がいるならいっかー!」
「ねぇねぇ、連絡先交換しない?土日とか遊ぼーよー!」
「ところで、まだ他の人たち来ないの?遅くなーい?」
開始時刻までまだ十分はあるが、もっと遅くに来るべきだったかもしれない。僕は、お姉様方の圧をへらへらしながらかわし、適当に相槌をうっていた。
それでも間が持たなくなってきた頃、ようやくがらりと個室座敷の戸が開く。
「あれ、随分華やかだね。お待たせしちゃったかな」
藤田さんである。無地の白シャツにカーディガンを羽織っただけなのに、なんでこんなに洒落てるんだろう。
それにしても、我が叔父ながらイケメンである。よく似ていると言われるが、悔しいことにこうも格の違いを見せつけられると、ぐうの音も出ない。
藤田さんは、柔らかな笑みを彼女らに向けながら、僕の隣に腰を下ろす。
「藤田直和といいます。27歳だから、みんなより少し年上かな?今日は楽しもうね」
「え、イケメンじゃーん!三条、やるわね!」
「景清に似てない?もしかして隠し子とか?」
「ふふ、オレはフリーだよ。でもちょっと正解。オレはこの子の親戚なんだ。だから、景清を遊びに誘ったらオレもついてきちゃうよ?」
「やだもー!」
うわ、一瞬で馴染んだ。流石だな、この人。水を得た魚のように生き生きする叔父にドン引きしていると、ちょうど開始時刻となった。
その時、また戸ががらりと開く。店員さんがドリンクのオーダーに来たのだろうか。
顔を向けると、長身の男がのそりと入ってきた。
「……初めまして。曽根崎慎司です」
イケてる方の曽根崎さんだ!!今日は殊更気合い入ってんな!柊ちゃんの!
普段は忘れているが、なんせ抜群にスタイルがいいので、こうなると俳優並の存在感がある。いつもはだらしないモジャモジャ髪も、匠の手によりそれっぽくワックスで整えられている。
っていうか、スーツじゃない私服を初めて見たかもしれない。ジャケットに黒いパンツなので、あまり変わらない気もするが。
そんな曽根崎さんは、すぐ入り口の席に座り込んだ。必然的に、藤田さんとは一つ席を空けていることになる。
「……曽根崎さん、もう一つ横にずれたらどうですか?」
「ん?いや、私はここがいい」
「そうですか?」
「ああ。……別に構いませんよね?」
曽根崎さんは、目の前に座る女性をじっと見つめて、尋ねた。多分彼は、お会計の時に一番便利な場所を選び、その上で念の為に向かいに座る女性に確認しただけだろう。しかし、その意図は間違って伝わったようで、切れ長の目に見つめられた女性は真っ赤になって口をパクパクさせていた。
「……ここに座るのは、私じゃいけませんか」
彼女の反応を取り違えた曽根崎さんは、挑発的に笑う。……そうだ、この人の感情表現は壊れてるんだった。本来であれば困り顔を作りたかったのだろうが、今回はそれが大いに誤解を生んだ。
曽根崎さんにロックオンされ、挙げ句の果てに色気たっぷりに迫られたと勘違いした彼女は、もはや何も言えずブンブンと首を横に振っている。
……やりやがったな、あの人。
「ところで、あと一人いるんでしょ?もう時間になったけど、いつ来るの?」
女性の一人が、腕時計を見ながら僕に尋ねた。そんなことを言われても、僕が知るわけがない。しかし、遅刻させたままというのもまずいので、電話でもかけてみようと席を立った時だった。
開いた戸から、圧倒的なオーラを放つ王子が入ってきた。
それはもう、王子と形容する他ないほどに、その人は完成されていた。ショートの黒髪はサラサラで、一本の乱れも無い。人形のように長い睫毛がアーモンド型の目を覆っており、その鼻筋はすっきりと通っていた。
みんなが呆気にとられて見惚れる中、“ 彼 ” は形の良い唇を動かす。
「……遅れてごめんね?」
低い声から紡ぎ出された言葉に、誰も何も言うことができなかった。
結局、女性陣は誰一人として食事をしなかった為、思ったよりずっとお金はかからずに済んだ。いや、こうなるともうお金どころじゃないんだけど。
「どういうことですか……」
ついそんなことを言ってしまうほど、合コンとしての体をなさない合コンだった。藤田さんは遠慮してくれたのか終始ただのイケメンで、曽根崎さんはずっと一人の女性に熱い視線を送られ、柊ちゃんに至ってはただの王子だった。僕と一緒だった時にはあれほど賑やかだった彼女らが、一言も喋らない淑女と化してたもんな。
「合コンとやらは初めてだったが、存外つまらんな」
曽根崎さんは、スタスタと歩きながら感想を述べる。いや、普通ならアンタに関しては大成功だったんですけどね。終了時間になった瞬間に席を立ち、光の速度で会計を済ませて出て行きさえしなけりゃ。
「それにしても、みんないい子達だったね。こういう機会でなけりゃ、全員持って帰ってたよ」
藤田さんは満足そうに笑っている。多分本気だろう。事前に阿蘇さんから強く言い含めてもらっておいて、本当に良かった。
「ま、たまには男装も悪くないわね。ボクってば最高に美しいから」
口調と仕草がいつも通りに戻った柊ちゃんが、王子の姿のまま伸びをする。何度見ても見慣れぬほどに、美麗な人である。道行く人が、男性までもが振り返って彼女を見ている。
いや、柊ちゃんだけじゃないな。この集団が目立ってるんだ。
「……帰りたい……」
そして僕は、とても帰りたかった。羨ましいなどと思う人は、一度俳優とイケメンと王子に囲まれてみればいい。女の子ですら、この居心地の悪さに帰りたくなること間違いなしである。
っていうか、この事態は一体どう三条に説明すればいいんだろう。まさかヤツらがここまで本気出してくるだなんて、僕は思いもしなかったのだ。
しかし、そんな心情を全く慮らない雇い主は、骨ばった手を僕の頭に乗せてきた。
「飲み足りない」
……今、なんつった?
「ああ、それなら曽根崎さん、いいバーがあるんですよ。オレの行きつけだから、サービスしてくれますし」
「いかがわしい店じゃないでしょうね」
「そんな店は景清のいる前で紹介しないよ。曽根崎さんと二人だけの時にします」
「君だけ川に流し込んで置いていってやろうか」
……え、行くの?
……このメンバーで?
「当然だろ。むしろこのメンツなら、君が行かなきゃ私は行かないぞ」
「じゃあ帰りましょうよ」
「飲み足りない」
「ワガママか!」
ついツッコんでしまったが、その隙を突かれ藤田さんと柊ちゃんに両脇を抱えられてしまった。
「ボクもアンタがいなきゃつまんないわぁ。行きましょ、景清」
「大丈夫、お前はオレに似てしっかり整った顔してるよ。この街の四天王として君臨してやろうぜ」
「何の!?」
「よし、ならば行こうか」
曽根崎さんの一声で、僕はネオンが濃くなる夜の街へと引きずられていく。観念した僕は、うなだれて美形の集団に身を任せることにしたのだった。
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