第25話『第二次リバール攻防戦』
ゴールド軍が動いた。シンの反乱と示し合わせて、自国内に突き刺さったトゲであるリバール城へと襲いかかる。金歴554年初夏。日差しはますます強くなる。
リバール城ではジョムニが彼らを待ち構えていた。城壁の上で敵軍を睨む。隣にマセノが立つ。
「ダヴィ様が危機を逃れたが、怪我をしたことは事実です。それを好機と見ましたか」
ジョムニは鼻で嗤うが、マセノの返事は曖昧だ。
「ええ、そうだね……」
「……やはり、祖国と戦うのはキツイですか。しかもあれは国王軍」
敵が掲げる中に、国王の旗印が見える。数は一万と少し。王が従軍している情報は無いが、国王の意志は感じられる。父と敵対する。マセノの心は重い。
一方で兵士たちの気分は高まっていた。事前にジョムニが「ダヴィ王を殺害しようとした首謀者はゴールド国だ」と吹聴したおかげで、弔い合戦だと、彼らは意気込む。敵よりも少数の七千人にも関わらず、城外に打って出ようとする者もいる。ダヴィの人気は相変わらず高い。
ジョムニは背の高いマセノの腰を、車いすに座りながら叩く。
「あなたの気持ちは私には分かりません。でも、任務です。しっかりお願いします」
「分かっているさ」
言葉少ない珍しい様子に、ジョムニは不安を感じるが、しょうがない。敵の轟きが近づいている。戦いが始まる。
――*――
以前よりも敵は少ない。陸地の一方からしか攻めてこない。しかし攻撃は前に増して苛烈だった。
「意外と手ごわい」
ジョムニが小さく呟くように、何度撃退されても、城壁に取りついてくる。完成したリバールの石造りの壁を、傷だらけになって登る。以前にはなかった執念だ。
原因は国王軍だからではない。ゴールド軍本隊は相変わらず弱い。それは援軍にあった。
「ソイル軍がここまで積極的に加わりますか……」
ソイル軍の歩兵部隊が前線に立って攻撃に参加する。主役はゴールド軍なのだ。女王直属の歩兵がここまで出張ってくるとは、女王の意図を感じざるを得ない。つまり、ソイル国はクリア国に、ゴールド国を丸取りさせる気はないということだ。
マセノもこの異常さに気づいた。ジョムニの傍に寄って進言する。
「これは父の軍勢ではない。僕たちはソイル軍と戦っているようなものだね」
「その通りです。彼らが主役だ」
目の前でソイル軍の兵士が城壁を登ってきた。マセノは素早く剣を抜くと、その片腕を斬り落とす。悲鳴を上げて、彼は真っ逆さまに消えた。
歩兵部隊の多くは、ダヴィが女王に進言した通り、捕えられた異教徒たちで構成されている。今やソイル軍の主力となった彼らは、異国の地で必死に戦う。この忠誠心はハワード=トーマス将軍の苛烈な訓練の賜物であろう。
感心している場合ではない。ジョムニはマセノに耳打ちする。
「軽騎兵隊を連れてきていますよね」
マセノが率いることを命じられた異教徒の集団である軽騎兵隊も、この戦場に来ていた。彼らもダヴィが好きだ。暗殺未遂をしたゴールド軍に対して息巻く。それを使うべきだ。
「深夜の内に城を抜け出して、近くの草むらに潜んでください。昼間になって奴らが城に攻めかかってきたら、その後ろを突きましょう」
「狙いはソイル軍だね」
「そうです。奴らを倒さねば、この戦いは終わりません。軽騎兵隊は千人しかいません。心してやって下さい」
マセノはフフッと笑った。丁寧に胸に手を当てて、演技じみたお辞儀をする。ソイル軍が相手だったら話は別だ。
「それは僕に言っている? ご安心を。僕の華麗なる指揮を見せてあげましょう」
――*――
翌朝、ゴールド軍の攻撃が再開された。先日の戦いで城壁を乗り越えた兵士が出たことに、手ごたえを感じている。彼らの士気は初日よりも高い。
一方でクリア軍も高い士気を保つ。職業兵士である彼らは泰然としていた。昨日油断して突破されかけた個所は、補強が完了している。ジョムニは城壁の上から睥睨する。
「いつでも来なさい」
「うおおおおおおおお!」
雄叫びと共に、敵が襲来する。破城槌や梯子車が投入され、城壁や城門に取りつく。防衛側は弓矢や火炎壺で応戦し、中には投石で敵の頭を砕く者もいた。寄せ付けないクリア軍に怯えることなく、ソイル軍とゴールド軍は火と死体が散らばる戦場を越えて、リバール城に押し寄せる。
