第17話『四年の成長』

 先生、ありがとうございました、という声とともに、扉が閉まる音が聞こえた。マザールは奥さんが入れた紅茶をすすりながら、出ていった生徒たちを思う。


「だいぶ、成長した」


 その言葉を聞いて、テーブルを拭くミセス・ジュールが目を丸くする。


「あら、あなたが他人を褒めるなんて、明日は雪かしら」


 奥さんの突っ込みに、マザールは苦い顔をした。顔いっぱいに走る深い皺がゆがむ。


「わしでも褒めることぐらいあるわい」


「それでもお珍しいこと。でも、彼らはよく学んでいますわ」


「うむ。預けられた時はどうかと思ったが、こう年月が経てば子供は変わるものだな。何年になるかな」


「王子から預かってから、もうすぐ四年になりますかね」


「たったの四年か。いやはや、子供の成長とは早いものだ」


 灰色の毛も混じらなくなった白い髭を撫でながら、マザールは自分たちの時間の流れと子供の時間の流れの違いに思いをはせて、再び紅茶を口に運んだ。


 奥さんはその様子を見ながら、ひそかに夫を褒めていた。彼もまたこの四年で成長していた。三人の子供たちを根気よく教育するうちに、性格が生まれ変わったように温厚になった。以前は鉄か石かと評されていたが、大分柔らかくなった。この柔和な夫の方が、彼女は好きである。


 そして不思議と彼女も感化され、穏やかになった。夫婦とは似てしまう。


 そういえばと、お茶菓子のカステラを運びながら、奥さんが元弟子のことを口にする。


「王子はこの頃、こちらには顔を出してはいただけませんね」


「最近、隣国の情勢が不安定になってきた。あの野心家の王子だ。この機に自分の名声を一気に吊り上げようと準備しているに違いない」


「あらあら、大事にならないと良いのですが」


 彼女の心配をよそに、マザールはむしろ事態の拡大を望んだ。恐らくシャルルもそれを望んでいる。


「大事にならなければ、あの王子の負けだ。大事になるはずだ」


「あの子たちもそれに巻き込まれるのでしょうか」


 奥さんはダヴィたち新しい弟子たちの行く末を心配する。その不安を吹き飛ばすように、マザールはカカッと笑った。


「それにも耐えられるように、わしが今仕込んでいるのではないか。どんな事態になっても大丈夫じゃ」


 マザールは一気に紅茶をあおって飲み干した。奥さんは台所に紅茶のお代わりを取りに行きながら、口の端に不安を漏らした。


「そうだと、良いのですけど」


 ぽつりぽつりと頭に雨を感じて、ダヴィは空を見上げた。数年前のボブカットから変わり、くせ毛のショートヘアに整えられている黒髪に、当たる雨に苦い顔をする。


「やっぱり降ってきたよ」


 ここ数年で急成長した足で、混み合う道を駆け抜ける。走るたびに両耳につけた金の輪が揺れたが、全く気にせずに進み続けると、これもまた成長したマクシミリアンとジョルジュが坂道の上で彼を待っていた。


「遅いぞ! ダヴィ」


「早く、行きましょう」


「分かったよ!」


 若い少年たちが、春の生暖かい雨が降り始めたパランの街を駆けていく。金歴545年。ダヴィ達は十四歳になった。


 時代が動く。


 この年、大陸西部の情勢は活発に変動を始める。ウォーター国第三王子・シャルル=ウォーターを中心に歴史が回り始める年でもあった。

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