第1話『いにしえの伝説の男』

 “彼”のことを話す前に、金獅子王以前から受け継がれている“伝説”について語らなくてはならない。そうしなければ、急に登場した“彼”を、なぜ世界が受け入れたか分からないからだ。


 その伝説とは、人の起源である。


『人間は、聖女の子・ゼロから生まれた』


 この教えが聖女信仰の根本でもある。元々ある先祖信仰と合わさって、聖女への信心へと変わった。当然、人類の始祖である“ゼロ”に対しても、聖女信仰をする人々は信心を持つ。


 彼は聖女から産まれ、その生まれ持った強大な武力で以って動物たちを従え、地上の王となった。そして聖女から派遣された天使たちと交わり、人を産み出した。そう伝えられている。


 ゼロは金髪碧眼へきがんで長身の容姿である。これは世界に伝わる逸話で共通している。肌の色や性格は色々と異なるが、この特徴は共有されている。なぜだろうか。その国の権力者ならば、自国、もしくは自分の容姿に似せて、ゼロを伝えることを望むだろうに。


 その理由は、“金髪”はどこにでもいるが、“碧眼へきがん”はどこにもいないからだ。


 シャルル王子のような金髪は少ないが、実は各国にいることはいる。ところが目が青い人は一人もいない。歴史上、本当に一人もいない。


 だから“ゼロ”の偽物が歴史の中で登場したことはあるが、すぐにバレてしまう。誰も目の色は変えられない。中には目の中に青色の染料を入れて、失明してバレてしまったという間抜けな話もあった。


 世界に青い目の人はいない、ということが世界の常識として受け止められている。世界のどこにもいないし、過去も未来もいない。


 もしいたとしたら、それこそ、“ゼロ”の生まれ変わりだろう。そう信じられている。


 ――*――


「なんだ、あいつら?」


 と門番二人が話し合う。まだ半そで姿の庶民が多いというのに、全員コートとフードを目深にかぶった、明らかに怪しい三人組が近づいてきた。


 金歴552年初秋。暑さの盛りを過ぎたミラノス城の王城前の出来事である。


 門番たちが怪訝けげんな顔で見ていると、その三人組は彼らの前に近づいてきた。


「よろしいでしょうか」


 女が話しかけてくる。後の二人は背が人一倍高く、恐らく男だろう。門番たちは槍を持つ手に力を込めながら返事をする。


「なんだ」


「こちらにいらっしゃいます聖子女様にお会いしたいのです」


 門番たちは顔を見合わせた。なんてことはない。いつもの“懇願”だ。


 宗教心豊かな民衆が多いこの地域では、当然、聖子女を崇拝する者も多い。そのため聖子女がいるこの城に来ては、会って祈りを捧げたいと願う者も度々来る。その都度、門番たちはなだめ、時には強引に追い返す。そして懇願者たちは渋々城の外から長い祈りを聖子女に捧げるのであった。


 今回も同じように、門番たちはあしらおうとする。


「ダメだダメだ。聖下はお忙しい身である。お前たちと特別にお会いする時間はない」


「ふふ」


 と女は笑い声を漏らす。予想通りの反応だ。彼女は後ろの仲間二人に声をかける。


「さあ、フードを取りましょう」


 その提案に対し、男の一人が不安そうな声を出した。ぼそぼそとした弱気な声だ。


「なあ、マリアン。本当に大丈夫かな?」


「ご心配なさらず。さあ、その姿をお見せください」


 彼らはフードを取った。その瞬間、門番は息を飲んだ。


 女性はそばかすのついた顔を見せる。茶色い長い髪を束ね、左肩に乗せている。どこにでもいる顔だろう。


 その一方で、先ほどから声を発さない男は異様な風体だった。眉が無く、両目を塗りつぶすように、黒い刺青が顔を横断している。全体的には短い髪だが、後ろ髪を伸ばして束ねている。筋が浮き出た首が、彼のコートに隠れた筋肉を表している。そして天を突くほど巨大な体つきだ。


 だが、門番たちが驚いたのは、彼の姿に対してではない。先ほど弱気だった男の方だ。


「青い目だ……」


 彼の両目が青く光っている。そして髪は金色に染まっている。門番たちの視線はその二つの特徴にくぎ付けとなる。


「そんな、ばかな……!」


 どこからどう見ても、正真正銘の碧眼へきがん。彼らが子供の頃におとぎ話として聞いていた特徴が、目の前の男が備えていた。


 彼らの驚きに反応し、他の兵士たちもやって来た。十数人がその男を取り巻き、一様に驚く。


 その反応に、青い目の男も驚いていた。


「そんなに珍しいかな?」


「勿論です。ハリス様の御目は素晴らしいものです。“ゼロ”の生まれ変わりとしての素質を備えていらっしゃいます」


「「「ゼロ!」」」


 兵士たちから声が上がる。まさしく自分たちが考えていたことだ。


 まさに伝説の男が、空想上の生き物が、目の前にいる。


 それでも信じられずに疑いのまなざしを向ける者もいた。それを過敏に察したもう一人の男が、マリアンに耳打ちする。


「“あれ”をやったらどうだ」


「そうですね。やって頂きましょうか」


 彼女はハリスと呼ばれた男に進言する。


「ハリス様、あの技をお見せくださいまし」


「あ、ああ」


 ハリスは右手をポケットに突っ込み、ゴソゴソと動かす。そしてポケットから抜け出した瞬間、“奇跡”が起こった。


「うわっ!」


「光っている!」


 手のひらが光っている。信じられない。兵士たちは目を丸くした。その反応に、ハリスはふふんと鼻を鳴らす。


 彼の能力は、複数の文献に残っている。その一つを読み解くと


『ハリス=イコンは手のひらを光らせることが出来た。それは太陽のごとき明るさで、昼間でも遠く離れた場所から確認できた。それを見た者は一様に驚き、彼の神々しさを全身で感じる』


 この場面でも、兵士たちは度肝を抜かれた。そして目の前の特異な姿の青年に、心を奪われる。


 彼の青い瞳に吸い寄せられる。


「本物だ……」


 その呟きを待っていた。マリアンは密かにほくそ笑む。彼女とて、すんなりと聖子女に会わせてもらえるとは思っていない。ハリスの見た目、奇跡の所業を見せることで信奉者を増やし、出来れば聖子女を会う前に箔をつけたい。


 思惑通り、目を輝かせる兵士たちに、彼女は言う。


「ハリス様は本当にゼロの生まれ変わりなのです! さあ、聖子女様にお伝えを……」


「待て」


 城の中から男が現れた。兵士を数人伴い、鋭い目をハリスたちに向ける。


 マリアンは警戒した。目元に黒い筋が入った大男が前に出る。こぶしを握った。


「ペトロ、止めなさい。……どなたでしょうか」


 彼女がペトロと呼ばれた大男を止めながら、尋ねる。城から出てきた男は、髪が薄くなった頭を見せながら、フンと鼻を鳴らす。


「それはこっちのセリフだ。妙ななりをした不審者どもめ」


 この作戦を立てたマリアンにとって、彼の登場は不幸だった。彼こそは、ダヴィ軍随一の冷静沈着さを保ち、その上、世界屈指の皮肉屋だ。


 ダボット=エックの登場である。


「さて、改めて要件を聞こうか。兵士たちをたぶらかして、何を考えているか言ってもらおう」

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