解説④『シャルル=ウォーターの功罪』

 シャルル=ウォーター。24歳の若さで暗殺されたウォーター国の王子は、権力が全くない状態からスタートし、宰相まで上り詰めた人物である。そして結果として、世界の半分が彼を中心に動いた。時代を代表する戦略家・政治家だったことに誰も異論は唱えないだろう。


 この章ではこの悲劇の王子・シャルル=ウォーターが成功した要因と、そして失敗した原因を示したい。


 その前に、シャルル王子がいかに特殊な存在であったか示しておく必要があるだろう。彼は金歴524年生まれ。母親は庶民上がりの美しい侍女で、彼が8歳の時に毒殺された。犯人は他の兄弟の母親と言われているが、真実は不明である。この時点で、彼に全くの後ろ盾がないことが分かるだろう。


 ウォーター国の貴族たちにとって、シャルルは保険に過ぎなかった。長男のヘンリーや次男のルイが死んでしまった時のスペアとしか考えていなかっただろう。当時の貴族たちの手記にも、長男や次男は登場しても、幼少期の彼は全く登場しない。興味すら持たれない存在だった。


 もし彼が普通の才覚の持ち主だったなら、せいぜい近衛軍の指揮官の一人となるか、もしくは王位継承権の高さを恐れられて、母親と同様に暗殺されただろう。その程度の存在だった。


 ところが、彼が持つ才覚は抜群のものだった。その理由ははっきりと分からないが、目の前で母親を殺されて、自分の周囲に、常に身の危険を感じる異常な生活を幼い頃から送っていた。その危機感から、繊細な軍事や政治センスを身につけたのかもしれない。さらに彼は庶民とも遊んでいたことも記録されており、貴族が持っていない感覚を備えていた。


 そういう生い立ちの彼が成功した理由を、ここでは四つ挙げよう。


 まず一つが戦術に長けていたことだ。当時、歩兵か騎兵程度しか分けられていなかった部隊配備に、弓兵の分類を加え、長弓兵の育成に取り組んだ。その結果、農民の徴兵部隊であったが、他の軍隊にない機動性を見せた。この三兵理論はダヴィ王の軍師であるジョムニ=ロイドに受け継がれ、彼により理論化された。


 この他にも戦場における戦術眼の確かさなどを誇った。彼は十三歳の初陣の時から積極的に戦場に出ていたが、ほとんどの戦闘で勝利を収めている。


 二つ目が庶民の人気である。さらに質素な生活を送り、カトリーナ夫人と結婚するまでは、使用人と同じ食事内容だったという。軍事に強く、庶民と同じ生活を送り、その上母親譲りの美貌を備えた彼が人気にならないはずがない。彼を慕う庶民の中には、彼の領土に移り住む者もいたらしい。彼と対立した宰相・ジャック=ネックも彼の人気の高さは無視できず、大きな戦いの際には彼を参陣させないといけなかったらしい。


 三つ目が財力だ。シャルル自身が白磁や紙の領内での生産を指揮して、彼を支持する新興貴族・アルマ=リシュと協力し、それらを広く販売していた。彼自身が商談の場に立ったこともあったらしい。ある商人の日記にその記録が残っている。


『……侮っていた。世間知らずの貴族と商売するボロイ儲け話だと思っていた。ところが商談の場に来てみると、そこにはシャルル王子がいらっしゃった。普通出て来るか? いつも貴族から蔑まれている商人相手に? それだけだったら良かった。あろうことか、あの王子は自分で商談してきた。しかもその口ぶりは老練な商人を思わせ、説得力があった。とうとう、いつもより悪い条件で合意してしまった。仲間から「ユリの紋章の馬車には気をつけろ」と言われていたが、こういうことだったか……』


 シャルルは世界における商業の発展状況を理解していたのだろう。それを積極的に利用することにより、大貴族に劣らぬ財力を蓄えた。


 四つ目が政敵の次男・ルイ=ウォーターの存在だ。彼は病弱な長男・ヘンリーに代わり、王位継承の第一位と目されていた。主な貴族たちの支持は当初、彼に集まっていて、シャルルの勝ち目は無かったはずだった。


 ところがルイ王子の自信過剰な性格から(この点はシャルル王子も同様であったが)、他の王族には嫌われていた。彼は他の王族を無視して、自身の権力を固めることに集中した。そのため王族たちはルイの障害となり、シャルル側に貴族たちが寝返ることをサポートしたという。


 これら四つの要因から、シャルル王子はルイ王子に勝利し、宰相の座を手に入れた。


 次は、この宰相就任から半年たたずに、父・ジーン6世に暗殺された三つの敗因を解説していこう。当然、シャルル王子に敗因が無ければ、国王といえども貴族たちの支持を得られず、彼に勝利できなかっただろう。


 まず一つ目の敗因は身分制だ。シャルルは後ろ盾はいなかったが、王子という出自の良さはあった。ところが最後はそれがアダとなった。富農の手記にこう残されている。


『……シャルル王子が殺されたと聞いた。宰相になって調子に乗ったのだろう。なぜこうも、貴族はいつも殺し合っているのだろうか……』


 民衆に人気だったと先述したが、彼らにとってシャルル王子は雲の上の存在だった。最後の最後でその身分差が、民衆を傍観者にさせた。一緒にゲリラ戦を戦ったナポラの民とダヴィ王の関係と大きく違うことが分かる。


 二つ目が貴族改革を進めたことだ。シャルル王子は王権を強化するため貴族たちの力を削いだが、その動きは性急だった。特にルイ王子に勝利した後、ルイ王子に味方した貴族の領土をことごとく奪った。それは味方した貴族たちにも恐怖を与えた。最後にシャルル王子を裏切った側近・アルマ=リシュも、シャルル暗殺後、その状況を手記に残している。


『シャルル様はいつの間にか、貴族たちにとって恐怖の対象になってしまった。これまで歴史に記録している反乱においては、貴族の家名だけは残した。しかしシャルル様は一族全員を追放し、その領土を全て手中に収めた。……私ですら恐怖を感じた。いつかミスをしたら、容赦なく処罰されるのではないか。……シャルル様は力を持ち過ぎた。あの時、私が止めていれば……徐々に力をためるように進言していれば……申し訳ございません……』


 貴族たちは今までの安寧な政治を守るために、新たな独裁者に敵意を向けたのだった。


 そして三つ目が、ウォーター国という場所だ。異教徒が消えて久しいファルム国やクロス国とは違い、ウォーター国ではまだまだ貴族の力は強かった。周辺諸国からの侵攻から守る必要もあり、金獅子王が作った異教徒対策の戦時体制が残っていた。身分制を守り、国王への忠誠心も高かったらしい。


 結局、シャルル王子が世界の新しい潮流を理解しても、ウォーター国は新しい時代を迎える準備が出来ていなかったのだ。


 シャルル王子は優秀さゆえに殺されたと言っても良い。彼が生み出した革命の火は、自分の父により、ウォーター国においては跡形もなく消されてしまった。


 その火を受け継いだのがダヴィ=イスルだった。彼を育てたシャルル王子は自らの成功と失敗を見せることで、新たなる王を育て上げた。ダヴィ王にとって実に見事な手本だ。ここに聖女様の意志があったと、歴史家の私は思わざるを得ない。


(解説:歴史家・ルード=トルステン)

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