解説①『中世のサーカスの役割』

 サーカスは庶民のあこがれであり、さげすみの対象であった。


 古代・中世の時代において、娯楽は少ない。特に見世物というたぐいのものは、庶民が滅多に味わえなかった。


 その理由としては、庶民の家計における可処分所得の少なさにある。中世の庶民のエンゲル係数(家計の消費支出を占める食費の割合)は八十%を超えることがざらにあった。庶民が娯楽に使うことができる金はほとんどなかった。


 しかしどの時代でも、生活が苦しい庶民がため込んだ不満を解消するには、娯楽が必要である。中世の正円教の祭司の手記にも、こう記されている。


『……庶民が本当に求めているものは、毎日のパンと、月に一度の見世物である。我々が与える信仰は、逆境におちいらない限り見向きもされない……』


 この庶民の要求に応えるのは、権力者の役割だ。古代のコロシアムにおける闘技、地域対抗のスポーツの祭典、神様に毎年の収穫を感謝するお祭りなど、庶民の熱気・好奇心を満足させるイベントを催すのは、権力者の義務であった。権力者側は庶民の信頼を得て、国家の威光を知らしめ、さらには権力者個人の権威向上に用いた。


 サーカスもその見世物の一つだ。この時代はサーカス団として芸人集団が、各地の権力者に呼ばれて公演を行うのが定番のスタイルである。一季節の間公演を行い、権力者から多額の報酬を貰う。庶民は無料で観覧することができる。


 ダヴィ王が少年の頃に参加していたサーカス団『虹色の奇跡』も各国から誘致されて公演を行う有名サーカス団で、演劇も行う点で評価が高い。ダヴィ王が他国の事情に精通していたのは、このサーカス団に所属して各地をまわっていたからだ。


 ところが、庶民の娯楽を提供するサーカス芸人の社会的地位は低い。他の職業と違い、生産物を作らず、国という集団に属さないことが、当時の時代の倫理観にそぐわないのである。


 サーカスを観て感動した子供の多くが「ピエロになりたい」願うが、親はすぐに叱りつける。


「あんな罰当たりなものになろうとするんじゃない。観ていればいいんだよ」


 こうした倫理観に阻まれて、一般庶民は芸人にならない。芸人になるのは村社会から追放された者か、社会に居場所がない者と相場が決まっている。奴隷もそれに含まれる。


 ともあれ、そうした社会の最下層の人々にとって、サーカス団は人並み以上に給料を稼げるため、彼らの士気は高い。極めて身分による差別が激しかった当時、その抜け穴としてサーカス団は社会的な助け船として存在していた。


 ダヴィ王はそうした娯楽を保護すると共に、奴隷制の廃止に動いた。さらに貴族を頂点とした身分制度を再構築し、職業の流動性を高めた。つまり身分による職種の固定化を防ぎ、サーカスなどの特定の職種へ侮蔑を減らそうとした。


 しかし社会に染み付いた差別意識が払しょくするまで、数十年は要したという。


(解説:歴史家・ルード=トルステン)

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