第18話『御前会議』

「いよいよだな」


 父のウォーター王に呼び出されて、シャルルは大広間へと続く廊下を歩いてゆく。風が強い、中春の晴れた午後である。


 隣にはアルマ=リシュが従って歩いていた。最近、この国では重要なポストの港湾大臣(首都パラン郊外の港を管理する官吏)に任命されている。


「話題はやはり」


「ああ。先日の反乱の件だろう」


 二十歳になり、もっと長くなった脚で大股に歩く王子に、アルマは必死についていく。まだ春も半ばなのに、アルマの肥満した体には汗がにじむ。


 歩調の合わない二人は、やがて大広間まで来た。扉の前には衛兵が立っている。


「この先には王子のみがお入りください。お付き添いの方はこちらの部屋へ」


「分かった」


 時間が空くと分かって、アルマはそわそわとし始めた。


「王子、私は娘に会いに行きたいと存じます」


「ああ、今年から宮廷に仕えているのだったな」


 アルマの娘、クロエ=リシュは十二歳で宮廷に仕えた。貴族の娘が宮廷に仕えることは珍しくなく、花嫁修業と花婿選びを目的としていた。


 あの娘だったら人気が出るだろうな、とシャルルは思った。どちらかといえば陰気なアルマやジョルジュと異なり、明るいほがらかさが彼女の取り柄だ。


「どうせ時間かかるだろう。会ってきたまえ」


「ありがとうございます。会った後は隣の部屋に控えております」

 

 シャルルは頷いた。アルマが去った後、衛兵が大きな扉をゆっくりと動かす。


 ギギギと重厚な扉が音を立てて開いた先には、すでに長机を中心に、正面に王が、側面に二人の兄が座っていた。


 陰鬱。この部屋を見た時、彼はそう思った。


 子供であれば楽に二人は座れる大きな椅子の上に、三人が金色の装飾をこれでもかと付けた衣装を身にまとう。彼らは紺色のシンプルな軍服を着ているシャルルを見つめた。シャルルの衣装は見劣りするが、母親譲りの美しい金髪がなによりも彼を彩り、父親らと遜色そんしょくなく見せた。


 そんな姿を、白髪を後ろにすきあげた王は一切の表情を変えずに、生気のない視線で見ていた。


 茶髪を短く切って整えている次男のルイが目じりを吊り上げて、机を挟んで向かい側で座ったばかりのシャルルに怒鳴った。


「遅いぞ、シャルル!」


「王よ。申し訳ございません。兵の調練にいそしんでおりましたので」


 兄を無視して、シャルルは王に頭を下げる。彼は確かに兵士の訓練中であり、そのため軍服姿のままであった。その格好に、ルイが余計にいら立ちを見せる。


「王の前に、そのような格好で現れるのではない! だいたい、軍事とは王族が平時携たずさわる必要のない、野蛮な所業である。ましてや兵士の訓練など」


「緊急と伺いましたゆえ、着替えずに参りました。王よ、お許しを」


「キサマ!」


 その格好よりも何よりも、自分を無視して王に謝罪する弟に、第二王子ルイは激高した。


 その時、酷くせき込む音が彼らの会話をさえぎった。ルイの隣にいる第一王子ヘンリーが自分の口元にハンカチを当てて体をゆすっていた。中分けの茶色の前髪が、咳をするたびに揺れている。


 長机の奥にいる王が手を上げる。


「ヘンリーは病床から無理をしてこの会議に参列してくれた。あまり時間をかけたくない。シャルル、お主を許そう」


「はっ、ありがとうございます」


「…………」


 恭しく胸に手を当てて王にお辞儀するシャルルに対して、対面のルイは憮然ぶぜんとして腕を組んだ。それを気にするそぶりもせず、王は主題を話し始めた。


「本日、お前たちを呼んだのは、他でもない。ソイル国に寝返ったニコール=デムについてだ」


 ニコール=デムとは、ウォーター国の一地方貴族であり、ウォーター国の北東に領土を持っている。爵位は男爵。その領主が北のソイル家に寝返ったのだ。


 きっかけは隣国領主との水源の所有権の争いだ。最終的には中央の司法官によって裁かれたが、その裁断に不満を抱いたデム公はソイル家に内通した。


 寝返ること自体が、黄金の七家への忠誠を絶対的に求められるこの時代にはとても珍しく、それゆえ一大事として、受け止められていた。


 しかしルイは鼻で笑った。


「ともあれ、たかが一男爵の反乱。軍を派遣すれば解決します」


「問題はその反乱を起こした首謀者が、ニコール=デムであるという事実だ。そのことは分かっているだろう」


 長男のヘンリーが軽く考えるルイをたしなめた。


 ニコール=デムは、実はウォーター家につらなる血筋であり、爵位は低いとはいえ、現国王ジーン6世のいとこにあたる人物である。そしてウォーター国の法律にはこう記されている。


『現国王の五親等内にあたる貴族の罪は、国王自身が裁くこと。軍による討伐が必要と判断された場合は、王または王の子がその軍を率いること』


 王が口を開く。


「ヘンリーの言う通りである。ニコール=デムは我々の誰かが討伐せねばならない」


「だったら、先ほどまで訓練をしていた者がよろしいのではないですか」


 当てつけるように、ルイはシャルルを指名した。シャルルは一笑に付す。


「そもそも、この反乱を招いたのは兄上と親しいネック公ではなかったですか。彼の裁判に手を回したと、もっぱらの噂ですよ」


 シャルルは、ルイの後ろ盾に当たる財務大臣ジャック=ネックが手を回したと言いたかった。そしてそれは事実である。ニコール=デムの裁判相手が彼の一族だったので、賄賂と圧力でもって介入したと、公然の秘密として宮廷内で語られている。


 しかしルイは平然としていた。


「知らないな。所詮しょせん、たわいもない噂でしょう。王よ、証拠もない噂を信じられないでよろしいかと」


「…………」


 全く動揺する様子がないルイに、シャルルは軽蔑と、そのふてぶてしさにある種の尊敬の念を抱いた。


 王がそのルイに聞いた。


「ルイ、討伐におもむいてくれるか」


「お断りいたします。我が軍はファルム国への備えのため、東に向かわせております。それを動かすことは無理です」


 東の隣国・ファルム国では、後継者争いが勃発していた。マクシミール1世が危篤に陥り、兄のルドルフと弟のレオポルトが国中を巻き込んで対立した。ウォーター国は妻をウォーター家から招いたレオポルトを支援しており、国境へ軍を派遣している。


 しかし軍の主体は東に領土を保有する大貴族たちで、ルイの軍がわざわざ駐屯ちゅうとんする意味はない。彼の軍を引き上げて、北に向かえばいいだけだ。


 だが、国王は断固として断るルイに叱りつけられない。顔のしわを鈍く動かし、弱々しい口調で同意した。


「そうか。しかしヘンリーは体が弱い。それならば、シャルルでよいかのう」


 情けない。その態度を見て、子供たちは気づかれないように小さくため息をついた。シャルルは小さく咳払いをして、答える。


「軍の編成は私に任せてもらえますか」


「王子に任せる」


「それでは、私が討伐に向かいましょう」

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