一進一退の攻防が続く。両軍の疲れが見え始めた昼過ぎ、ジョムニが指示を出した。
「頃合いです。狼煙を上げてください」
リバール城内から狼煙が上がり、付近の草むらにいたマセノが視認する。初夏の草むらはかなり生い茂っている。人馬の姿をすっぽりと覆い隠していた。マセノは小虫を追い払いながら言った。
「さて諸君、時間だよ。こんな場所でのかくれんぼはお終いだ」
「…………」
マセノの冗談めいた言葉に、部下の異教徒たちは反応しない。マセノは心の中で軽蔑心を沸かせた。が、すぐに打ち消す。父の言葉が脳裏によぎる。
『変わろうとして変わり切れない、半端な者よ』
(僕は、変わるんだ)
マセノは鞘から剣を抜き、高々と掲げた。合図だ。軽騎兵隊は静かに草むらを抜けていく。そして河川のぬかるみを避けながら、一気に加速した。
「敵はソイル軍だ! 突っ込め!」
虚を突かれた。怯える敵の陣形が崩れる。ソイル軍の旗が大きく動いた。マセノは馬上でニヤリと笑う。
ところが、部下の様子がおかしい。
「どこへ行く⁈」
部下たちはマセノの指示を聞かず、矛先をゴールド軍へ勝手に変えた。そして殺気を込めて叫びながら、怯えるゴールド軍に斬り込んだ。
その様子を城壁の上から眺めるジョムニは臍を噛む。
「煽り過ぎましたか」
ダヴィ王の暗殺未遂犯はゴールド軍だと再三再四伝えたのがあだとなった。彼らは目標を最初からゴールド軍に定め、その旗印目掛けて猪の様に突撃したのだ。
もはや彼らは止まらない。マセノは上品な彼らしくなく舌打ちをするも、彼らの攻撃に加わり統制するしかなかった。
「僕についてこい! ゴールド軍を叩きのめす!」
その時、リバール城の城門が開いた。中からクリア軍が突出し、マセノたちの攻撃に気を取られていた敵に襲来する。一方でマセノの必死の努力によって統率を取り戻した軽騎兵隊は、ゴールド軍の陣形を縦横無尽に切り崩していく。
やがて退き鐘が鳴った。ゴールド軍とソイル軍は用意してあった小舟に乗り、河川を伝って退却していく。
「待て!」
「よせ、僕らには舟はない。追いかけるのは無理だ」
と止めたマセノに、部下たちが睨んだ。その一人が口を開く。
「あんたはどっちの味方なんだ」
「なに?」
「皆知っているんだ。隊長がゴールド軍に同情的だって」
マセノは心臓に矢が刺さったぐらいの衝撃を受ける。部下は彼の背中をよく見ている。部下たちは口々に非難する。
「弱いところを攻撃するのが戦術の基本だ。今回はゴールド軍が弱かった」
「あんたはそれでもソイル軍を攻撃しろと言った。それはゴールド軍を守りたいからだ」
「ダヴィ様を殺そうとしたのはゴールド軍だ! それに同情するのか!」
「それは違う」
マセノははっきりと否定する。確かに、この戦場における戦術としては、弱軍のゴールド軍から崩すのが正しい。しかしこの戦いを引き起こしたのは、ソイル軍の援軍なのだ。ゴールド軍を叩いても、すぐに立て直すだろう。ソイル軍を駆逐しなければ、ゴールド軍の士気は下がらず、また襲撃してくる。マセノとジョムニは戦術よりも戦略を重視して、ソイル軍撃破を望んだ。
だが、部下には分からない。彼らの不満は募る。
「もうあんたにはうんざりだ! 正円教徒じゃない俺たちを馬鹿にしやがって!」
「ダヴィ様の命令であんたに従っているが、皆辞めたがっている」
「あんたに、俺たちを率いる資格はないんだよ!」
千人の部下から非難される。マセノは無表情にその言葉を受け止めた。それでも彼の背筋は伸びたままだ。
「……分かった」
マセノは手を上げて彼らを黙らす。その長い黒髪をかき上げ、フウと息を吐いた。今日も晴天。突き抜ける青が彼の視界に飛び込む。
彼は目じりをつり上げる部下たちに向かって微笑む。
「僕を認めないなら、首都に戻ってから勝負をしよう。最も原始的な方法で。君たちのボスは僕だと認めさせる」
注視する彼らに、マセノは言い放った。
「決闘だ」
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