第15話『父への手紙』
親愛なる父へ
ご無沙汰しております。もはやマセノという息子の名前を忘れてしまったかもしれませんね。僕も今更父上に手紙を書くとは思いませんでした。「ゴールド」という姓を捨てた時に、親子の縁も切れたと思っていました。
あなたが信じられないほどの
僕が逃げたのは、あなたと、自分からです。愛する母が死んでから、自分を流れるこの血が嫌になりました。歴史と責任と宿命が詰まったゴールドという血が、僕を苦しめていました。自分は何者だろうか。生まれながらに、そんなに偉いのか。頭の中を紫色の気持ち悪さが支配しています。
こう思ったのは、僕が火葬場に行った時のことです。十五歳の頃、僕は狩猟に夢中になって、ロドンの東の端にある火葬場に迷い込みました。そんなところに火葬場があるなんて、ご存じでしょうか?
そこは一般市民の火葬場ではありません。奴隷たちの火葬場です。
僕が馬で迷い込むと、そこにいた彼らは
彼らの近くには
ある女性は子供を抱えていました。でもその子供は腕をだらりと下ろして、口はぽっかりと空いていた。死んでいるのでしょう。安い棺桶すらも買えない母親が大事に抱えて、その火葬場までやって来たのです。彼女もまた、僕をジッと見ていました。
あちこちで火と煙が上り、人が焼ける臭いが立ち込めていました。僕も愛馬も逃げだしたかった。でも、こちらを見つめる無数の視線が、僕たちをがんじがらめにしていた。
その時、ようやく仲間たちが探しにきてくれました。彼らは貴族の息子たちです。僕とよく遊んでいました。
彼らは僕を見つけると同時に、辺りの様子を観察しました。そして周囲の人々が奴隷と分かった途端、額に青筋を立てて怒鳴ったのです。「この方はマセノ王子である! 無礼である。ひれ伏せ!」と。
その途端、雷鳴が轟いたように、彼らは一斉に地面に頭を付けました。中には持っていた
僕は止めてくれと言った。仲間にも奴隷たちにも、そう伝えました。でも止めなかった。それがこの国では当たり前なのです。もし僕に普通の血が流れていて、普通の身分だったら、こんなことは起きなかったでしょう。あの母親も子供を捨てることはしなかったはずです。
僕の中には差別の意識があります。それは根絶できないでしょう。生まれてからの教育によるものか、この血によるものか分かりませんが、異教徒や奴隷を蔑む僕の中の黒い感情は残り続けます。生まれ変わりさえしない限り。
だから、僕は全てを捨てて旅に出たのです。血を捨てて、身分を捨てたら、この醜い感情が薄れていくことを期待します。自分が何者か知るために、自分の存在価値を探すために、僕は旅をする。
その旅の途中、不思議な男に出会いました。ダヴィ=イスルという男です。あなたもご存じでしょうが、彼は低い身分から成り上がり、今ではファルム国を圧倒するほどの実力を持つ王となりました。凄まじい男です。
彼は身分で人を判断しません。奴隷も異教徒も愛します。その人の本質を見抜き、それを引き出す能力を持っています。
僕は彼に対して、強烈な憧れと、嫉妬に近い敬意を持ちます。
その彼があなたの国を狙っています。彼はそうと決めたらやる男です。どんな逆境でも耐え抜き、教皇軍やファルム軍を打ち破りました。あなたは様々な手を打つつもりだと思いますが、きっとゴールド国は彼に
あなたにとって失礼だと思いますが、それはこの国にとって良いことのように感じます。あなたや祖父以前の王が変えられなかった悪習や故習を、ゴールド国特有の秋の嵐のように、彼は洗い流してくれるはずです。奴隷という制度自体、無くなるかもしれません。
父上、彼には勝てません。あなたとあなたの家族(僕の親族でもありますが)を守るには、彼に降伏することを強くお勧めします。それが国民の血を流さず平和裏に未来へ進む最善の策だと信じています。
母は生前僕に言いました。『人々の平凡な生活を守るために、死ぬほど努力しなさい』と。僕が今父上に手紙を書くのも、その言葉を覚えているからです。血にまみれた未来よりも、灰色でも平穏な未来を選択してほしいと願ったからです。
きっと何を言っているのかご理解できないかもしれませんね。一度会ってくれませんか。あなたは立派に見えて臆病だから、自分で見聞きしたこと以外は信用しないのでしょう。僕を憎いと思うかもしれませんが、僕はゴールド国を愛する一人間として、ゴールド王である父上に忠告申し上げます。
また会える日を、心待ちにしております。
名を捨てた息子より
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